第五話 魔法使い5
バンッ
アリアはすばやくドアを開けると周囲の状況を確認した。
兵士は見える範囲では、ライドウの家を囲むように包囲した弓兵が20人ほどと、槍兵が30人ほど。全体的に青い装備をした騎士、地方軍の騎士が奥に5人。
先ほどまでの雨のせいで混乱しているが、全員臨戦態勢で、弓兵は弓を、槍兵は槍を、騎士は剣を手にしている。
魔術師はいないようだが、騎士はそれなりの地位を持つ、軍の中核を成す指揮官だし、弓兵と槍兵だって無理やり徴集した農民兵ではなく、普段から訓練を重ねた地方軍お抱えの私兵のようだ。アリア一人を始末するのに過剰戦力すぎる。
おまけに、地面は全体的にぬかるんでいて、大きな水溜りが所々にある。駆け回るには、足元が心もとない。それは相手も同じ状況だが、あちらには飛び道具がある。相手にのろのろと接近する前に撃ち殺される。普通はあきらめる。だが、
「最初に弓兵を始末するか。」
アリアは負けるつもりは全く無かった。
幸い相手はまだ混乱していて、アリアに気づいていない。音を立てないように移動を開始する。
かなり開けたこの場所でいつまでも相手が気づかないはずがない。しかし、一番近い弓兵まで半分といったところまで接近できた。
「出てきたぞ!弓兵、撃て!!」
おそらく全体を指揮しているであろう一際豪華な装備をした男がアリアに気づき命令を下す。が、
「遅い!!」
足に力を込めて、爆発的に加速する。滑って転ばないように制御したので若干速度は落ちるが、速さには自信がある。一瞬でアリアは距離をつめた。
「疾っ!!」
直線上にいた槍兵の首を切り裂き、弓兵の懐に飛び込む。
「はあっ!!」
長剣を弓兵の胸に突き刺す。抜けなくならないうちに、すばやく長剣を引き抜くと、弓兵は弓と、つがえようとしていた矢を取り落とし、血を噴出しながらガックリと膝をついた。
瞬く間に2人倒したアリアだが、表情は優れない。傷が痛むのもあるが、
「切れないな。」
戦場とオオカミとの戦闘で酷使した長剣は、本来は折れてないのが不思議なくらいなのだ。切れ味など期待できるはずもない。現に今も、槍兵の首の血管は無理やり引きちぎったし、弓兵の胸は力で強引に突き通した。
「仕方ない。」
アリアは振り向くと、片手で喉を押さえながら地に倒れ伏した槍兵に近づき、もう片方の手に握られた槍をもぎ取った。アリアは長剣を好んで使うが、それ以外の武器が苦手というわけではない。切れなくなった長剣に愛着はあるが、背に腹は変えられない。
と、そこで態勢を整えたらしき敵弓兵から複数の矢が飛来する。アリアは、槍を奪った槍兵の死体を咄嗟につかんで盾にして矢をやり過ごし、お返しとばかりに長剣を投げつける。無意識下に強化されているアリアの、その外見からは想像の付かない豪腕で放たれた長剣は、弓兵の一人に命中し、あっさりとその命を絶った。
しかし、のんびりはしていられない。見た目の麗しさとは裏腹なアリアの苛烈さに動揺が走る敵兵だが、騎士の指揮で家を包囲していた弓兵たちは騎士の近くに集まり、槍兵たちはアリアを包囲しようと動いている。このままでは、囲まれて身動きのとれないところを狙い打ちにされる。
ならば、乱戦に持ち込む。
多対一のセオリーは、各個撃破だ。アリアは槍兵の死体を放り捨てると、槍を両手で構え、腰を深く落とし、低い姿勢のまま獣じみた速度で駆け出す。アリアを囲もうとしていた槍兵たちはその速度に対応できない。
「ぐわあっ。」
「ぎゃああっ。」
「くそっ、速すぎる!」
突き、切り払い、こちらを狙う槍をはじき、敵兵を石突きで突き飛ばすと、そのまま流れるように首を刈る。たまに援護で飛んでくる矢を払いのけ、戦場を縦横無尽に駆け回る。
血の雨を降らせながら、アリアは自身が高揚していることに気づいた。戦いの熱気に当てられているのもあるが、
体が、軽い。
病み上がりにもかかわらず、アリアの体のキレは全快時以上に鋭かった。
自分が何かしたわけでは無い。ならば、
「ライドウか。」
ちらりと木造のライドウの家を見ると、指先を光らせたライドウが、ドアの隙間から顔をのぞかせていた。アリアの視線に気づくと、ライドウはグッと親指を立てて見せる。
おそらく補助の魔術だろう。この状況でのそのあんまりな姿には呆れる。が、
「ありがたい。」
知らずしらずの内に、ニィ、と口元を歪めながら、アリアはさらに加速するのだった。