6話 食事
深い眠りについていた俺に、耳元から魔王の声が聞こえる。
どうやら俺は、また気絶してしまったらしい。
「そろそろ食事の時間だよ。ほら、イルビアも寝てないでそろそろ移動しないと!」
元気に俺の体を揺らして起こそうとする魔王。
こいつの体力は底なしなのか?
「誰のせいで元気がないと思っているんだ……」
俺はフラフラとベッドから起き上がり、そのままクローゼットの中からじっと眺め、並んでいる下着と派手な模様を描かれた黒いドレスを取り出した。
真面な服装が一つも無かった……
もっと大人しい服装にしてほしい。
なんなの?
こんな目立つ服装なんて俺は全然着たくないんだけど……
俺のセンスとはかけ離れた衣装の数々に戸惑うばかりだ。
そして、魔王が起きている場所で服を着る事なるが……既に裸体は魔王に見られてしまったのだ。
魔王が俺の着替える姿を覗かれようとも、別に気にしない。
故に堂々と着替えよう。
この程度の試練……俺は乗り越えてみせる!
「イルビアの姿はいつみても可愛いね」
「……あまりジロジロ見るな」
けど、やっぱり多少は恥ずかしいかもしれない。
着替え終わって準備を整えた俺は目的地の食道へと向かう。
その食道で待ち構えていたのは、綺麗な女性とイルビアの両親である吸血鬼。
既に並べられている椅子に座っており、豪華な食卓を食べる準備は整っているようだ。
俺は当然のごとく魔王の隣へと座られてしまったけどね……
そして、吸血鬼の男性はにっこりとほほ笑みながら魔王ジルスに挨拶を交わす。
「お待ちしておりました。 魔王ジルス様……今回は共に食事をとっていただき光栄です」
「ふふ、今回は親交を深める為に呼び出しただけさ。本音を語りながら豪華な食事を堪能しよう」
本音か……
俺の愚痴を言えたらどれだけスッキリするだろうか?
言える筈もない……まあ、正直に言ったとしても、嘘だと思われるのが関の山だろうね。
イルビアの母と父は赤い色をした飲み物を飲みながら、豪華な食卓をご馳走しだしている。
この赤い飲み物……明らかに血だよな?
吸血鬼の本能なのか、この血を早く飲みたいと欲している。
そう言えば俺はまだ血を飲んだ事が無かった。
恐る恐る俺はグラスを掴み、赤い色をした血を一口だけ口の中に入れた。
「……美味い」
ごくごくと俺はグラスに入っていた血を一気に飲み干す。
ここまで美味と感じた飲み物は始めてだ。
吸血鬼が生き物の血を欲している理由がなんとなくわかった気がするな。
これはクセになる。
血の味がここまで美味に感じてしまうとは思わなかった。
そんな満足した顔をチラっと見た魔王は何やらにやにやしている。
相変わらずの憎たらしい笑顔だ。
「ふふ、それは僕の血だよ。 そこまで満足してくれるなんて……特別に出血大サービスした甲斐があったね」
「……っ! ゴホッ ゴホッ!」
衝撃の事実に驚愕した俺は思わず咳き込んでしまう。
なんて事だ……俺は知らない内に魔王の血を飲んでしまった事になる。
冗談じゃないぞ!
俺は不機嫌な表情になりながらも張本人である魔王に睨みつけた。
「軽い冗談さ。そこまで驚いてくれるなんて、相変わらずイルビアはおっちょこちょいだね」
「残念じゃのう。魔王様の血は一度でもいいからご馳走してみたかったのじゃが……」
「おい、ミルフィー……あまり魔王様に失礼な事を言うな!」
「そのくらいの発言ぐらいは許してやりなよ、僕達と親族になったのだから、遠慮する事はない」
「む……そうか……」
そう渋々と納得した吸血鬼の男性。
こいつはイルビアの父らしいが、その正体は四天王グロースである。
ちなみに、俺はこいつと一度も戦った事がない。
故に吸血鬼の情報なんて全く知らなかった。
まさか、俺が斬ったこの肉体の親が四天王だったとは……
通りで以前よりも俺が秘めていた魔力が強い筈である。
しかし……魔王の血じゃなくて本当によかった。
魔王の血はおいしいのだろうが、流石に飲みたくない。
「冗談にしても、私は魔王の血を飲むのはご遠慮したいのだが……」
「僕の血が無くなるのを心配しているのかい? イルビアはやさしいね」
「ち、違うわ!」
何故だ、嫌がっているのは分かっている筈だろ。
頼むから真逆の解釈をしないでくれ。
今回は両親まで居るんだぞ!
よからぬ誤解が起きてしまうじゃないか!
「あらあら、顔を真っ赤にするほどに照れているなんて、イルビアちゃんは可愛いわねえ」
「フフフ……流石は我の娘であるイルビアじゃ! 魔王様のハートをしっかりと射止める心得を熟知しているとは、恐れ入ったぞい」
そんな俺の様子をニヤニヤと俺の姿を見つめる母達。
くそっ!
俺は好きで魔王と結婚した訳じゃないのに
どうしてこの親は俺が魔王とラブラブになっていると誤解するのだろうか……
「グロースとミルフィーには感謝しているよ。ここまで素晴らしい花嫁を育ててくれたんだからね。ここまで僕を夢中にしてくれる女性が現れるなんて、想像すらしていなかったよ」
「当然だ。俺の娘なのだからな」
そうカリスマのオーラが現れるほどに自信の満ちた表情でそう語るグロース。
なんなの?
俺はグロースの娘じゃないぞ!
まあ……そんな本音なんて言える筈もないけどね。
本音を話せないのが実に歯がゆい。
「あらあらぁ……まさか、ジルスがここまで褒める女性だったなんて、いよいよ大事件の前触れかしら?」
「ははは…………」
もう苦笑いするしかない。
魔王ジルスが俺にベタ惚れしているのは事実だろうし。
これからもそれが続くのだろう。
絶対に俺は魔王に甘えてはいけない。
どんな甘い誘惑が仕掛けられているかがわからないからな。
故に油断は出来ない。
「そもそも、ジルスは側室を作らないのか? 私だけでは子を宿す事が難しいぞ?」
よし、ここでさり気なく他の女をお勧めさせて、俺との距離を遠ざけよう……
俺の策略は間違ってはいない筈。
「その心配は必要ないよ。 既にイルビアと僕は一心同体だ。他の女性と子を作るなんてありえない」
「心配しなくても大丈夫よ。私も無事にジルスを産む事が出来たんだし、貴方もきっと素適な子を産める」
「そ、そうか……」
駄目だった……
魔王の意思は固いようだ
人間の国では多くの側室を作る変態な王様が多いのに
なんで魔族の国はハーレムを作らないのさ!
お前の女性魔族を『魅了』するスキルは飾りかよ!
「む、そうだった。魔王様! 一つだけご報告したい事があった。今、それを話してもよいか?」
「ここで話しても問題の無い。許可しよう」
「俺の部下達がついに勇者クリスの現在位置を掴めた話だ。」
「勇者だって!」
俺は驚きのあまり、思わず椅子から立ち上がってしまった。
どういう事だ?
勇者の俺は今ここに居るのだぞ?
なら、その情報は偽りなのか?
そんな不安を感じていた俺に魔王は真面目な表情をしながら、口をあける。
「その情報は本当なのかい?」
「ああ……俺に服従している部下からの情報だ。嘘や偽りの情報などあり得ない」
偽物じゃないとしたら……
俺の存在は一体なんなんだ……?
……駄目だ、考えたくもない。
そんな動揺を隠しきれない俺に、魔王は俺の肩を軽くたたきながら、こっちに振り向いた。
「イルビアはどうしたい?」
「どうするって……勇者の事か?」
「勇者クリスは僕のイルビアを傷つけた敵だ。その気になれば人間の領地へ攻めてやる事も出来るよ?」
魔王は俺がお願いしたら、本気で実行しようとしそうな程に真剣な表情だ。
どうやら、よほど心配しているのだろう。
全く……余計なお世話だ!
魔王にこれ以上の弱音を吐いては行けないと悟ると
俺は不思議と動揺が無くなっていた。
「いや……勇者は殺しても直ぐに蘇生する。このまま泳がせておいた方がマシさ」
「うん、イルビアがそう言うなら、今回は見逃してあげよう。けど、もう一度、僕の花嫁を傷つけたのなら……その時は地獄の苦しみを味わらせてやらないとね」
「ふむう……勇者のスキルは厄介じゃのう。肉体が消滅しても新たな肉体として蘇生してしまうとは……吸血鬼よりも不死者ではないか……」
「妻よ……勇者クリスのスキルには限界がある。だから安心するがいい」
そうグロースがミルフィーに告げる。
神から授かったスキルには限界も訪れる。
それは引退だ。
ある一定の年齢を過ぎると、勇者は自動的に引退する仕組みとなっている。
故に元勇者となれば俺と仲間の魔女や戦士も自己蘇生能力は無くなってしまう。
俺も神の加護を授かるメリットとデリメットを説明された時に知ることが出来た。
まあ、魔族の侵略が活発になっていないのに、勇者が数百年ぶりに誕生したのは異例だったらしいけどね。
どうも勇者は人間の人口が極端に減ってしまうと誕生する仕組みになっているらしい。
今回、俺が神の加護を授かった原因は魔物の凶暴化や魔族の侵略ではなく……世界的な大飢饉の発生に よる人口の減少とそれに伴う、内戦と食糧を求める諸外国との戦争であった。
まさに俺の存在は国の広告としてでしか機能していなかったのである。
幸いにも隣国との戦争に巻き込まれなかったし、神の既約のせいで戦争に向いてない俺は、もっぱら魔物退治(食糧確保)ばかりでしたけどね。
そして魔物退治で確実に俺は強くなり、調子に乗った同盟軍が魔族を討伐する大義名分を元に新たなる豊な土地へと求め、古代魔術の兵器で魔の領域へと転移したが─────暗殺者となった勇者PTは見事に返り討ちとなってしまったのである。
…………うん。
今回は明らかに人間側のほうが悪かもしれない。
「勇者は本当に厄介だわね~大人しく自国で籠っていればいいのに」
「そうだね。だけど食糧危機に陥っている人間達はまた魔の領域へと侵略する。新たなフロンティアを求めてね」
「確かに魔の領域は俺たち魔族にとっては楽園だが……人間には毒でしかない筈なのだがな……」
「どうでもよかろう……これからもふりかかる火の粉を振り払うだけじゃ」
そんな感じで、様々な話題を出しながら、親族との食事は無事に終了した。