ただの喜劇であり、
更新遅くてすみません。
いきなり数年飛びます。
姿見に映る、赤茶の髪の少女を見つめる。
ヒタリと姿見に当てた手は、労働を知らない白い綺麗な手。ほっそりとした指に填められた、一目で高級と分かる指輪は、余りにアンバランスだった。
少女、アヴェリアは人知れず溜め息を溢す。
目線を少し下げれば、レースがふんだんに使われた桃色のドレスが映る。彼女はそれを見て、思いっきり眉をしかめた。正直言って、全然似合っていない。それに、彼女は桃色が余り好きではなかった。
このドレスを選んだ侍女は、笑みを浮かべながら「良く似合っておりますよ」と言う。だが、アヴェリアは嫌な予感がして姿見で自身を確認したら、案の定だ。あの時、侍女が浮かべた笑みは、嘲笑だった。
「気に入らないわ。別のにして」
「しかしお嬢様、とてもお似合いですよ。ウィブラス様もお喜びでしょう」
「……何故ウィブラス公の名前が出るのかしら」
確かに喜ぶだろう、アヴェリアが着ているドレスは幼女趣味には嬉しいものだろうから。アヴェリアはロリコン趣味の気持ち悪い老人を思いだし、気分が悪くなった。
「ウィブラス様は、アヴェリア様にお気があるようでしたので」
嗤いながら侍女が言う。明らかにアヴェリアを嘲る口調だった。普通だったら不敬と捉えられて、罰せられるが、侍女は気にせずペラペラと続ける。
「アヴェリア様には相応しい御方だと思いますわ。アヴェリア様も満更でもないですしょう? とてもお似合いですよ、私とても悔しいです」
「何が悔しいのかしら?」
「ウィブラス様はとても素敵で素晴らしい御方ですよ」
その言葉を聞いて、アヴェリアは口元を吊り上げた。
今回の侍女は、とても馬鹿なようだ。そこまで言うのなら話しに乗ってやろうじゃないか。
「あら、もしかして貴女、ウィブラス公をお慕いいているの? 初耳だわ。まさかこんな近くに恋敵が居たなんて」
「え?」
「あぁ残念だわ、貴女となら上手くやっていけるかと思ったのに」
「お嬢様?」
「ウィブラス公は、とても素敵で素晴らしい御方ですものね?」
「は、はい」
「貴女のその思いに私、胸をうたれたわ! 恋敵である私に手を貸してくれるなんて、貴女って優しい人ね」
「いえ……」
「とても辛かったでしょう? 私、貴女の思いに気が付かなくてごめんなさい。お詫びに、今度は私が手を貸すわ!」
若干興奮気味にアヴェリアが言えば、どんどん侍女の笑みは固まっていく。つぅ、と冷や汗が顎を伝った。
「今日、ウィブラス公にお会いしたら、貴女のことを伝えておくわ。こんな恋敵の側より、お慕いしているとても素敵で素晴らしいウィブラス公の側の方が良いわよね!」
「け、けっこうですっ!」
「私からのお礼よ、受け取ってちょうだい。今まで良くしてくれたでしょう」
「お嬢様、どうか……!」
「あぁ、まだ足りないかしら? そうだ、このドレスをあげるわ! ウィブラス公の元へ行く時に、このドレスを着れば、あの方は貴女を気に入って下さるはずよ」
「私には婚約者が……っ」
「あら、そうなの?」
「はい……」
ほっとした表情をする侍女を、アヴェリアは卑視する。婚約者が居たなんて初耳だ。なのに"あの子"に色目を使うのか。
「婚約者が居るのに、それは不誠実だわ」
「そうです」
「でも大丈夫よ! 貴女のことは婚約者に伝えておくわ」
「……え?」
「だから安心してウィブラス公の元へ行ってちょうだい」
アヴェリアは優しく語りかけ、聖母のように微笑む。侍女は生気が抜けたように、その場にへたりこんだ。
次の日、屋敷からある侍女が居なくなった。侍女のその後をアヴェリアは知らない。
************
コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。アヴェリアは、とても優しい口調で入室を許可した。
部屋に入ってきたのは、とても美しい少年で、椅子に腰掛けているアヴェリアの姿を見て、嬉しそうにその顔を綻ばせる。
「姉様、お茶をご一緒しても宜しいですか?」
「えぇ、今日はいい天気だからテラスでしましょうか。クッキーも焼こうかしら」
「姉様のクッキーは一番美味しいです!」
「ふふ、ありがとう。嬉しいわユリシス」
アヴェリアは微笑みながら、美しい少年、ユリシスを連れて部屋出る。
あれから数年、屋敷とアヴェリアを囲む事情は、ガラリと180度変わった。
自分の身は自分で守る。守ってくれる大人はもう居ない。無闇に信じ、縋れば簡単に食い潰される。
目の前で、嬉しそうに焼きたてのクッキーを頬張るユリシスを見る。
彼だけが、アヴェリアの味方で癒しだった。
彼女は思う、
私がこの子を護ると。
どんなことが有っても、護る。
ユリシスが、今の彼女の全てだった。
次話から回想に入ります。