4話 王妃のスケジュール
「うーん…………」
ベッドから、目を覚ましながら起き上がる俺。
部屋を見渡すとどうやら俺は魔王の寝室のベッドで寝てしまったようだ。
まさか、途中で意識を失ってしまうとはな。
何が「初めてだからやさしくしてあげる」だよ!
あそこまで激しくされるなんて聞いてないぞ!
女性の快感は想像以上だった
あれはダメだ。
これ以上、何度もされてしまえば俺は取り返しがつかなくなりそうだ……
あの出来事を想像しただけで、思わず体が熱くなり、真っ赤にそまってしまう。
男としての何かを失った気分だ。
俺はそのまま振り向き、隣に横たわっている魔王を睨み付けた。
魔王は俺の横に全裸ですやすやと寝て居ていやがる……
まあ、俺も全裸なんですけどね……
早く服を着なければならない。
こんな見っともない姿なんて誰にも見せたくないよ。
「俺の下着はあれだな」
黒いパンツが無様にもベッドの上に置かれている。
俺の抵抗も虚しく、魔王によって脱がされた下着だ。
既に下着は自分でも着用できるようになった。
慣れとは恐ろしいものだ。
このままでは普通に女でも問題なく私生活を送る事ができるだろう……
俺が女性らしい振る舞いをしている姿を想像してしまい、思わず寒気がしてきた。
大丈夫だ……うん、まだ俺は完全に女性の心にはなっていない。
現に魔王の魅了が俺には効いていないし、今のところは惚れる要素なんてどこにもない。
例え肉体が魔王に敗北しまったとしても、心は決して屈しない!
そうさ、これは我慢比べである。
俺を抱くのを飽きて、魔王が他の女魔族に手を出すまでの長期戦だ。
魔王よ、お前は決して俺を攻略する事は出来ない。
男が乙女のような心を持つ事は不可能なのだ。
「おや、イルビアのほうが目覚めるのが早かったのか」
「ああ、お蔭様でぐっすりと眠れましたさ!」
不機嫌な俺に対して、魔王はスッキリとした表情で目を覚ました。
実にむかつく顔だ。
一発だけ殴ればよかった。
「どうだったかい? 僕はサキュバスのスキルで本来よりも快楽を味わう事が出来る。気持ちよかっただろう?」
「……き、気持ち良いだと!? あんな気を失ってしまうほどの激しかったのに、何処が気持ちよかったと言えるんだよ!」
「ふふ、照れなくてもいいさ、失神するほどに気持ち良いほど敏感だったって事だね。」
「……くっ!」
始めは嫌だったのに、段々と受け入れてしまっていた姿を思い出して、思わず赤面してしまう。
俺はここまで快感に襲われるなんて想像もしていなかった。
男性の数倍とか、そんなレベルをじゃないほどの威力だ。
これを毎日続けられたらマジでシャレにならん。
「なあ、毎日あれをするのは疲れる。だから程ほどにしよう」
「あの程度で参っては駄目だよ。これからも慣れる為に、毎日続けないとね」
俺の提案はあっさりと拒否される。
まあ、期待してなかったけどね。
はははっ…………
「じゃあ、僕は仕事に行ってくるよ。イルビアはメイドから今日の詳しいスケジュールの確認をよろしくね」
そう言って、着替えを済ませて、すたすたと、寝室から出て行ってしまった。
スケジュール?
王妃としての仕事でもあるのだろうか?
そう考えているうちに、俺のメイドらしき魔族が近づいて来る。
「シルビア王妃様。これが今回のスケジュールです」
渡された用紙には、今日の予定表がびっしりと並んでいた。
四天王アースドラゴンと面会……民からの陳情……兵士の訓練場の視察……その他いろいろ
今日どころか、明日、明後日の分まで予定表がびっしりと並んでいた。
ははは……もう完全に、俺は王妃になってしまったのか。
「これが今日のスケジュールか……」
「そうです。今回、特に重要なのは、四天王アースドラゴンとの面会ですね。彼は、魔王様で最大の戦力を誇る四天王です。くれぐれもご注意を」
「そ、そうだな」
厳重にスケジュールを確認し終わった後、今日の仕事を全うする準備をする。
俺にとってはなりたくもなかった王妃の仕事だ。
だが、勇者である俺はどんな困難な仕事をこなしてきた。
この程度の仕事がこなせないわけがない。
不本意ではあるが、俺はやり遂げて見せよう。
決して、魔王の為に仕事をするわけではない。
これは情報収取だ。
魔の領域の軍備や内政を把握したほうが
勇者に戻れた時に役立ちそうだからな!
フフフ……魔王城の情報を丸裸にしてやるわ!
こうして、俺は王妃としての初仕事が始まった。
「ほう……貴女が、魔王様に選ばれたイルビア王妃様か……ふむ、なかなかいい面構えだ」
「そう思って頂き光栄です」
アースドラゴン。
魔物の巣窟となっている砦を攻略する時に遭遇し、無残にも俺たちが全滅した苦い思い出がある。
それほどに、強力なドラゴンだ。
今は人型の姿で、俺と対面している。
翼と両腕の腕に広がる鱗と尻尾を除けば、ほぼ人間と変わらない姿だ。
しかもカッコイイ姿に変身している。
あまり失礼な事は言わないほうがいいな……うん。
「まさか女に全く興味を示していなかった魔王様が、ここまでベタ惚れになるとはな……一体どんな誘惑を使ったのだ?」
「たまたま好みが私だっただけですよ。……本当に何故、魔王様は私を選んでしまったのか……今でも驚いています」
ええ、本当に俺が選ばれるなんて予想外でしたよ…………
変われるなら変えてほしい。
「それほどに貴女が魅力的だったと言う事でしょう。もっと自信を持ちたまえ。我らにとて、王妃様もまた特別な人なのですから」
「そ、そうだな」
勇者のほうが、まだ気が楽だったな。
期限が切れれば、勇者は引退できる仕組みだ。
だけど王妃は永遠に王の妻にならなければならない。
しかも相手は俺を殺した、変態で鬼畜な魔王ジルスだ。
なんで好き好んで、王妃にならなくちゃいけなのだ!
俺は魔王に軟禁されてしまった状態である。
もはや脱出する術はない。
だから、早く元の体に返してくれ!
そんな心の叫びを言い放つものの、現実は非常である。
「それに比べて、我が娘は不甲斐ない……未だに魔王様に未練があるようだ。王妃様もお気を付けなされよ、娘が何かを仕掛けてくるかもしれませぬが、その時はきつくお仕置きをてくだされ」
アースドラゴンの娘が俺に恨みを持っているって事になるな。
実に厄介な事だ。
あれ? 魔王の『魅了』に掛かってしまった殆どの女魔族は、俺を恨んでいるって事にならないか?
……暗殺にも警戒したほうがよさそうだな。
だが、相手が襲撃してくる可能性があるならば
俺も鍛錬をしなければならない。
何せ、女性の肉体で戦闘をするのは、初めての経験だ。
しかも吸血鬼。
人間の土地では全く活動していなかった魔族な為、情報が未知数だらけで、どんなスキルが備わっているのかがわからない。
それに、心配なのは人間だった頃に唱えられた魔法は使えるかどうかだ。
よし、後で確認してみよう。
俺はニヤリと笑い、アースドラゴンに話しかける。
「お仕置きなんて必要ありません。何か仕掛けてくるのならば、返り討ちにすればいいだけの事です」
「ふははは!流石は王妃様。勇ましいですな。」
敵対していた時は恐ろしいほどのプレッシャーを放っていたアースドラゴンも
今では人と変わらないほどの穏やかな表情だ。
何故、俺はここまで社交的に振る舞える存在だと気付かなかったのだろう?
長い間も争いを繰り返していて、悪の化身として恐れられたが、魔に属する存在を俺は誤解していたかもしれない。
そんな他愛もない雑談をしながら、四天王アースドラゴンとの面会は終了した。