1話 魔王の花嫁
「邪魔だ!」
俺は攻撃を仕掛けた吸血鬼の女を斬り捨てながら、そのまま魔王の王座へ目指す。
仲間は、無事に足止め出来たのだろうか?
まあ、死亡しても、俺たちは大丈夫だけどね。
俺たちは神の加護を授かっている影響で、死んでしまった場合は、所持金が半分失う代償を払えば神殿へ復活出来る。
今回は祖国の命令で魔王を殺す為に俺たちは魔王城へ潜入した。
俺の気分は、まさに暗殺者だ。
そして、巨大な扉を無理やりこじ開け、ついに魔王の王座へと到着した。
そこに待ち受けていたのは、護衛すら居ない、たった一人の魔王。
珍しい黒い目と黒髪に二つの角を生やしている以外では殆ど人と変わらない姿だ。
人類の宿敵が今、目の前に姿を現している。
「待っていたよ、勇者クリス。君の噂はよく聞いている。肉体が滅びても、また新たな肉体を得る、仮初の不死を手に入れているらしいね」
「へえ……俺の情報が魔王にも知れ渡っていたのか」
俺たちは、これまでに数回は戦死している。
魔族達にもその事は知れ渡っているのは、当たり前だ。
神の加護を授かった者たちに生かさず殺さずに処置をしても無駄である。
そういう場合は、勝手に死ぬように細工してあるかな。
まさに不死身のように蘇る仕組みだ。
「まあいい、今回はご退場願おうか、僕も忙しいご身分なのでね。」
「退場するの魔王……貴様の方だ! 今回は特に恨みもないが……祖国のために死んでもらう!」
「はっ! あれ? ここは何処だ……?」
ベッドから起き上がった場所は、何故か神殿ではなく、見知らぬ寝室の部屋であった。
どうなっている?
確か……俺は魔王との激戦の末に死んだ筈だ。
不具合でも起きたのだろうか?
まあいい、この部屋の主に聞いてみ……
「……なんじゃこりゃーー!?」
俺の衣装は綺麗な模様が描かれたドレス。明らかに女性の衣装だ。
そして、さっきから髪の毛が邪魔になるほどに長い金髪の髪と高い声。
ありえない。なんで俺は女になっているんだ!?
「お嬢様! 目を覚ましたのですかー!」
そう大声を出して、執事らしい人物が、扉を開けながら俺の元へ駆け寄る。
慌てて駆け付けた執事は、なぜか感激しながら、涙を流している。
その執事の姿は、ムキムキの筋肉で図体はでかく、さらに青い肌が気持ち悪さを拍車に懸けている……って、あれ?
こいつ、魔族じゃないか!?
不味いな。ここで下手に事実を話したら俺の命が危ない。
流石にこの肉体で死んでしまえば、神の加護で復活出来ない可能性がある。
俺は、内心では焦りまくっているが、そんな表情を表に出さないように、平然と執事に話しかける。
「お前が、私の執事?」
それを言い放っただけで、執事はがっくりと膝をつき、かなり大げさに落ち込んでしまった。
「おお……なんて事だ……。勇者に殺された影響で記憶を失ってしまったのか……」
この肉体の持ち主は、俺に殺されたらしい。
なるほど。魂は浄化され、代わりに俺が乗り移ったのか。
……なんで神殿から復活が出来ずに、この魔族の女性に乗り移ってしまったんだ?
わからん。謎だらけだ。
「おれ……わ、わたしは勇者に殺されたのか?」
「左様で御座います。不死の力を持つお嬢様がなかなか蘇らなかったので、ワシらは大急ぎでお屋敷へと運び、この部屋のベッドで安静にさせておりました。」
ふむ、どうやらこの肉体は、あの時に攻撃を仕掛けて来た吸血鬼の女のようだ。
まだまだ情報不足だし、記憶を失ったフリをしながら、現状を把握しないとな。
「そうか、ご苦労をかけたな。」
「とんでも御座いません! お嬢様にお喜びになられる事こそが、この爺の喜び!」
「そ、そうか……」
この執事の笑顔が気持ち悪い……
もっとマシな執事やメイドとかは居ないのかな。
「しかし、間に合ってよかったですな」
「何がだ?」
「そうでしたな。お嬢様は記憶喪失でしたな。実は、明日から、魔王様で開催される婚約者の候補に選ばれたのです。」
「はあ!?」
あまりの衝撃的な発言に思わずに顔を歪める。
冗談じゃない……なんで俺が魔王とけ、結婚しないといけないんだ!
「はは! お嬢様もお喜びになってますな。だが、婚約者の候補は100人も居ると聞きます。魔王様との婚約を勝ち抜くのはかなり険しいですぞ! 」
執事はそう言いながら、俺に婚約者の競争率が高いかを説明する。
脅かせやがって……100人も花嫁候補がいるのなら、俺が選ばれる可能性は限りなく低いな。
「明日の為に今日は、ゆっくりとお休みください。明日は忙しくなりますぞ!」
そう言って執事はお辞儀をし、そのままドアを閉めて、部屋から退室して行く。
室内には誰も居なくなり、静けさだけが漂っている。
誰もいない事を確認した俺は身体を隈なく触った。
少しだけ盛り上がった胸に、消えた相棒……
やはり俺は本当に女性の肉体になってしまったようだ。
自由に女性の肉体を触れるというのに不思議と興奮が全く湧かない。
性別が変わってしまった影響なのだろうか?
身体を触りまくるものの、虚無感だけが俺の心に残ってしまう始末であった。
「はあ……これからどうしよう……」
変り果てた俺の肉体を眺めながら、俺はベッドに寝転がり
現実逃避をしながら、目を閉じた。
数日後……………
俺は女吸血鬼の母らしい人物によって着せ替え人形にされてしまっている。
何度も派手な衣装を着せられて、恥ずかしすぎて顔が真っ赤だ。
大体、勝負下着ってなんだよ!
何度も裸にされて俺の精神力は既に底を尽きかけている。
「うむ!これがいい! とっても似合っているぞ! イルビア!」
誇らしげに喜ぶ金髪の女性。
やっと着せ替え地獄から解放された。
もうこりごりです。
なんでこんな目にあっているんだよ……俺の肉体は何処へ消えてしまったんだ!?
「いいか、魔王様を見事に射止めてみせよ! それこそが、我が一族の悲願でもあるぞ!胸は心もとないが……貧乳は魔王の好みだと言う噂がある。十分にイルビアにも勝機があるぞい!」
魔王の花嫁になるのは大変に名誉な事らしい。
俺の国では、恐怖の大魔王と名が広まっていたが、ここでは、国を治める王様みたいなモノだ。
そりゃあ、信仰されるのも無理はないな。
まあ、だからといって、魔王と結婚するなんて嫌に決まっている。
数日前までは敵対してた奴と結婚する姿を想像してしまい、思わず寒気がしてきた。
ひとまずは婚約候補に選ばれないように注意しなければならない。
そう決意し、俺は再び敵地の魔王城へと向かう。
俺は、あのデカい執事を連れながら、また魔王城へ訪れた。
数日前に俺たちが襲撃したのだが、場内は何事もなかったのように平穏としている。
やはり、魔王を仕留めるとは、まだ早すぎたな。
もっと修行すればよかった。
そうすれば、こんな想定外の出来事なんて怒らずに済んだのに……
「しかし……凄い数だな」
辺りは女魔族達が大量に待機していた。
ナーガや竜人など、様々な種族がひしめき合う、まさに婚活の戦場と言った雰囲気だ。
そして豪華な食材が陳列されている。
まあ俺は魔王に目を付けられないように、なるべく目立たずに、ひっそりと隠れるんですがね。
「では、集まった姫君たちよ、名誉ある魔王ジルスの婚約候補として集まって頂き、感謝する! 食事をしながら、魔王様がご来場するまで、楽しんでくれたまえ」
なるほど、この豪華な食べ物は、ご来場した報酬といった所か。
花嫁候補達は、次々と豪華な食べ物をガツガツと食べ始めていた。
まあいい、俺は豪華な食材に全く食欲がない。
あの中に、人間の肉も混ざっている可能性が高いとなると、とてもじゃないが肉は食べられない。
俺はさっさと食材が広がる会場から立ち去り、外の景色を眺められるベランダへと脱出する。
辺りの景色はうす暗いままで、辺りは星々が無数に確認できるほどの幻想的な空が広がっていた。
魔の領域には昼が存在しない。
なので、永遠に夜空が続く空模様になってしまっている。
生態系も人間が住む土地よりも過酷だ。
だけど俺の祖国は魔の領域の土地を求めた……
今思えば、こんな土地までも欲しがるとか
どれだけ俺たち人間達が必死だったのかがわかるな。
ふむ……ここには衛兵らしき兵士も徘徊しておらずに、静寂な場所である。
サボって昼寝をするのには丁度いい。
もしもバレたとしても、魔王との婚約がご破算になるのは間違いない。
まさに一石二鳥。
そう思考しながら、俺は壁にすり寄り、立ったまま目を閉じた。
ん? 人の気配が近くに感じるぞ
しかも、かなりの強さを感じるほどのプレッシャーを放っている。
驚きながらパチリと目を覚ました俺は、慌ててキョロキョロと警戒しながら周囲を見渡す。
しかし、結局はなにも異常は起きていない。
「気のせいか……うーん、そろそろ魔王が来る時間帯かな?」
まあ、このプレッシャーの正体は魔王に違いない。
きっと魔王が会場に姿を現したのだろう。
100人も居れば、俺が選ばれる可能性は限りなく低い。
俺もさっさと元の会場に戻ったほうがよさそうだ。
執事や親に叱られる展開も嫌だしね。
魔王の顔でも拝ませてもらうとしますか。
魔王の登場に、婚約者候補達の歓声が凄まじい。
流石は魔族で最強の一族を誇る魔王といったところか。
しかも、その姿がカッコいい。
かっこよかった俺ですら嫉妬するほどのイケメン力
魔族の分際で反則すぎるだろ……
魔王は花嫁候補たちを隅々まで見ている。
そして俺にも魔王との目線があってしまった。
一瞬驚いて固まってしまったが、すかさずに俺は目を逸らす。
だが、視線を逸らしたものの、未だに魔王からの視線が感じてしまう。
……印象に残ってないよね?
今のはなかった事にしよう。そうさ、これは魔王が花嫁候補を隅々まで観察しているだけだ。
確率にして百分の一……俺に引きあたる可能性は限りなく低い。
頼むぞ……花嫁たちよ、君たちのアピールはきっと魔王に届いてくれる筈さ!
そう内心は楽観視しながら、さっさとこのイベントが終わるのを待ち続けた。
「では、今回の選出は終了させて頂きます。 結果のご報告は明日となりますので、どうかそれまでは、お城の客室でお待ちください」
その言葉を聞いた途端に、女性達は続々と退出していく。
なんて行動力の早い奴らだ。流石は魔族。
俺もさっさと出ていこうとしたが、知らない女性の声に呼び止められて、足を止めてしまう。
「ちょっとそこの君、今からここへ向かいなさい。これは命令よ!」
そう言い放ったのは、多くの男性を魅了する能力をもつサキュバス。
全くこの女の気配を気づけなかった。
一体何者なんだ?
だがどちらにしろ、命令に逆らう事はしないほうがよさそうだ。
俺は、紙からメモされた場所へ向かう事にした。
「あれ? この場所って……」
見覚えのある大きな扉
この先は魔王が居座っている謁見の間だ。
数日前に、俺が無様に敗北して殺されしまったトラウマの場所である。
しかも俺はたった一人で魔王に行かなければならない。
いったいなんの用なんだよ……
嫌な予感がしながらも、俺は扉を開けながら王座にたたずむ魔王の元へと向かう。
そこにたたずんでいたのは、たった一人の不気味な魔王ジルスだけだった。
護衛の姿まで居ない、まさに、俺が襲撃した時と同じシーンである……
まさか俺の存在がバレてしまったのか!?
そうだとしたら、非常にまずい展開になってしまう……!
そんな危機的な状況の中、魔王はついに俺に話しかけた。
「ふむ、勇者に殺されたと聞いたが、すっかりと回復したようだね」
そう言ってニッコリとほほ笑んで頷く魔王。
俺はそれを聞いてホッと胸をなでおろす。
なるほど、この肉体は俺に斬られた女吸血鬼だったな。
無事に復活したのを確認したかったのだろう。
「ええ、おかげ様でだいぶマシにはなりました」
辺り際のない返答をする俺。
しかし……いつまで女性の言葉を演じないといけないんだろう……
徐々に楽観的になっていた俺だが、魔王はいまだにニヤニヤと俺を見つめている。
早く帰りたいな……
「じゃあ、生き返った褒美として僕の婚約者になってあげるよ」
「……」
絶句した。
そんな気まぐれで俺を花嫁に選ぶ気なのか。
そんなのがまかり通る訳にはいかない!
「わ、わたしよりも美しく、お強い花嫁たちが居ますよ! わたし如きが魔王様と花嫁になるなんて恐れ多いです!」
動揺しながらも、俺は申し出をやんわりと拒否する。
おかしい、魔王の花嫁が決まるのは明後日だ。
なんで……いきなり呼び出された俺が花嫁に選ばれるのさ!
そうだ、きっと俺をからかっているに違いない。
俺にそんな姑息な手は通用しないぞ!
そう願っているのを俺を尻目に、魔王はさらにニッコリとほほ笑んでいる。
「ふふ、僕の魅了が全く効かないなんて凄いね。普通なら飛びついてくるはずなのに」
俺は大変な危機に直面している。
ヤバイ、これは非常に不味い。
明らかにこいつは、俺に興味を持っている。
なんだよ、なんでよりにもよって、婚約に乗り気が無い俺を選ぶんだよ!
「きょ、今日は体調が悪いので帰らせてもらう……」
俺は慌てて、魔王から離れる為に逃げ出すが
あえなくドレスの裾を踏んでこけてしまった。
再び起き上がって魔王の間から抜け出ようと試みるが、魔王に手を掴まれて身動きが取れなくなってしまう。
「何処へ行く気だ? もう体調は回復した筈だよね?」
「そ、そうでしたね……ははは……」
その魔王の微笑みに思わず背筋がぞっとする。
苦笑いしながらも、俺は掴まれた手を解こうと
必死に力を込めて振りほどこうとするものの、全く動けない。
思った以上に魔王の力が凄まじい。
どうやら人間だった時の俺よりも力が無くなっているようだ。
「……手を離してください」
だが、俺の文句を言っても、腕はがっしりと握り締めらたままだ。
徐々に焦りを感じてしまう。
この場から逃げ出さないように、拘束するつもりではないだろうか?
人々の間で恐怖の魔王と恐れられたジルスならば、絶対に外道な事を仕出かすに違いない。
じわじわと俺に接近する……魔王の姿は実に不気味である。
しかも、その表情はなぜか笑顔だ。
「魔王から逃げられるのは不可能だよ、大人しく認めたらどうだい? 僕の花嫁よ」
「!!!!?」
顔を近づけた魔王はいきなり俺に口付きをしやがった!
ちくしょう、まだ好きな女性とキスした事すらなかったのに!
よりにもよって『ファーストキス』が魔王になってしまうとは……酷い悪夢だ。
しかしなんだ……? この甘ったるく、熱が込み上げてくる感じは……
よせ! 舌を絡めるな!?
駄目だ……もう俺の忍耐袋は限界に達した。
封じられていないもう一つの片手を思いっきり魔王の顔に向かって叩く。
窒息しそうなほどの口づけから解放された俺は、相手が恐怖の魔王だと言うのをすっかりと忘れてしま い、俺は激怒しながらしゃべり出す。
「俺は体調が悪いって言っただろーが!」
ビンタを食らった魔王は口づけを解き、そのまま後ずさりしていた。
そして汚れた口元を手で覆った後、すっかりと熱が冷めたが……この現状はかなりピンチになったので はないかと察してしまう。
これってヤバイよね? 魔王にビンタしちゃったよ……下手したら死罪にされそうだ……どうしよう。
「……悪いが俺は異性に興味がない」
俺は開き直って、このまま突っ走る事にした。
まさにお手上げである。
し、死罪になったとしても、勇者の肉体として復活する可能性もある。
それに懸けるとしよう……。
「ふふふ……それがイルビアの本性だったのかい」
なんだ? 怒っているどころか、不気味に笑っているぞ?
気味が悪い。俺は早くこの部屋から抜け出したい気分だ……
「な、何がおかしい!? そうだ、きっと俺を死罪にする気だな!? 」
「今のイルビアのほうがずっと魅力的だね」
「……えっ?」
あまりの爆弾発言に、俺は口を開けてぽかーんとなっていた。
そんな俺の態度でさらに笑顔を浮かび続けている魔王。
何故だ? この魔王はドMだったのか?
俺の何処が魅力的だったんだ?
女性らしくない振る舞いをしてしまったら、普通は嫌がれる筈だろ。
それが、どうしてこうなった…………
「……じょ、冗談は顔だけにしてくれ!」
「冗談じゃないさ、安心しなよ……死罪なんてもったいない。君はこれから僕の花嫁だ!」
その言葉を聞いた俺は血の気が引いてしまい、そのまま目の前が真っ白に染まり
意識を失ってしまった。
一方その頃………………
「なあ、最近……クリスの様子がおかしくねえ?」
「確かにそうねえ、あんな女性のような仕草をする勇者じゃなかった筈よ」
勇者の仲間である戦士と魔女。
彼らもまた、神の加護を授かっているので、死亡しても神殿で復活する事が可能である
だが、魔王に敗北してからの勇者の様子がおかしくなっている。
仲間である魔女と戦士は、その異変にいち早く気づいていた。
「魔王に敗北したのがよほどショックだったかも知れないわね……」
「まあ、何にせよ、早く勇者には元に戻ってほしいぜ」
勇者は一人で泉へと向かっていて
仲間からは、来ないようにと命令されている。
そんな勇者の様子は綺麗な泉に顔を覗かせながら
かなり悲観的な表情を浮かべている。
「ふふふ……なんで私は、酷いめにあう事が多いのさ……」
偶然にも勇者の襲撃に鉢合わせてしまった不運。
死亡しても、不死者である彼女は、生きる意思があるので、直ぐに復活する筈だった。
だが、女吸血鬼であるイルビアは、魔王に殺された勇者の姿となって神殿に復活してしまう。
勇者と魔王の花嫁にジョブチェンジした元女性と元男性の受難はこれからも続く。