第六話 魔法使い6
ギャリンッ
槍兵を15人ほど屠ったところで、これまでと違い、速く、鋭く、重い剣撃がアリアに襲い掛かる。首を狙ったその斬撃を何とか反応して槍で弾き、後方に距離を取る。が、ブオンッ、と凄まじい音をさせながら、袈裟がきに斬りかかられる。今度は弾かずに避けるが、右足の蹴りを叩き込まれた。
一瞬体が浮き、ザザザッ、と足と片手で地面を削りながら、体勢を整える。すると、始めて速度を落としたアリアの隙を逃さず、まだ大多数の数を残した弓兵が、一斉に矢を射掛けた。アリアは槍を両手で持ち、体の正面にかざすと、一瞬で高速回転させる。曲芸のような技だが、アリアは矢を全て弾き飛ばした。
そして、槍を構えなおし、相手を観察する。
アリアに切りかかってきたのは、指揮をしていた騎士だった。顔の上半分は兜に覆われていて、はっきりとはわからないが、相当若い。赤い鷹の刺繍のされた青いマントに身を包み、大剣を構えた見るからに騎士然としたその男は、全身に金属鎧を装備していて鈍重そうだ。が、先ほどの斬撃はアリアほどではないが脅威と言っていい速度だったし、何より威力が尋常では無い。おそらく身体強化の使い手だ。
ちらり、と手元に目をやると、槍の穂先が切り飛ばされていて、断面は溶かしたみたいにぐにゃりとゆがんでいた。
一応これは金属槍なのだが。
「ここが正念場だな。」
アリアは魔法を使えない一般兵なら、数十人いても対処できる。だが、相手も魔法を使えるなら話は別だ。
魔法使いとその他の者には、隔絶した力の差がある。
普通は、ライドウのように術を用い奇跡を用いる魔法使いと呼ぶが、強化の魔法を行使するアリアのような戦士も魔法使いに含まれる。強化を得意とする魔法使いは、100人に一人ほどの割合でいる、魔力を持ち、魔法を行使できる者のうち、9割程度と珍しくは無いが、熟練した強化の使い手は、文字通り一騎当千の力を持つ。
だからこそ、軍は魔力を持つ者を身分を問わず騎士として、登用し、重宝するのだ。そして、魔法使いだけで構成された騎士団は戦場における切り札となる。
ただ、魔法が使えるかどうかは血筋に依存するので、魔法使いの家系は貴族であることが多いが。
ともかく、この相手は有象無象ではない。
そう思って油断無く構えていると、相手の指揮官は口を開き、静かな、それでいてよく響く声を上げた。
「ルーク部隊長、貴殿は部隊を引き連れてローエン大森林から離脱せよ。」
しかし、意外なことに指揮官が下したのは、撤退の命令だった。
「何故ですか、アレクセイ副団長!!ランド閣下からは、そこの女騎士を確実に始末するようにと命令を受けています!!それに逆らうおつもりですか!!」
それは、ルークと呼ばれた騎士も同じなのか、声を荒げた。だが、指揮官、アレクセイは、有無を言わせない口調でもう一度命令を繰り返す。
「ルーク部隊長、貴殿は部隊を引き連れてローエン大森林から離脱せよ。さっきの大雨は魔法使いの仕業だ。天候を操るほどの魔法使いが相手だぞ。下手をすれば全滅する。」
「しかし、」
騎士、ルークはなおも言い募ろうとしたが、アレクセイにギロリと睨まれ、押し黙ってしまう。
「何度も言わせるな。損害が大きすぎるし、一般兵の士気も低い。責任は私が取るから、さっさと離脱しろ。」
ルークはしばらく迷ったが、武器を構えてはいるが、血に沈んだ仲間と赤く染まったアリアを見て顔を青くしている一般兵。それと、ドアから顔を覗かせたライドウを見るとあきらめたのか、号令をかけると、森林の中に消えていった。
その間、アリアは手を出さなかった。わざわざ逃げる相手を追うつもりは無い。
ライドウを目で制すると、ライドウは肩をすくめながらも頷いてくれた。
部隊の撤収が終わると、アレクセイがこちらを牽制していた威圧感と殺気を、ふと、ゆるめる。
そして、
「『神速』、か。」
と、ぼそりと呟いた。
「何ですか。それは?」
聞きなれない単語にアリアが首をかしげると、アレクセイは苦い声で答えた。
「貴殿の通り名だよ。王国軍の撤退時に神速の剣で数多くの兵士を葬り去った麗しの女騎士。貴殿と、貴殿の所属していた近衛騎士団第3大隊は此度の戦争で名を轟かしたぞ。圧倒的な多勢に無勢の中で、全く怯まなかった貴殿達は敵味方問わず称賛されている。「あれぞ、騎士の鏡」、とな。」
褒めておきながら、アレクセイの声には怒りが混じっているように感じる。
「不満そうですね。何が気にいらないんですか?」
アリアがそこを指摘すると、アレクセイは顔を歪めた。
「別に、貴殿らに不満があるわけではない。逆に称賛されてしかるべきだ。貴殿らは英雄と呼ばれても良いくらいだと思っている。」
だがな、とアレクセイは続けた。
「それに引き換え、我らはどうだ?ガスタードのリーナ姫との婚約と、公爵という餌に釣られて王国を裏切った男の命令に従い、功のために貴殿を始末しようとしている。そこに義は無い。貴殿を始末するようにと命じた後、ランド閣下はなんと言ったと思う?「『神速』はかなりの美女らしいな。もし生け捕りにできるようなことがあれば、私の前につれて来い。直々に尋問してやる。」だ。そんな男に従う我らが、情けなくてしかたなくなる。」
アレクセイは、悔しそうに顔を伏せた。
ガスタード公国のリーナ姫は、今年17となる深窓の美姫という話だ。外様の貴族が、王家の血筋が濃い貴族が得る地位の公爵となるには、現国王の一人娘であるリーナ姫を娶る必要がある。もし、ランド辺境伯がそれに釣られたのなら、さっきのアレクセイの話と合わせて考えるに、ランド辺境伯はかなり強欲で色を好むようだ。
戦前、ランド辺境伯領は、豊かな穀倉地帯として名をはせていた。そこからの税収はかなりのはずだ。しかし、さらなる地位と金、女を求め、そこをガスタード公国につけこまれたか。
騎士であるアレクセイが本来主のすることに口を挟むわけにはいかないのだろうが、だからといって誇りがないわけではない。周りから称賛されているらしい我々と裏切った主に従う自分達、それを比べては、
そうアリアが考えていると、
「だったら、離反すれば良いんじゃない?君、なんでそんな奴に従ってるの?」
今まで黙っていたライドウが口を挟んだ。
アリアが振り返ると、ドアから顔を出したライドウがこちらにゆっくりと歩んできながら、アレクセイを見つめ、問いかけていた。
「君、そんな悪い人間に見えないぜ。」
それはアリアも同感だ。
だが、アリアはアレクセイが裏切らない理由が分かる。
「それは無理だろうなライドウ。アレクセイ殿には騎士の矜持がある。ならば、忠誠を誓った騎士の責務としてアレクセイ殿が主君を裏切ることは不可能だ。騎士は主君を裏切らない。」
アリアのその言葉に、アレクセイは頷いた。
「私は幼少の頃、先代のランド辺境伯にこの剣を捧げた。そして、先代が病没する前に、息子を頼むと言われたのだ。ならば、私の誇りにかけて裏切ることはできない。もし、その約束を違えるのであれば、騎士としての私はそこで死ぬ。」
それを聞くとライドウは呆れたように、
「これだから騎士は。」
と呟いた。
「生粋の魔術師である貴殿には理解し難いだろうな。」
アレクセイは微笑を浮かべる。
しかし、大剣を構え直すと、すぐに表情を真剣なものに変えた。
「無駄話はここまでだな。」
アリアも槍を構え直すが、その表情は少し、苦い。
「言葉を交わした相手と切り結ぶのは少々心苦しいのですが。」
アリアとしてはアレクセイが好ましい人物だと思った。あまり戦いたくない。
「もとより、主を諌めることができなかった時点で、我が罪は確定している。ならばこそ、ここで切って捨てられても文句は言わん。まあ、貴殿は、私の部下を殺しているからな。ただ切られるような真似はせんが。」
そのとおりだ。部下、仲間が殺されたら、何もしないということはない。それはアリアとて同じだ。
「そうですね。私も、私の主と、散っていった仲間のためにここで死ぬわけにはいきません。」
別に正義をかざしてアリアたちは戦っているのではない。主のため、仲間のため、部下のため、自分の守りたい何かのために戦うのだ。だから、戦いに感傷を持ち込むことはするべきではない。
ただ、
「ライドウ、すまないが、手を出さないでくれ。補助魔法も切っていい。」
誇りを持った騎士と対峙したとき、他力本願の力を使うのはアリアの「誇り」が許さない。
「これだから、騎士は。」
ライドウは、アレクセイに言ったのと同じ台詞を繰り返すと、呆れ返りながらも、
『奇跡の力をこの手に宿す』
魔力を指に宿し、すばやく陣を描くと、発動のキーワードを唱えた。
『霧散せよ我が力よ』
とたんに、アリアの体が重くなる。
ライドウの補助なしでは、全快時の六割も力を出せない。傷も開いてきているし、勝機は薄い。
それでも、アリアは、 自分の力で、アレクセイに勝つ。勝たなければいけない。
「なかなか貴殿も難儀な性格をしているな。」
アレクセイの言葉にアリアは「性分ですから。」と答えた。
「そうか、では。」
そして、アレクセイは、名乗りを上げる。
「ガラドセル・ルイ・ランドが騎士、ランド騎士団副団長アレクセイ・フォン・ガッセナール。」
「リーセリア・クイン・フォンデシア・リゼンテール女王陛下が騎士、リゼンテール王国近衛騎士団第3大隊上級騎士アリーシア・リィ・マルセリス。」
視線の交差は一瞬。
「「参る!!」」
激突が、始まった。