3話 side 魔王からは逃げられない
勇者クリスは魔王ジルスとの激戦の末、致命傷ともいえる攻撃をくらってしまい、ついに床に倒れてしまった。
魔力も殆ど尽きてしまったため、もはや大量の出血から治療魔法も唱える事も出来ない。
もはや勝負は決していた。
魔王は力尽きた勇者の姿をじっと眺める。
「へえ……本当に肉体が消滅するんだね」
僕に倒されてしまい、そのまま死亡した勇者は、血も武具なども消滅していく。
なるほどね。これが神に与えられたスキルか。
部下の報告によれば、勇者が死亡したとしても祖国の神殿ですぐに蘇生されるらしい。
それは勇者の仲間も同じだ。
でも……このまま復活されたら、ちょっと悔しいな。
少しは、抵抗させて貰おうか。
僕は消滅した勇者を再召喚させる儀式を開始する。
ふふ……アンデットの姿になった勇者は、どんな反応をするだろうか?
だけど、召喚は失敗してしまった。
僕が唱えた魔法陣の効力は失われ、すっかりと消え失せてしまう。
「うーん、僕の力では神の力を超える事が出来なかったか……実に残念だ」
今回の襲撃で被害があったものの、今のところは複数のけが人が出たが、深刻な怪我を負ったのは、意識不明の重体になった吸血鬼が一人だけだったらしい。
再生能力が高い吸血鬼が意識不明の重体なのが気になるけど、伝説の勇者の割には軽い被害で済んだ。
国境付近でも、連合軍を組んだ人間の軍隊が侵攻したらしいけど。無事に防衛は成功し、逆に追撃をかけている最中だ。
まあ、魔族が手を加えなくても勝手に弱体化してしまった人間の戦力じゃこんなものだろうね。
実にあっけない幕切れだ。
魔王ジルスの国にケンカを売った報復として
勇者の国に攻め入れようと考えたが、人間の土地へ侵略するのはコストも掛かるし、魔に属する種族にとっては住みずらい土地だ。
しかも、僕が手を加えなくても勝手に自滅している様子だから、ほっといても問題ない。
こんな連中に、今まで攻め滅ぼす事が出来なかった先代の魔王達は、いったいどれだけ無能だったのだろうか?
まあ、今期の勇者が弱すぎただけなのかもしれないね。
さてと……僕も考え事をしてないで、さっさと戦闘後の後片付けをしようか……
花嫁候補たちを迎え入れないといけないしね。
数日後………………………………………………………………………………
勇者の襲撃があった影響で予定が遅れてしまったものの、僕の花嫁を決める魔族の花嫁候補たちを無事に招集させた。
どうせ今回も、花嫁を選ばないけどね。
だって、みんな僕に夢中になる。
だから傀儡は嫌いだ。
僕が夢中になるほどの花嫁は存在しない。
幼少の頃から、僕目当てに近づいた女魔族だらけだった。
権力にすがり寄ってくるもの……僕の『魅了』スキルで惚れてしまった女性。
母上は『魅了』スキルを消す事が出来るようだが、僕にはそれができない。
本当に厄介なスキルだ。
今すぐ、この『魅了』を消し去りたいが、生まれ持ったスキルを消すことは不可能。
女性を思うのままに操る事が出来ても、すでに僕は魔の領域を統べる魔王だ。全ての魔族が僕にひれ伏せれるのだから、僕にとっては意味の無いスキルになってしまっている。
まあ……情熱的な恋なんて、僕には無縁だろうね。
だけど母上が最近は文句を言ってくるから、そろそろ花嫁を選ばないとまずい。
部下からも王妃はまだかと言われる始末だしね。
今回は本気で花嫁を探さないといけないかも知れない。
せめて、僕に興味が注いでくれるような女性がいてほしいものだ。
戦後の後始末を終えた後、姿を隠しながら城へ向かっている時。僕はふと、壁に重心を乗せて立ったままで熟睡している金髪の吸血鬼の少女を見つける。
多分、彼女も花嫁候補の一人だろうね。腕を組みながら眠っている姿はなかな絵になる逸材だ。
だけど、僕じゃなかったら、衛兵に叱られるだろうね。
でも、何故この女性は外で寝て居るんだろうか?
今頃は、僕に相応しい花嫁を探す為に躍起となって、審査をしている筈なのに……
僕に興味が無いのかな? いや、それはあり得ないか……
一瞬だけ、気を揺るんでしまった影響で、彼女は僕の気配に気付いたようだ。
慌てながら、キョロキョロと辺りを窺っている。
ふふ……、なかなか面白そうな女性だ。
後で、彼女の名を聞いてみよう。
きっといい暇つぶしになりそうだ。
僕は、そのまま会場へ駆けつける。
『魅了』のスキルに安易に掛かってしまう不安があったが。
案の定、花嫁の候補達から、熱いまなざしが僕に降り注いでいた。
何処までも木偶でしかない存在だ。
……そうだった。
そんな事よりも、彼女を探さないと。
そして、周辺を見渡しながら、派手な黒いドレスを着ている金髪の女吸血鬼を見つける。
あ、いたいた。
視線を彼女の方へ向ける。
だが、目が合った彼女は驚いた表情で固まってしまい、直ぐ様に僕からの視線を逸らす。
……僕の目線を逸らすなんて、生意気な奴だ。
僕は目線を逸らした生意気な彼女を、未だに視線を送っているが、再び僕に視線を送る事はなかった。
「君、あの黒いドレスを着た女吸血鬼の名と詳細を教えろ」
「はっ! 彼女の名はイルビア・ブレン。吸血鬼の一族で、真祖の名を持つほどに名家の魔族です。後……数日前に勇者の襲撃に遭い、意識不明の重症となっていましたが、無事に蘇ったので、今回の花嫁候補に間に合ったようです。」
「ふーん、あの時に殺されてしまった女吸血鬼だったのか。なら、襲撃される原因となった僕の責任だし、後でサービスしてやろう」
「あら、ジルスが興味を持つ女性が現れるなんて、天変地異の前触れかしら」
急に僕のとなりに現れた女性の名はサリー。
いつも神出鬼没で現れるけど、頼りになる僕の母上だ。
「うん、ちょっとだけ興味を持ったよ」
「じゃあ、私が謁見の間に呼んであげる」
そう言って母上は消える。
母上はかつて、父上に匹敵するほどの強さを誇っていたと言われるほどに
サキュバスとしては、本当に規格外の魔族だ。
今は、僕のほうが強いけど、昔は全く歯が立たなかった。
まあだからこそ、父上は母上を気に入ったのだろう。
亡き父上の後も気丈に振る舞えれるのだから、凄いお方である。
「さて、久々に僕が興味を持つ人物を見つけたし、期待させてもらうよ。イルビア」
今回は、護衛も全て退場させて貰った。
二人っきりで話したほうが、本音で語り合う事ができそうだしね。
僕の招集に呼びよされた彼女の様子は、冷や汗をかきながら、心拍数が跳ね上がっているのを感じる。
これは、僕に対する情熱ではなく、動揺している様子だった。
やはり、魔王である僕の花嫁になる気がなかったようだ。
「ふむ、勇者に殺されたと聞いたが、すっかりと回復したようだね。」
その言葉を放った途端、イルビアは、安心したかのように、僕に言い放つ。
「ええ、だいぶマシにはなりました」
やっぱり、僕の花嫁になるのは、そんなに嫌なのか?
ちょっとだけ、脅かしてみようかな。
「じゃあ、生き返った褒美として僕の婚約者になってあげるよ」
「……」
その言葉を聞いたシルビアは、茫然と僕を見つめている。
今までとは違う反応だ。
普通なら、歓喜の表情で僕に抱き着いてきそうなんだけどね。
「わ、わたしよりも美しく、お強い花嫁たちが居ますよ! わたし如きが魔王様と花嫁になるなんて恐れ多いです!」
やはり彼女は、僕の魅了に影響されていない。
こんな気持ちは、初めてだ。
この熱が込み上がる気持ちはなんだろう。
いつもなら、簡単に女性を落とせるのに、こんなに間抜けな顔をした彼女が落とせない。
「ふふ、僕の魅了が全く効かないなんて凄いね。普通なら飛びついてくるはずなのに」
顔を赤らめた彼女は、ジリジリと後ずさりをしている。
動揺から混乱するまでに悪化してしまったのだろうか?
僕のアプローチで逆に混乱するなんて、面白いな。
「きょ、今日は体調が悪いのでご遠慮する……」
そう言って彼女は、僕の元から離れようとする。
あーあ、ドレスを着ているのに、そんな不安定な足取りで動くから、こけてしまったじゃないか。
そんなに、僕と婚約するのが嫌なのか?
何故だろう、ここで離れてしまえば、二度と手に入らないような気がする。
更に熱い情熱が僕を燃やす。
逃してなるものか。
こんな魅力的な女性を逃す訳がない。
それほどに、僕は彼女を欲している。
逃げようとしていた、イルビアの手を掴み、動きを止める。
「何処へ行く気だ? もう体調は回復した筈だよね?」
「そ、そうでしたね……ははは……」
苦笑いしながら、そう言ってはいるものの
僕の手を振りほどこうと必死だ。
「……手を離してください」
フフフ……そのお願いは聞き入れてやれないね。
必死に抵抗するイルビアの姿が可愛い。
ならば、抑えていた魅了を最大限に開放させて
イルビアも僕の虜となるがいい。
僕が攻める側になるなんて初めてだ。
「魔王から逃げられるのは不可能だよ、大人しく認めたらどうだい? 僕の花嫁よ」
「!!!!?」
僕は、久々の口づけを交わす。
イルビアとのキスは悪くない。
むしろ、もっと長くキスをしたい気分だ。
そして、口づけしたお蔭で、彼女の心情が伝わってくる。
動揺……混乱……恐怖……情熱……
まさにカオスだ。
全く僕の魅了が効いていない。
僕がキスに夢中になっていると、気が付けば僕の頬にビンタが襲っていた。
予想外だったため、全く反応できなかった。
そのまま怯んでしまい、口づけが解けてしまう。
「俺は体調が悪いって言っただろーが!」
顔に真っ赤になりながらも怒鳴りつけてきた。
その様子は威嚇しながら警戒している、かわいらしい子猫だ。
それにしても……まさか魔王である僕に、傷を負わせるなんてね。
彼女の力はかなり強いようだね。
「……悪いが俺は異性に興味がない」
異性に興味がない?
それに……口調も変だ。
今までの女性らしさが嘘のように、男性の口調で話している。
なるほどね。
彼女は男性に興味が持てない、珍しい吸血鬼。
だから僕の魅了が効いていないようだろうね。
しかも女性の口調を止めたって事は、今まで隠していた本性が姿を現したって事になる。
思わず僕はニヤリと微笑んでしまう。
こんなに嬉しい事はない。
僕にだけ本性を現してくれたって事だ。
むしろ、素の感情を表に出している彼女の方が僕の好みかもしれない。
どうやったら、彼女は僕に振り向いてくれるだろう?
どうすれば彼女は僕を好きになる?
「ふふふ……それがイルビアの本性だったのかい」
「な、何がおかしい!? そうだ、きっと俺を死罪にする気だな!? 」
「今のイルビアのほうがずっと魅力的だね」
「……えっ?」
どうやらよほどショックだったようだ。
頬を染めながら顔が赤くなっている彼女を見つめる。
普通なら喜びそうなのにね…………
ふふ……望むところだ。
難易度が高くても、僕は諦めない。
何故なら僕は魔王だ。
どんな困難な敵が前に立ちふさがろうとも僕はそれを倒し、勝利し続けている。
僕を振り向かない彼女が相手でも、僕は全力で挑み続ける。
手加減なんてさせない。
魔王としての権力を最大限に発揮させてもらうよ!
だから最初は、イルビアの退路を塞がないと駄目だね。
「……じょ、冗談は顔だけにしてくれ!」
「冗談じゃないさ、安心しなよ……死罪なんてもったいない。君はこれから僕の花嫁だ」
彼女は僕の告白を聞いた途端にそのまま床に倒れそうになったのを僕が受け止めて、そのままイルビアは気絶してしまった。
これほどに、僕を避けようとする女性は居ただろうか?
これほどに、僕が夢中になってしまった女性は居ただろうか?
いなかった。
どれも初めての経験だ。
だから欲しい。
彼女こそが僕の花嫁に相応しい女性だ!
「母上……彼女に決めたよ」
「あらあら、ジルドにもやっと春が来たのね。これでやっと、孫の姿を拝むことが出来るわ!」
「うん。これからは、もっと楽しくなりそうだ」
そう言って、僕は気絶してしまったイルビアを優しく抱き上げる。
まさか、魔王である僕がここまで面倒を見ないといけないとは、困った花嫁だ。
この借りは、明日で果たさせて貰おうか…………
彼女が眠っている間に魔王は部下に命令を送り、明日の予定を急きょに変更させていた。
イルビアはもう魔王から逃れる事は出来ない。
どれだけ彼女が嫌がろうが、花嫁候補に立候補されていた時点で詰んでいる。
魔王は花嫁を逃さないように結婚式も急ピッチで準備させていた。
故にイルビア(元勇者)は逃れられない。
魔王の初恋は、それほどまでに凄まじいモノなのだから…………