誰も知らない話。
ゲーム本編前。
主人公生きてます。
少女は幼い足取りで、無駄に広い廊下を歩く。
一歩一歩を歩く度に、後ろに結われた赤茶の髪が、ふわふわと揺れた。
普段、余り運動をしていないせいか、そのふっくらとした可愛らしい頬は桃色に色づいている。一生懸命に歩く姿は、周りにいる使用人が、任されている仕事の手を止め、頑張れと心の中で応援するくらい、微笑ましい。
しかし、少女はどこか不機嫌そうだった。
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少女は、ある一室の前で足を止めた。
慣れたように背伸びをして、ドアノブに手をかけ扉を開け部屋へと入る。
扉を閉めると、少女はその場でズルズルと経たり込み、
「……あのロリコンの糞ジジイがっ!!!」
その歳に似合わない罵倒を口にした。
「何なんだよアイツっ、ベタベタ触りやがって! 尻撫でるとかキショイんだよっ、気持ち悪い目付きで私を視姦するな! 死ね! 男に掘られて死んでしまえっ!」
やたら下品な単語を口にしながら、小さな拳で床を殴る、殴る、殴る。
次第に拳は赤くなり腫れ、少女は痛さの余り、ぽろぽろと涙をながした。
「痛いぃ……っ。私は馬鹿か、馬鹿だ」
今度は自分自身を罵倒しはじめる。
幼い少女が、目からはらはらと涙を流している姿は庇護欲を誘うが、明らかに自業自得だった。
「泣くな、泣くな、泣くな、野口やよい。もう、何歳だと、思っているのっ。無様ねって、金髪で、黒眉の、お姉さんに、罵られちゃうわよ!」
少女は、嗚咽で途切れながらも、必死に自分で自分に言い聞かせる。少女のプライドは現在進行形でズタズタにされていた。
「26の立派な、大人なのに、こんなことで、泣くなんて……っ」
少女は、明らかにその外見とは釣り合わないことを口にする。彼女の外見は、どう見ても、5、6歳にしか見えない。そして、泣きじゃくるその様子には、大人の要素は何処にも無かった。
「転生とか、まじ有り得ないわよ……」
「アヴェリア様、旦那様が御呼びです」
扉のノックの音と共に、使用人の声がする。
少女――アヴェリアは、またかと思いながら、気の無い返事をして、部屋に備え付けの洗面所へと向かう。
すん、と鼻を啜る音がやけに大きく聞こえた。
アヴェリア。彼女は5年前までは、確かに『野口やよい』だった。
だった、は過去形である。
『野口やよい』は5年前に故人になった。
死因は、『野口やよい』だった彼女にも思い出せない。むしろ、思い出さなくていいとまで思っている。
ただ、『野口やよい』だった彼女が、産まれて直ぐに思ったのは、
(人生やり直しとか、いらない)
それだけだった。
ゲーム本編への道のりは遠い。