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俺たちは、海まで転がってきた。
「なぁゴロゴロ、あの大きい岩になることができれば、人間は俺をみてくれるかな?」
たとえ宝石のように輝いていなくても、岩は大きいという事だけで人間に認めてもらえる。
今、目の前にある岩もそうだ。海からそそり立つ一対の岩に、わざわざ名前を付け、しめ縄で飾り、ご丁寧に可愛らしい社まで乗せている。夕日に照り映える美しさは、ただの石ころである自分の存在が消し飛ぶんじゃないかというほどに俺を圧倒した。
「どうせなら、こんな岩の一部でありたいよな。」
「ならば、来るがいいさ。」
年老いた彼女は、あっさりと俺を受け入れてくれた。
「ただし、コロコロ、ゴロゴロ耳障りな音を立てるのはやめておくれ。私は、静かに波の音を聞くのが好きなんでね。」
たったそれだけのことで、この完璧な美しさの一部になれるなら……俺は手ごろな、俺の欠けに何となく似た形の出っ張りに強引にしがみつき、隙間にコケ混じりの泥を練り込んだ。
「どうだ、ゴロゴロ。完璧だろう?」
「見た目だけはな。」
ゴロゴロはすぐ近くのくぼみに無造作に転がった。
「オレは、昼寝でもしてるよ。飽きたら言ってくれ。」
飽きる暇なんか無かった。しがみついているだけで精いっぱいだ。
大きな岩は、想いのほか無情だった。俺のすぐ横をいくつかの小石がコツコツと哀れな音を立てて転げ落ちていった。どんなに哀しげな叫びが聞こえようと、岩は無言のまま、そこに立っているだけだ。
そんな彼女を人間はありがたがる。指を差して名前を呼ぶ。
「これが機具岩だよ。」
そして、岩を背に写真を撮ったりもする。
俺はそんな岩の一部になろうと必死だった。強い海風がオレを吹き飛ばそうと渦巻くこともあった。波は容赦なく俺を洗い流そうと打ちつける。それでも俺は必死に耐え続けた。
幾度目かの春が訪れた。俺は未だに昼寝を続けるゴロゴロの体を眺めた。
転がるのをやめた彼の体には、うっすらとコケが生え始めている。俺も、体のあちこちにコケがこびりついている。そのおかげで周りと違和感なくなじみ、ここに初めから在ったように見えなくもない。
だけど……もう、どれぐらい音を立ててないんだろう。
「おい、ゴロゴロ。」
彼はゴソリと音を立て、長すぎる昼寝から目覚めた。
「なんだよ、カツリ?」
久々に呼ばれる名前に、ほっこりと心が温まる。でも、今の俺はそんな名前じゃない。『機具岩の、小さな出っ張り』だ。
「ずい分としんどそうだな。」
「しんどいけどさ。どうかな、もう完璧に、この岩の一部だろ?」
「岩の一部? それが、お前のなりたい『本当の自分』ってやつなのか?」
虚しい気持ちが俺のかたい体を貫いた。
俺は岩にしがみついていた手を放すと、重力に引かれるままに転がり出した。岩肌を転がる俺の体からコケがはがれおち、ちょっとした出っ張りに引っかかって飛び上がった体が、着地の瞬間にコーンと甲高い音を立てた。
「そうこなくっちゃ!」
ゴロゴロがすぐに追いかけてくる。
ゴロゴロと重ねる自分の音が楽しくてしょうがない。
コココ、コツ、コココ、コツ!
俺の高音に、ゴロゴロが低音で合わせてくる。
ゴツ、ゴゴン、ゴツ、ゴゴゴ!
静寂と潮騒の音を愛する大岩が、俺たちの音楽に眉をひそめたが、知ったこっちゃない!
俺たちは雄叫びをあげながら飛び上がり、彼女の足元に広がる海へと飛び込んだ。




