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 海の底が静寂の世界だなんて、嘘っぱちだ。

 

 俺の耳元でプランクトンたちが微かな音を立てて泳ぎまわっている。波にさらわれ、海底に降り積もる砂粒がさらさらと歌っている。俺たちが転がる音はゴブン、ガブンとあたりに響く。

 俺とゴロゴロは水をかき分けて、心行くまで『自分の音』を鳴らし続けた。

 海底の砂に埋もれた石達は、まるく磨かれた頭を出して俺たちを見た。歓迎ではなく、さりとて敵意も持たない眼差しは、こちらを『見ている』だけだ。

 ゴロゴロが、小さな石につまづいて止まった。

「悪ぃ、じいさん。怪我は無いか?」

 ひどく年老いたその石は、億劫そうに丸い体を揺すった。

「いまさら怪我の一つや二つ、どうってことは無いよ。」

 じいさんはもぞもぞと砂に潜ろうとしている。俺はそんなじいさんを呼びとめた。

「ここにいる連中は、何をしているんだい。」

 俺の言葉に振り向いたじいさんの眼差しは、どろりと無気力だ。

「波に削られ、砂になるのを待っているのさ。」

「それは楽しいのかい?」

「楽しくは無い。だが、退屈というわけでもないさ。波は毎日、同じように打ちよせては、わしらを転がす。そのたびにわしらの体は少しずつ削られ、小さくなっていく。わしはもう何千年もそれを繰り返している。」

「そうして砂になると、何か良い事があるのかい?」

「さあな。だが、わしら石の最期ってのは、そういうもんじゃないのかい?」

 大きな波がドプンと押し寄せた。じいさんは流れに逆らうことなく、微かな音すら立てないで、俺たちの視界から消えた。

「オレたちの最期はそんなもんだってよ。」

 ゴロゴロがこつんと体をぶつけてきた。

「だったら、ここで波に転がされていた方が楽じゃないのか?」

「確かに楽だな。」

 それだけ削られ続ければ、この欠け傷も気にならないくらい小さくなるかもしれない。

 どんよりとした、この水の底から、明るい水面を眺めて……

「でも、それじゃあ死んでるのと変わらないじゃないか。俺はまだ死んでやるつもりは無いぜ。」

 ゴロゴロがにやりと笑った。

「気が合うな。オレもだ。」

 俺たちは陸地を目指して転がり出した。

 押し寄せる波に逆らって、どんよりとした視線で見上げている海底の石達を飛び越えて、ひたすらに転がった。

 水面を照らす、あの明るい太陽を目印に。


 焼けた海岸の砂に埋もれて、十分に体は温まった。俺が軽く体を揺すると、乾いた砂がパラパラと体から落ちた。

「行くか?」

 傍らでは相棒が同じように砂をはらっている。

 長い旅の間に俺の体もだいぶ削られた。だけど、どれほど砂と風に磨き上げられても、俺は相変わらずのちっぽけな石ころだ。

 でも、ゴロゴロがいてくれるなら、それも悪くは無い……

「行こう。」

 それでも俺は転がり出した。ザザザ、ガスッ、ザザザ、ガスッと砂を踏む音を立てながら。

 ゴロゴロも、砂を蹴散らして派手な音を立てる。

 ズザザ、ボス、ズザ、ゴスッ。

 二つの音が重なって、世界中に響き渡る。


 俺たちの音楽は、まだ鳴りやまない。


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