3 - 錬金術師と医者
僕達はまだ彼等と戦った草原にいた。
と、言ってもまったく同じ位置に居るわけではない。僕達はある場所を目指して進んでいる。そのある場所とは先輩曰く"ギルド"と呼ばれているそうだ。
「結構歩いたけど、ギルドのあるコロニーまであとどのくらいあるのかな?」
「そうですねえ、現在位置はちょうどあの研究所からコロニーの中間地点といった所でしょうか」
「つまり、半分…今まで歩いていた距離分はあるということだね」
「はい。辛いですか?」
「いや、大丈夫。ただ気になっただけだよ」
なら良いのですが、と先輩は少し考える素振りをした。
やはり医者という職業なだけあって気になるのだろうか
「本当はギルドに着いてからあちらにある資料を元に説明しようと思っていたのですが、折角ですから今しますか」
「何のかな?」
「少し前に"これから長い付き合いになる"と言ったでしょう。…ついでに聞いておきます。それに対して君はどう解釈しましたか?」
「パートナー、だと思ってるけど…」
改めて聞かれると羞恥心が湧いてきた。
そしてなにより自信が無くなってきた。これで違うなんて言われたりしたら…いや、ネガティブに考えるのはよそう。
「そうです。パートナーだからこそ、私の医者という職業がどのようなモノなのかを君に知ってもらいます。そして、私達の目的も」
良かった。とりあえず恥ずかしい思いはしないでよさそうだ。
それに何より気になる単語があった。
「目的って?」
「まあ、それについては後に説明しますよ。君なら大丈夫だと思いますけど、一度に全てを説明するつもりはないので大して長くもなりませんからそんなに真面目に構えなくても大丈夫ですよ」
そう言われて体がフっと楽になった気がした。
先輩に言われるまで気が付かなかったが、どうやら僕の体は知らず知らずの内に硬くなっていたようだ。
自分でも知らなかった癖の情報を知り、思わず驚いたという表情を顔に浮べてしまった。
「人にはよくあることですよ。戦闘中にならなければ大丈夫ですから」
「はい」
これはきっと釘を刺されているのだろう。
反感さえ抱かないのは自分がこの世界ではまだ赤子、もしくは子供なのだと自覚しているからだ。
「よろしい。…では、そうですねえ、君はこの世界では怪我をすると思いますか?」
「医者という職業があるのだから怪我をする、と思う」
「正解です。ですが、この世界での怪我は現実世界での怪我とは違います」
「違う?」
僕は首を傾げた。でも、まったく予想出来ない訳ではない。何故ならば、あの宇宙人の様な敵との戦闘時に先輩が
"元は同じである"と言っていた。
つまり、僕達が怪我をしたり、死んだら、彼等の様に粒子となってこの世界に取り組まれるのではないか、と僕は考える。
「この世界での怪我とは、…例えばそこに咲いている花を摘んでみてください」
先輩の指さした場所には白い花が咲いていた。僕の中にある情報では、名を<アズマイチゲ>と言うそうだ。
僕はその花を手折った。
「では、茎の切断面を見てください。情報の羅列が見えるでしょう」
「うん、薄らとだけど見えるよ」
断面には0と1の羅列が僅にだが見えていた。そして、その羅列は花の中を規則正しく巡っていた。
「ふふ、本当に錬金術師は高性能の万能型で羨ましい限りですね。本来ならば、それは魔術師系統の者にしか視えないのですよ」
「なら、医者は?この羅列を見せたという事は魔術師の系統だということなのかな?」
「はい、正解です。医者は魔術師の系統ですよ。魔術師はその羅列の中の情報を読み取り合成させて新たなる情報を創り出す事が出来ます。そして、医者というのは…その花の花弁を取ってみてください」
僕はそっと1枚とると、先輩が手を差し出してきたので花びらごと渡した。
「…凄い」
先輩は花びらをとった場所に花びらの根元を近付けて置くと、片手をその場所に覆う様に近付けた。
すると羅列が淡く光を放ち、蒼い粒子がその部分を覆った。暫くして光がおさまった時には、花びらは元の位置へと戻り手折られたばかりの時と変わらない姿となっていた。
「これが、医者の能力なんだ」
「はい、正解です。何かしらの力で損傷した事によって漏れた情報の粒子を理解し、元の場所へと掻き集めて保存させるのが医者の持っている能力です。つまり、分かりますか?」
「何を?」
「この世界で怪我などを負った場合、それを治せるのは医者しかいないという事です。しかも、自己再生関連の情報は何故かこの世界には存在していません」
「…大きな怪我を負ったらそこで終わるという訳だね」
「医者が側に居れば大丈夫ですけどね」
その言葉を聞いて、現金ながらも僕はほっと安心した。
先輩とは"長い付き合い"になるという事はそれだけ存在することが出来る確率が上がるからだ。
まるで先輩を便利な物として利用するような感じだが、別段、罪悪感などの嫌悪感などは感じることはない。
この事で、"僕"と言う人間は"ただの善人ではない"という情報を知る事ができた。
「ちなみに、怪我を治すだけが医者の能力ではありませんよ。情報を掻き集める、つまり情報を探し出すという感知能力も非常に優れているのもこの職業の特徴です」
「なるほど、だからあの時も僕が気づく前に敵が此方に向っていると感知し、戦闘後も敵が辺りに存在していないと分かったんだ」
「はい、正解です。でも意外ですね。錬金術師の君ならばこの位予想出来ていると思っていました」
「…嫌味なのかな?」
「まさか」
はっきりとした否定はされなかった。
僕はこの曖昧な返答は便利だと思う。
「本当、酷い人だね」
「ふふ、それはそうと早速この能力が活かせる機会が来ましたよ」
「…敵、なのかな」
僕は言われてから気付いた。目を凝らして辺りを見渡すと数km先に確かに兎の様な形をしたツギハギだらけのモノがいた。
それを先輩は背を向けながら感知したというのだから、医者の能力というのは凄いのだろう。…単に先輩自身が凄いような気もするけど
「ついでに、医者の闘い方も見ますか?」
「え?闘えるの?」
「そんなに驚かれるなんて、失礼ですねえ」
「あ!いや、ごめんなさい。意外だったんですよ。てっきり感知能力を使って戦闘とかは避けているんだとばかり…」
「まあ、否定はしません」
「しないんだ」
「ごほん、ですがこれでも闘える医者というものに憧れていたりするのですよ。浪漫を感じます」
「それはまた、意外だね」
「ふふ、よく言われます」
言いながら、先輩は肩にかけてある皮の固めのショルダーバックの中を弄った。
「これが、医者の武器で、闘いですよ」
先輩が鞄から取り出したのはそれぞれ大きさの違う三本のメスだった。
敵の数は三体、つまり一撃で消滅させるという事なのだろう。
「フッ」
メスはぶれることなく、まっすぐと敵の"側"へと飛ばされていく。
不安も心配もする事もなければ、かける事もないようにメスは敵を消滅させた。その全ては眼球から脳に届く様に刺さっていた。
「まあ、こんなものですかね」
「はー、凄いけど何かアッサリしてるね。僕の時とは全然違うや」
「錬金術師と一緒にされても困りますけどね。…それより私は少し疲れました。近くに小コロニー、つまり村が在るのですが、そこで今日は休みましょう」
「ん、わかったよ……突然疲れた様に見えるんだけど訳を聞いても良い?」
「ふふ、わざわざその様に聞かなくても大丈夫ですよ。ただ、この世界での医者という職業は極端に体力がないのですよ。能力などのスキルは割と優れているのですがねえ」
何とかして欲しいものです、と先輩は少し肩を落とした。
「なら、闘わない方が良かったんじゃ?」
「そうですね。これでも少し気分が高まっていたので調子に乗ってしまった様です」
先輩の表情は苦笑いに変わった。
その時僅かにキラッとした物が先輩の手元に在る事に気がついた。
「そのメスはもしかしてさっきのかな?」
「はい、正解です。一度粒子に分解させてから手元で再構成させました」
「へえ、そういう使い方もあるんだ」
「医者のスキルでは素早く分解からの再構成は難しいので時間が掛かってしまうのが難点ですけどね」
そう言ってメスを鞄の中に仕舞うと、先輩は新たな(と言っても本来の目的地の途中にある)目的地へと歩き始めた。
そんな先輩の後ろについて行きながら、僕は僅かに震えていた手をギュッと強く握った。この震えは別に恐怖など負の感情から来るものではない。
では何にここまで心が揺さぶられたのか、それは先輩の能力の高さに驚いたからだ。
メスを投げた時、メスは確かに敵の"側"に投げられていたが、それは敵そのものに当たるように投げられていたわけではない。なのに、敵はまるで自分からメスに当たりに行くようにメスを避けたのだ。
攻撃が来たら勿論避けるに決まっている。だけど、当たらないと分かるような攻撃はわざわざ避けたりなんかしない。だから驚いた。当たるか当たらないか分からないような攻撃、しかも遠距離の攻撃が出来ることに、何処に避けるのか細かく計算してそれを一瞬の内に実行出来る技術に驚いたのだ。
まだ、短い間しか一緒にいないがそこに僕は経験の差という距離を感じた。だけど、悔しいとか悲しいという感情は湧かなかった。
ただ、今はまだ後ろをついて行く事しか出来なくても、いつか自信を持って先輩と肩が並べるようになりたいと新たな目標が出来のだ。
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