2話 結婚
激戦の末、俺はついに力尽きてしまった。
もう、魔王に抵抗する力は残されていない。
俺に残された手段は早々に死亡して、再び神殿で蘇るしか残されていなかった。
だが、魔王ジルスの様子がおかしい……なぜトドメを刺さない?
「好きだ……勇者。僕と結婚しよう!」
「えっ!?」
今、なんて言った?
聞き間違いだと思いたいのだが
「これほどに僕を夢中にさせる存在が現れるなんて存在しなかった。きっと僕たちは相性が良いに違いない!」
「魔王! そんな気持ち悪いセリフを吐くな! ……って、こっちへ来るな、やめろー!」
「はっ!」
俺は目を開き、恐ろしい悪夢から目を覚ます。
どうやら眠っていたようだ。
身体を動かして、自分の服装を確認したが……姿は女性のままだった。
「これも夢ならよかったのに……」
そう言って、俺はため息を吐く。
そうさ……今までは順調だった。
生まれは只の庶民でしかなかったものの、魔法の才能にも恵まれ、さらには勇者に選ばれるほどの力と蘇生能力を授かり、俺は祖国で最高戦力と言われる程に成り上がっていた。
だが……俺が魔王に敗北してから、全てが狂い始める。
今では女吸血鬼の姿へと変わり果ててしまい、さらには俺を殺した宿敵の魔王に求婚されてしまった。
どうしてこうなってしまったのだろう………
今更になって、魔王暗殺なんて無茶な計画を実行しようとした祖国が憎くなってくる。
まあ、流され続けてた俺の責任でもある。
あの時にちゃんと拒否していればこんな事にはならなかった。
そう嘆いて後悔が未だに心の中で渦巻いていながら、俺はぼんやりと天上を見上げながら考える。
しかし、今更になって気づいたが……ここは何処だろう?
あの屋敷よりも、かなりの豪華な品ぞろえが並んでいる。
俺が当たりをキョロキョロしていると、突如として、一人の女魔族が姿を現す。
その服装の姿は、まさにメイドである。
「お目覚めですか?イルビア王妃様。私の名はミリア……王妃様の専属であるメイドでございます。今日は国民の前で魔王様の結婚をお披露目しなければなりません。ご支度を済ませた後は、魔王様と共に、中央広場へ向かってもらいます」
聞き間違いだろうか?
今、とんでもない爆弾発言をしたぞ……
「何かの間違いじゃないか? なぜ私が王妃になっているのだ!」
「そう言われましても……魔王ジルス様の王妃に選ばれたのは事実です」
「……嘘……だろ……!?」
夢なら早く覚めてほしい。
そんな願いは通じる筈もなく、ただ唖然とたたずむしかなかった。
眠っている間に、腹黒の魔王は婚約相手を俺に決めていたようだ。
既に外堀は埋められてしまい、退路も無くなっている。
どうしよう……
「お似合いですわよ! この衣装なならば、魔王様もお喜びになられます!」
純白のドレス。
まさに花嫁が着る為に用意されたかのような衣装。
勇者である俺がこのようなドレスまで着せられてしまうとは……
俺はカッコイイ衣装が好きなのだ。
こんな可愛いファッションは、俺の趣味とは相反する。
即刻に衣装の改善を訴えたい。
「恥ずかしくて死にそうだ……」
メイド達によって派手な衣装を着せられた俺は、宿敵の魔王と共に飛竜へ乗り、中央広場へと向かった。
広場では、既に多くの魔族達が駆けつけている。
集まっていたのは、魔族だけではない。
人間では魔物と分類されているゴブリンやゴボルトなども駆けつけていた。
「どうだい? 凄い観衆だろ。みんな僕達のお祝いに歓迎しているよ」
「……うう、逃げ道がどんどんと塞がれていく……」
俺は魔王と共に飛竜に乗りながら、中央広場の会場へと着地していた。
広場を埋め尽くす圧倒的な数の観衆。
こんな観衆の前で、台無しになるような事を仕出かせば、俺の命が危ないのは分かりきっている。
だから、今回は大人しく魔王に従ってやろう。
今に見ていろ……いつかギャフンと言わせてやる!
魔王は俺に手を結びながら、ゆっくりと歩き、中央広場の会場へ大々的な演説を行った。
「諸君、今回は集まってくれた事を感謝しよう! 僕の花嫁は無事に決める事が出来た。彼女は我々の宿敵である勇者の襲撃から勇敢に挑み、激戦から生き延びるた強者だ。故に美しい彼女こそが僕の花嫁にふさわしい!勇敢なるイルビアに盛大なる拍手を!!」
「うおおおおおお!!!」
魔族達の歓声が凄まじい。
俺は苦笑いしながらも、手を振るう事しか出来ない。
魔法で祝砲をあげる者や、ダンスを踊る獣人達。
なんなんだ? 俺が見てきた魔族とは明らかに違う。
これが、人間の天敵である魔族の姿なのか?
「イルビア。これで君は正式に僕の王妃だ。もう逃げる事は出来ないよ」
「……恨んでやるからな!」
そう言ってニッコリと俺に微笑む魔王。
おのれぇ……先手を打たれてしまったら、もうどうする事も出来ないじゃないか!
婚約を正式に宣言されてしまったのだ。
もう俺の力では手の施しようがない。
プルプルと震える手を抑えながら俺はギリっと魔王を睨み付ける。
「さて、皆の前で愛し合っている様子を見せないといけないね」
「……えっ!?」
反射的に、逃げ込もうとしたが、何故か動けない。
くっ……こいつ、俺の動きを封じる魔法を唱えやがったな!
やめろ……近づくな! 来るなー!
「ちょと……!頼むから勘弁んんっ……!」
またキスをされた。
その状況を観ていた魔族はさらに観衆が沸く。
しかも息継ぎが出来ないほどに長時間も抱きつかれながら密着されている。
魔王は俺が抵抗出来ないのをいいことに、舌を味わいながら拒む俺をナメまわしていやがる。
まただ。また、熱が込み上げてくる。
拒んでいる筈なのに受け入れてしまっているような不思議な感じだ。
これ以上されたら何かを失ってしまうかもしれない恐怖が襲う。
そんな危ない橋を渡って居るかのようだ。
「ぷはっ!」
「ふふふ、大げさな反応だね」
やっとキスから解放された。
これ以上されたたら、マジでヤバイ。
俺をこんな大恥を仕出かした元凶である魔王に憎しみを込めて睨みつけた。
だが、魔王には俺の憎しみが全く伝わっていない。
実に楽しげな表情になっていた。
「そんなに見つめられたら照れてしまうよ」
ごらんの有様である。
俺の憎しみを込めた視線はあっさりと、笑顔でニヤリと笑い返されてしまう。
何故だ……俺の反抗的な態度が全て裏目に出てしまった。
なんだ? そんなにツンツンした女が好みだったのかよ!
「これで勝ったと思うなよ……」
その後も盛大なパレードで民衆に注目を浴び続けられたものの。
無事に結婚式は終了して、再び魔王と一緒に飛竜に乗った俺は、魔族達の観衆に手を振りながら城へと帰還した。
城の中は、既に安住の地ではなくなっているのは明白だ。
だが、一つだけ安らぎを与えてくれる部屋があった。
複数の女魔族によって、風呂場へと案内された俺は
そのまま風呂へ浸かる。
温かい。こんな施設があるなんて俺の国には一つも無かったぞ?
あっていたとしても、水浴びをするだけだった。
暖かい風呂とはいいモノだな。
「王妃様。今日は身体を隅々まで洗いますよ」
「あ、ああ。よろしく頼む」
俺に付き添っていたメイド達は容赦なく俺の身体を隅々まで綺麗に拭いていた。
なんて屈辱的なんだ……恥ずかしすぎて死にそう。
そんな真っ赤に染まっている俺にさらなる追撃を仕掛けてくる。
「ふふ……これなら、初夜は無事に行う事が出来そうですね」
「初夜?」
「あら、王妃様は、ご存じなかったのですね? ご結婚なされた日は、魔王様と子作りをしなければなりません」
「……子作り!?」
俺は驚愕してしまう。
つまり、結婚した日は絶対に初夜をしなければならい。
なんて事だ……もう取り返しのつかない所まで辿り着いている。
まさに崖を片手でぶら下がっている状態だ。
どうすれば回避できる?
どうすればいいのよ!?
「あらあら、そんなに驚くほどうれしいのね。私も魔王様と一夜を過ごしてみたいわ……魔王様は今まで側室どころか、彼女を作った事すら殆ど無い殿方でしたので、なかなかその機会に恵まれませんの」
「はは……魔王様って、お堅い方だったのね」
まさに衝撃の事実である。
あんなにモテモテなのに、誰とも付き合っていなかったって事だ。
今回も100人も花嫁の候補を呼んだのも、よほどに好みがなかなかいなかったって事だ。
だが、俺はその魔王にプロポーズされてしまった。
魔王の好みとは、いったいなんだ……?
さっぱり分からない。
そんな思考をしながら、俺は風呂場の洗いを済ませて、派手な衣装へと着替えた。
……って、このままじゃ本当に俺の初めてが奪われてしまう!?
どうする……魔王に説得を試みるか?
だが、俺に惚れているのならば、初夜を回避する可能性が限りなく低い。
俺は城から逃走する事も考えてみたものの
それも出来そうにない。
魔族の領域から逃げ切ったとしても
吸血鬼になってしまった俺では、人間の土地は危険地帯だ。
俺がハンターの討伐対象にされてしまってしまうのがオチなのだ。
それに魔王からの追っても来るだろう。
明らかに論外である。
くそ! お手上げじゃないか!?
まさに袋のネズミである。
「終わった……」
「何が終ったんだい?」
今、俺は魔王の寝室で……大きなベッドに座っている憎たらしい魔王ジルスと対面している。
そう、既に退路は塞がれていた。
ゲームオーバである。
「なあ、初夜は勘弁してくれないか? た、体調が悪いんだ」
「そんな嘘は僕に通用しないよ。これは王妃としての義務だ。僕達はなかなか子どもを宿せない種族だからね、これからは毎日欠かさずに行わないといけないよ」
「……マジですか」
「マジです」
そう言ってニッコリとほほ笑む魔王。
ヤバイよ……こいつ、本当に犯る気だ!
思わず冷や汗をかきながら後ずさりする。
こんなにも積極的に俺の逃げ道を塞いでくるとは思わなかった。
魔王の城へ侵入し、魔王の暗殺に失敗した代償なのだろうか……
「さっぱり分からない、なんで俺に惚れるんだよ!俺よりも魅力的な女性はたくさん居ただろ!」
「そうだね、花嫁の候補達はどれも美しい女性だった。だけど彼女たちでは駄目だ」
「だけど……こんな女らしくない性格の俺よりも、彼女たちのほうがよっぽど王妃に相応しい筈だ」
「イルビア。君を初めて見たのは、外で立ちながら情けない表情で昼寝をしている姿だった」
「げっ!? あの強烈な魔力の気配は魔王だったのか!」
俺が目を覚ました原因は強力な魔力の気配だ。
どうやら、こいつは、俺の寝っていた姿を覗いていたらしい。
おのれえ! 魔王ジルスに気づけなかったなんて……一生の不覚だ!
「ふふ、目を覚ました君の様子は面白かったよ、慌ててキョロキョロと周りを伺う姿に、思わず微笑みを浮かべるほどにね。その時に思ったのさ、彼女はもしかしたら、僕に全く興味のない魔族だとね」
何で昼寝をしただけで、俺が魔王に興味が無かったのがわかるんだ?
まさか、あの食事会の時に、既に何かのイベントが始まっていたのか!?
「僕はね、惚れやすい女性は好きじゃないのさ。だって、燃えないじゃないか。既に惚れている魔族なんて、僕のスキルである魅了にかかってしまう程度の傀儡さ。王妃にふさわしくない」
そう情熱的に呟く魔王。
チョロイ女が嫌いなのは、あのメイドの話から大体は想像が付いていた。確かに興味が無かった俺は魔王の好みにストライクだったって事か。
それに……無意識に避けなければ今こうして魔王とご対面にならずに済んだ筈である。
俺の作戦は、最初っから既に失敗していたのだ……
策士が策に溺れるとは、まさにこの事である。
だが……魔王の話には少し気になる点があった。
『魅了』……それはとある種族だけが受け継いでいる厄介なスキルである。
その疑問を聞く為に、俺は魔王に問いただす。
「まさか、サキュバスの血が流れているのか!?」
女性を魅了するスキルは存在しない。
それは本来、男性を魅了させる、女性のサキュバスだけに備わっていた能力だ。
男性のサキュバスなんて聞いたことがない。
しかも、サキュバスが魔王まで上り詰めるほどに凶悪な力が備わっているなんて、流石の俺でも予想していなかった。
魔王は俺の質問から素直に頷く。
「そうだよ。魅了にかかってしまった女性が常に僕に付きまとう。非常に不愉快な能力。これは常時に発動し続けているから、スキルを抑えるのが精々で、魅了を完全に解除する事は不可能さ」
「なるほどね、だけどさ、俺は結婚に乗る気は、これっぽっちもなかった! なんで好きでもない魔王と子作りしないといけないのさ!」
「大丈夫さ、これから愛を育もう。僕達はきっと良い関係になれるよ」
「どうして、そう確信しているんだよーーーー!」
俺は頭を抱えながら、憎たらしく微笑えんでいる魔王の口説きを聞いて、冷や汗をかいてしまう。
駄目だ、説得が全く通用しない。
それどころか、ますます乗り気になっているじゃないか!
嫌だぞ! なんで勇者になった俺が、魔王と子作りしなければならないんだ!
「さあ、そろそろ始めよう。心配しなくても大丈夫さ、初めてはやさしくしてあげるよ」
「いや、そういう問題じゃないから……おい、上着を脱ぐな! やめろ!」
「ふふふ、直ぐにイルビアも夢中になるほどの快楽を味わらせてあげるよ」
ビンタを食らったのがよほどこたえたのか、俺の動きは、ほぼ封じられていた。
そのままなすすべなく近づいて来た魔王にお姫様抱っこされる俺。
なんて惨めな姿だ……。
もはや抵抗も無意味である。
「こ、こういうのはもっと段階を組むべきだと思うのだ……だ、だから今回はエッチな事はやめよう!」
「じゃあ、僕の事を愛してくれるかい?」
「それとこれとは話が別だ! 俺は絶対に魔王に惚れる事はない!」
「じゃあ、本当に惚れていないのかを、身体で確かめてみるよ」
俺の一言は火に油を注いでしまったようだ。
ニッコリとほほ笑んでいる魔王は
ベッドに寝転んだ俺を、ゆっくりと服を脱がされていく。
「まってくれ! 頼むからエッチな事はやめて! 俺はこんな過激な事は体験したくない!男性との付き合いなんて御免だ!」
「ふふ、異性との恋を知らなくても大丈夫さ。僕だけを見つめていればいい」
あわわわ……初めての体験がまさか女性側の方になってしまうなんて……
夢なら、早く覚めてくれー!
「あれ? 誰かが叫んでいたような」
「クリス、どうしたんだ? 突然に剣を降ろすなよ、訓練が出来ないじゃねーか」
「ああ、悪いな。どうやら只の空耳らしい」
しかしどうしたモノか……魔王城ではどうやらイルビアが王妃になったらしい
その情報は大々的に魔族達が噂を広めた。
これも、人間の戦意を陥れる為の策なのだろう。
流石は魔王様。
しかし、気になる点が一つだけ残っている。
王妃の名前はイルビア。
あきらかに勇者に乗り移ってしまった私の名前である。
どういう事なのだ?
私の精神は分裂してしまったのか?
「まさかな……」
ある一つだけ、可能性を思い浮かべる……
そう、王妃となったイルビアこそがクリスと名乗っている勇者なのだと……