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第一話 魔法使い

「知らない天井だ」

 

 目を覚ました私の第一声はそれだった。私の自室がある城の詰め所は頑丈な石造りなので、天井も石だったはずだ。しかし、今私が見ている天井は温かみのある木でできている。ここはいったいどこだ?


「ぐっ、うぅぅぅぅっ!」


 そこまで考えたところで、全身の凄まじい痛みに気づく。

 

 そうだ、そうだった。私は敗走して、森に逃げこんで、オオカミと戦って、それで、それで?

 思い出せない、思い出せないが、最後にある記憶の中で私が負っていた傷は致命的だった。

 なら、誰かが助けてくれた?

 

 自分の状況を確認してみる。私は寝台に寝かされているようだ。傷を負っていた箇所には包帯がきちんと巻かれている。服は着ているが、騎士服と、要所を覆う鎧ではなくて、前を紐で結ぶだけの簡素なものだ。

 周りを見渡す。あまり物が無い。机と椅子はあるが、何も置かれていない。しかし、壁の脇に置かれている物には見覚えがある。というか、ボロボロになってはいるが、私の長剣と短剣、騎士服と鎧、あと非常用の諸々が入ったポーチだ。

 それらを見て安堵する。愛着のある品々があることもそうだが、武器を特に没収されていないのだ。ガスタード公国に捕らえられたというわけではないだろう。


「治療をきちんと施してもらって、寝かせてもらっているのだ。感謝せねば。」


 そうと決まると、行動は早かった。まず、体は多少痛むが無視して起き上がると、寝台の横にあった自分の靴に足を通す。そのとき窓から見えた風景で、ここがまだ森の中であることがわかった。本当に善人かわからないが、すぐに行動を始めるのは、アリアの長所でもあり、短所でもある。

 

「ずいぶん、辺鄙な場所にあるのだな。」


 もしここが、戦場だった場所の近くにあるローエン大森林、アリアが逃げ込んだ森、ならば、人が住めるような場所では、あまりない。霊峰カルディストアの麓であるこの森には、魔力の吹き溜まりが多くあるため、その影響をうけて野生動物が強化され、凶暴化した魔獣がよく出るのだ。実を言うと、アリアを襲ったオオカミも半魔獣化して凶暴化したものだ。

 普通の野生動物は、成果に見合わない損害を負おうとはしない。だからこそ、何匹倒されても向かってきたのだ。

 まぁ、危険だからこそ追手を巻けると思って森に入ったのだが。


 ドアを開けると、とたんに良い匂いがただよってきた。ドアは、居間と食堂と台所が一体化したらしき大きな部屋に直結していたようだ。その部屋の、アリアからみて、左手にある台所では、長身の男がなにやら調理をしていて、匂いはそこからただよってきている。

 音に気づいたのか、男が振りむいた。


「ああ、起きたのか。そこ、無理しないで座ってて。1日眠ってたんだ。腹減ったろ、もうすぐ昼飯もできる。」


 若い男だった。年はアリアと同じ年の10代の後半か、20くらいといったところか。ぼさぼさに伸びた黒い髪を後ろで一纏めにしている。顔立ちは、目つきが多少悪いが、それなりに整っている。しかし、なにより印象的なのは、その男が着ているローブだった。フードのついたそのローブは、足元まである長いものなのだが、腕の部分は半袖しかない。そこから、太くはないが、筋肉質な腕がのびている。別に、それだけなら普通の格好なのだが、問題は黒いそのローブの背に、金糸で縫われた獅子の刺繍があったことだ。

 

 この世界には超常の力を操る魔法使いがいる。100人に一人程度の割合でいる魔法使いは、その実力により大陸全土にまたがる魔術ギルドにローブの紋様で等級分けされる。赤糸に鷹で見習い、銀糸に狼で一人前、金糸に獅子ならそれは、各国の宮廷魔術師レベルということだ。つまり、この男は宮廷魔術師程度の魔法使いということになる。


 いろいろ気になるがともかく、アリアはまずお礼を言おうとする。が、手で制される。


「言いたいことはあると思うけど、まずは飯ね。話はそれからで。」

「わかりました。」


 確かに、腹は減っているし、落ち着いてから話そうということも理解できるので、大人しく席に座る。 しばらくすると、目の前の机に料理が置かれていく。野菜がふんだんにつかわれているコンソメスープ、香ばしい匂いのバスケットに盛り付けられたパン、ちょうどいい焦げ目のついた豚の腸詰等々、おいしそうな料理の数々だ。

 すべて置き終わると、男は向かいに座る。


「じゃ、ま、遠慮なく召し上がれ。」

「ありがとうございます。いただきます。」


 それからは、どちらも口を開くことはなかったが、おだやかに食事が進んでいく。上品に、しかし、空腹のためか手早く食べるアリアを見ながら、男も食事に手をつける。





「さて、と。」


 食事が終わると、紅茶をアリアの分と、自分の分をついで、男は話を始めた。


「まずは自己紹介かな?俺は、ライドウ=ディートリード、ライドウでいい。この家に住んでる魔術師、だな、一応。20歳。君は?」


 ふむ、大丈夫のようだ。アリアはそう思った。

 自慢ではないが、アリアの外見はかなり美人だ。絶世の、といっても差し支えないほどに。      

 艶やかな腰までの長い金髪、整った目鼻立ち、神秘的な青い目、鍛えられているために、引き締まった手足腰、それとは対照的に女性らしい曲線をバランスよく描く胸尻は、男の情欲をひきたてる。そのため、不躾な視線にさらされることも少なくなかった。

 ただ、この男は自然体だ。なんとなく、そう思った。

 私を守ってくれることが多かったガイエス隊長は、今はいないし、もう会えないが、大丈夫だろう。


「アリーシア=リィ=マルセリスです。リゼンテール王国近衛騎士団第3大隊所属の上級騎士です。歳は18。この度は助けていただき、ありがとうございました。」


 ペコリ、と一礼。


「どうも。ああ、別に敬語はいいよ。堅苦しいし。ってか、リィってことは、君、貴族?」

「さすがに命の恩人に、無礼をはたらくわけにはいくわけには。」

「だから、別にいいって。気楽な方がいいでしょ。」

「むぅ、では。ああ、そうだ。私の祖父は伯爵だったからな。」

 

 ふーん、というと、ライドウは紅茶を一飲み。


「だった。っていうのは?」

「没落したんだ。名前はそのときの名残だ。」


 アリアも紅茶に口をつける。


「んー、なるほど。じゃ、質問どうぞ?」

「まずは、私をこここまで連れてきて、治療してくれたのはライドウか?」

「そこっ!?ってか聞いてからお礼言おうよ!!なんで最初にお礼言ったの!?」

「いや、感謝が遅れてはいけないと思ってな」


 はぁ、とライドウはため息を吐いた。


「君、なかなか面白い性格してるねぇ。まあ、そうだよ。俺が君みつけて、治癒魔術かけた。っていうか、さっき君がお礼言ったとき、どうも、っていったしょ。」

「やはりそうか。改めて礼を言う。ありがとう。」

 

 生真面目にまた頭を下げるアリア。

 それにライドウは苦笑いした。


「他に質問は?」

「治癒魔術、ということは、ライドウはやはり魔術師なのか?」

「まーね。ただ、治癒は得意分野じゃないから、せいぜい応急処置と、回復の促進くらいだ」

「じゃあ、何が得意なんだ?というか、その歳で金獅子を背負えるほどの力があるのに、どうしてこんなところにいるんだ?ああ、もちろん、いやなら答えなくていいんだが」

「得意魔法は、基本属性4種、火水風土のうち、火と風と土。派生4種、雷氷光闇のうち、雷と氷。特殊3種は、治癒補助強化のうち補助だけだな。」

「それは、凄いな。」


 魔法使いは基本的に得意属性はひとつ、ふたつだ。しかし、ライドウの得意属性は6つ。並みの宮廷魔術師どころか、賢者クラスだ。

 アリアも実は魔法がつかえるが、強化、それも、身体能力の無意識強化だけだ。そう強くない。五感の強化はできない。これは赤糸に鷹くらいのレベル。天と地ほどの差だ。

 だが、そうなると余計にここにいる理由が気になるが。


「ここにいる理由は単純。国に縛られると権力争いとか面倒なんだよね。ここは、多少危ないけど、どこの国のものでもない。まあ気楽だ。」

「ふむ、そうか。」

「他は?」

「いや、特に無い。そのくらいだ。」


「そう、じゃあ」


 ライドウの纏う雰囲気が真剣なものになった。髪と同じ黒の目を細める。目つきの悪さもあり、鋭く突き刺すような視線になる。


「この、どこの国も手を出さないはずのローエン大森林に、どうしてリゼンテールの騎士の君はいた?おまけに、森が騒がしい。何人か、森の奥のはずのここの近くに侵入したことが確認された。何がおきている?」


 ライドウは、おそらく平穏を望んでいるのだろう。さっき、ここにいる理由を、ライドウは簡単に言ったが、賢者クラスの魔法使いならいろいろあったはずだ。そうアリアは思った。

 もとより、命の恩人であり、誠実に対応してくれたライドウに嘘をつく気はない。

 アリアは息を吸うと、これまでのことを話し始めた。

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