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20**年 12月(後)


 彼が来たかった場所。


 そこは、ただ波の音しかしない場所だった。



 二人で、道路から海岸に降りていくためにあるコンクリートの階段の上に腰掛ける。

 懐かしいような気持ちにさせるあの匂いは、磯の香りだったらしい。なんで懐かしいと思ったのかはわからない。


 腰掛けたあと、ここにくるまでのように暫く私たちは口を開かなかった。お互いの方も見ないで、ただひたすら海を見つめ続けていた。



 どれくらい経ったのか。


 ぽつり、と彼が零す。


「わたしは、冬の海が好きなんだ」


 ちらりと彼の方を見るけれど、彼は相変わらずただ一点を見つめていた。それにつられるように、私もまた視線を戻す。

 海を見ながらあまり考えずに返す。


「そうなんだ」

「だって綺麗だと思わない?」

「・・・・・・きれい?」


 オウム返しにその言葉を言ってから、彼の言う冬の海を眺める。


 海岸は、手入れというか掃除がされていないのか、とにかく流木がたくさん転がっていて、所々空き缶やビニール袋のようなものらしい、いわゆるゴミとされるものが落ちているのも確認できた。

 肝心の海も、夏にテレビでよく見るような青く透き通っているような綺麗な印象を受けなくて、荒々しく打ち寄せてくる波が混ざり合って海岸線は随分と汚い濁った白色をしていた。奥の方も濁った、黒が混ざったような濃い青色。

 更に、今日の天気は悪いらしく、さっきからずっとどんよりと曇っている。空が厚い雲で覆われていて、随分重たそうな灰色をしていた。

 加えて、生き物の気配がまるでない。


 死んでいるみたいなこんな海の、どこが綺麗?



「全く思わない」

「そうかなあ。・・・・・・わたしはけっこう好きなんだけれど」

「墓地みたいよ、ここ。死んでいるみたいに静かで不気味だし」

「それがいいんだよ」


「あなたの感覚が理解できないわ」

「理解されようとも思っていないしね」


 そう言う彼は、心なしか寂しそうだった。



「死んでいるみたいだっていうのはわかるよ。わたしも感じたことがある感覚だ。だから冬の海が好きなんだ。生き物は全て海から生まれて、海に還るって言われているらしい。こんな海を見ると、ああそれもそうかもしれない、って思えるんだ」

「あなたでもそう思うんだ」

「君はわたしを何だと思っていたのさ」


 意外そうな私の声に、彼は笑ったようだ。

 電波系だと思っていた、なんて素直に言える訳がない。少し考えてから、不思議な子とだけ答えておいた。


「不思議、か」


 それ以上彼は何も言わなかった。



 初めて彼に会った時のことが突然フラッシュバック。


 あの時も、彼はこうやって何も言わなかった瞬間があった。彼の言葉を借りるなら、他人の考えていることなんかわかるわけがない、だ。



 最近思う。


 わかっていたら、私はもう少し彼と仲良くなれていたんじゃないだろうか。




「変な話しだよね。不思議不思議と言うけれど、個人にとって自分以外は全員不思議な人間なんだ。理解できない存在なんだもの。常識というものだって個人の檻が大きくなって全体を包んでしまっただけだ。隙間だらけで出ることだってできるのに、彼らは出てこない。で、檻から出たものたちは恐れられ罵られる。排除される」


 彼は、難しい話をすることが多くなった。

 本当につい最近、二週間もいかないくらい前からこんな話が多くなったような気がする。


 私からしてみれば、それは理解できないものだけれど疑問はある。


「常識は、その、理性的だとおもう」

「だから外れた人たちは本能的だって?馬鹿げてる」


 彼は珍しく何かを罵った。

 初めて目の当たりにしたそれが、私の心に刺さる。痛い。泣きそうだ。



 彼が少しイライラしたような声色で続きを綴った。


「わたしは、自分が常識から外れているという意識はない」




 頭を酷く強い力で殴られたような衝撃だった。私はショックを受けた。


 彼が常識から外れているようには思わなかった。ただ、不思議な男の子だと認識していた。

 常識という範疇を超えない程度に、けれども普通じゃ考えないような方向で彼は物事を考えている。

 この半年以上の付き合いで、私は彼をそういう人物だと自分の中で考えていた。だから、彼の口から出た言葉が衝撃だった。



 誰がそんなこと言ったの。



 言葉が滑り出てきた。

 そのまま、彼の方を向けなかった。向いたら、彼の顔をみたら泣くかもしれなかったから。



 すると、頭の上に何かが乗った。


「気にすることはないよ。これはわたしの問題だから」


 君が心配することはない。



 そう声がかけられて、頭の上に乗っていたものが動いた。

 それは私の頭を撫でているようで、この時やっと、彼の手が私の頭の上に乗せられていたことを知る。


 その手つきが、壊れ物を扱うようにあまりにも優しいものだったから、私の視界が歪んでしまった。こぼれ落ちそうになる液体を手で拭うけれど止まりそうにない。


 泣き顔を見られたくないから、膝を立てて体育座りをして、その立てた膝に額をつけた。



 うずくまる私に、彼は何も言わない。ただ頭を撫でてくれた。

 それが余計に私の涙腺を緩める。涙が止まらなかった。




「高校生活もあと一年くらいだねえ」


 さっきの、罵っていた彼の声が嘘のような、いつもどおりののんびりとした口調に戻って彼は言った。

 その現実に、また涙があふれる。


 そっか、彼といられるのもあと一年くらいしかないんだ。


 高校を卒業したあとは・・・・・・どうなるんだろうか。



「わたしたちは、どこに行くんだろうね」


 続けられたその言葉は、どこの大学っていうよりも、どんな人生を送るんだろうかっていう問いかけにきこえた。


 そんなの、今の私たちにわかるわけがない。



 ただ、彼といつまでも友達でいられたらいい。


 例え名前を知ることがこの先ないとしても、それでも、私の大切な友達に変わりはない。いつの間にか、そう思っていた。




「あり、がとう」


 泣きながら、精一杯口から絞り出した言葉はこれだった。


 出会ってくれてありがとう。友達でいてくれてありがとう。私と仲良くなってくれて、ありがとう。


 色々な想いを乗せた“ありがとう”。


 言いたいことはたくさんあるけれど、それを言葉にするのは難しかった。だから、この言葉に全てを乗せた。伝わっていて欲しい。



 彼は、それまで私の上で動かしていた手を止めて、私の頭をポンポンと二回ほど軽く叩いたあと手を離した。




 少しの間を置いてから、私に声がかけられる。



「うん、どういたしまして」



 すごく嬉しそうで、でも泣きそうなその声に、私はうずくまりながら、笑った。





 やっぱり、彼はかけがいのない私の友達だ。


 ありがとう。そして、これからもよろしくね。







 今日、私は彼と“友達”になった。





END


 これで完結です。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!


 この作品は当初、身内内でつくるささやかな誌に載せてみようかと思い書き上げたものでした。それを加筆・修正したものです。

 原稿を渡してみて、完成した冊子を受け取って。自分の作品が載っているかドキドキワクワクしながらページをめくりましたが、載っていませんでした。

 後から知ったのですが、どうやら原稿としての文字数が多すぎたようでナシになったようです。

 冊子を受け取るまで、この作品がどうなったのかをまったく通達されていなかったので、それはそれは憤慨したのを今でも覚えております。


 さて。

 この作品でのテーマは『友達』でした。

 今でも、友達とは一体何なのかをよくわかっておりません。

 自分を叱ってくれる人?そばにいてくれる人?困ったときに助けてくれる人?一緒に笑ってくれる人?

 友達とはなんだろうか。友達はどこから『友達』なのか。悩みながら書いたものです。

 皆様にも思い当たる人たちがいるんじゃないでしょうか。素敵な人なのでしょう。



 ここまでありがとうございました。

 また、いずれ。


 竹馬有限

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