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それから結局、擦り寄って懇願してくる修一を適当にあしらいながら帰宅した。プロデュースの報酬に繁華街の有名洋菓子店の限定スイーツを提示された時は、美咲も少しだけ心が揺らいでしまったが……。さすがは幼馴染み、弱点をよく知っている。
その晩、夕食を終えた美咲は、リビングのソファでくつろぎながら修一の提案を思い返していた。口の中には、先ほどデザートに食べたカッププリンの味が残っている。安物の甘さだ。やはりこの程度では満足できない。
(修一め、まさか私のチェックしてたスイーツまでお見通しとは……。油断ならないな……!)
美咲の脳裏に、修一がスイーツの情報を調べている姿が思い浮かんだ。雑誌をまめまめしくチェックする修一。「20個限定だと!? 授業終わってから走れば間に合う、か?」……まったくもって似合わない。美咲は自分の想像に失笑してしまった。
そして気が付いた。
(あぁ、そっか。デートの下調べとか、かな……。なかなか積極的じゃん)
美咲は無造作にソファへと寝ころんだ。手頃なクッションを枕代わりに使う。摂取したばかりのカロリーを消費しながら、思考がノロノロと動き始めた。
修一には「告白の結果は目に見えている」と冗談混じりに言ったものの、実際はどうだろうか。美咲は努めて公平な評価をしようとしてみて、数分で断念した。先入観が強すぎる。
(う~……ダメだぁ、振り回された忌々しい記憶たちが芋づる式に蘇って……うおぉぉ……!)
「あんた、寝落ちする前にお風呂、入りなよ?」
「ほぁ!?」
不意に声をかけられ、美咲は我に返った。慌ててクッションから顔を上げると、姉の恭香がソファの横に立っていた。パジャマ代わりのジャージを着て、首にはバスタオルをぶら下げている。どうやら風呂あがりらしい。
「っていうか、テレビもつけずになにやってんの?」
「瞑想、かな」
「迷走?」
「恭ねぇのはたぶん字が違う」
「ふーん。テレビ観るよ?」
露骨に興味のない返事をしながら、恭香はテレビの電源を入れる。美咲はもぞもぞとソファの席を譲りながら、チラリと姉の顔をうかがった。
恭香は現在大学二年生で、県内にある大学に通っている。こちらもやはり、絶賛なかだるみ中だ。
ふと思いついて、美咲は恭香に訊ねた。
「恭ねぇ、修一って覚えてる?」
「んー? シューイチ……? シューくんのこと?」
「たぶんそれ」
「賑やかなやつ?」
「絶対それ」
リモコンを操作する恭香。バラエティ番組でチャンネルが止まる。すぐに軽快な笑い声がスピーカーから溢れだした。美咲は番組に視線を向けながら先を続けた。
「恭ねぇって、修一のことどう思う?」
「賑やかなやつ」
「それはさっき聞いたけど」
「美咲の質問、漠然とし過ぎじゃね?」
「あーうー……。男としてどう思う?」
「おん? アリだろ、全然。イイ男じゃん、シューくん」
「え、そう?」
「え、そーじゃん?」
髪を拭きながら振り返る恭香。メイクの落とされた薄い眉がハの字に歪んでいた。
「っていうか、なに? 美咲、シューくんのこと気になってんの?」
「いや、違うけど。なんか告白するんだって、修一。それで、私にアドバイスしてくれーって」
「なんじゃそりゃ」
「だよね」
「ふーん……」
テレビに視線を戻す恭香。つられて美咲の視線も移る。売れ筋の芸人が身の上話で観客の笑いを誘っていた。
「ルックスは悪くないよね。アタシの記憶してる限りだと」
「うそ? この人、髪の毛短くしてからなんかバランス悪くない?」
「芸人のルックスなんか知らんがな。ちげーよ、シューくんの話」
「あ、ああ。修一ね」
「最近なんか変わったの、彼?」
「いや、昔のまんま。あ、高校入ってからワックス付けてる」
「ハハハ、一丁前だ。まぁ、爽やか系だよね、シューくん」
「そうかぁ?」
「そーだろ」
(ふーん、そうなんだ。ルックスはアリ、か……)
美咲は恭香の評価をとりあえずの基準とすることにした。美咲と違って、姉の恭香は結構モテる。少なくとも、自分よりは男を見る目は確かだろうと判断したのだ。
さらなる評価を聞くため、美咲は探りを入れた。
「でもさ、性格は正直微妙じゃない?」
「えー? いいじゃん、賑やかなの。美咲はいっつも振り回されてたよなー」
「それが問題なんだよ」
「バッカ、それがいいんじゃん。あんた、ウチの大学来てみ? 女子とろくに喋れもしない男ばっかだよ?」
「うっそ、大学ってなんかチャラい男子ばっかりいるイメージなんだけど」
「あんたは大学生にどんな幻想抱いてんの……。まぁ、そういう奴もいないわけじゃないけど。そういうのとは違うじゃん、シューくん」
「まぁ、たしかに」
「なんっていうかなぁ……ガツガツしてるわけじゃないんだけど、女の子をリードしてくれる感じじゃん? 積極的っていうかさぁ」
「……気さく?」
「あーそれ! それな! あれは一種の才能だと思うわ。草食系男子とかマジでつまんないからね。アタシ、ああいうのの良さとか全然わかんないし」
「ガツガツしてないのがいいんじゃないの?」
「ガツガツしてないのとリードしてくれないのは話が違うっしょ。男は女を引っ張ってこそ、だよ」
「ま、アタシの意見だけどね」と締めくくり、恭香はフェイスパックを用意し始めた。美容に関してはまめまめしい姉なのだ。その点、妹の美咲は割とずぼらだ。こういう積み重ねが今の境遇の差を生んでいるかも知れない事実に、美咲はまだ気付いていない。
(性格もアリなのか……。じゃあ、特に問題ないんじゃ?)
だから今も、美咲の関心は修一への評価にしか向いていない。恭香がパックを貼り終えるのを待って、美咲は核心をつくべく口を開いた。
「じゃあさ、修一が女の子に告白したら、成功すると思う?」
「あんたマジ、ちょっとはテレビ観せろ」
「あぅ、ごめんなさい」
「あー、まぁ、オッケーもらえるんじゃね? 相手の子がアタシみたいな考えならだけど」
「そうじゃなかったら?」
「そこまでは知らんがな。アタシは全知全能の神かっつーの」
呆れたように言い、恭香はキッチンへと向かっていった。テレビ鑑賞の肴でも探しに行ったのだろう。残された美咲は、恭香の言葉を頭の中で反芻していた。
「そっか……なるほど……」
「あれ!? アタシのプリンが消えた!」
「………………」
反芻中断。美咲はリビングをそっと後にした。