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序章

- 西暦2XXX年 某日 6:47 -


これはどこにでも存在するありきたりな民家の風景である。


「お母さーん! 私の体操着知らない?」


明るい印象をあたえる声と共に、足取りの軽そうな音をたてて今時珍しい黒を基調とした正統派のセーラー服を身に纏った少女が母親のそばへと駆けよる。


「玄関に置いておいたわよ」

「あ、ホント? ありがとー」


返事もそこそこに少女は玄関へと歩き始めた。


「あら? ご飯はいいの?」


いつもなら健康的すぎるほど朝食をとっている娘の不自然な行動に母親は疑問を持ち問いかけた。


「今日は部活の朝練だよ。昨日ちゃんと伝えておいたでしょ?」

「……あらあら、お父さんの朝ご飯が多くなったわね」


母親は口元に指をあてて少しの間考える様に黙った後、にっこりと笑って何も無かったかの様に台所の作業へと戻った。


「……お父さん」


少女は靴紐を結び直しながらボソリと小さく呟くと共に、心の中で母の父に対する対応にただ憐れと思うのであった。

そしてキュッと靴紐の結びを固めると少女は玄関の外へと出て行った。


「いってきまーす」


それに対して母親は「いってらっしゃい」といつもの通りに返したのであった。


ちなみに父親は仕事上まだ寝ていたりする。


- 同日 6:56 -


「秋ちゃん!」


少女の家から二つ目の曲がり角、彼女は黒く絹の様に流れる長い髪を持つ少女、秋と一緒に登校する約束をしていたようだ。


「おはよう、春ちゃん」


駆け寄る春に、秋は微笑みを浮かべた。その柔らかく微笑み返す秋の姿はまさに大和撫子と呼ばれるに相応しいものである。

暖かく緩やかな雰囲気のまま、二人はゆっくりと歩き慣れた通学路を進み始めた。


通学中はいつもと変わらず、年相応にたわいのない話をしながら歩いていた二人だったが、その途中の公園を通り過ぎた時だった。散歩中であろう犬とその飼い主であろう男性を視界に捉えた春は声をあげた。


「ワンちゃんだ~」


その声は最後にハートマークが付いていてもおかしくはなく、その表情は外でするにはあまりにもだらしなく蕩けきっていた。それはたとえ親友と言えるぐらいに仲が良い友人であっても苦笑いが出てしまう程のものでる。秋も例外に漏れることはなかった。


「春ちゃんは本当に犬が好きだね」

「好きだよー、特にあの動き回る尻尾がたまらなく可愛い!!」


ココまでは何処にでもありえる風景である。

それは、誰もが予想出来ず。誰もが考えもしなかったであろう。


春達が見ていた犬はブンブンと振っていた尻尾の動きをピタリと止めてクンクンと辺りの匂いを嗅ぎ始めた。


「ん? どうしたんだ?」


飼い主である彼は当然のごとく普段見ない飼い犬の行動に疑問を持ち、覗き込むようにソレへと顔を近づけた。この時に、彼の運命は決まってしまったのであろう。


「‥…え」


それは一瞬の出来事だ。

彼は唖然とした表情のまま何の抵抗もなく身体を横に倒したのである。

想像するまでもなく、この一瞬の出来事が何なのか彼は理解出来ていないであろう。理解をしようと頭を働かせることも出来なかったはずだ。


今、この一瞬の間に起きた出来事を瞬時に、正常に、正確に、理解できる可能性を持っている人間は、きっと居ないのであろう。もし、そんな人間が居たとするならば、彼、もしくは彼女は異常者と呼ばれているはずだ。

その為、必然的にその場に居た正常者に分類される二人は理解するまでに時間が掛かった。いや、もしくは理解出来ていないのかもしれない。どんなに時間をかけようともその幼い心と精神は今を理解させることはないのかもしれない。


「あ‥…っ、ああ」


春は足に力が入らないのか、尻餅をついて意味の無い言葉とも言えない声を発することしか出来ず、秋は辛うじて立ち続けてはいるものの、その顔色は今にも倒れそうな程青く、声も発せられない程身体は硬直し、その瞳が溢れるのではないかと思う程開かれていた。

これは異常なことである。だが、この様な状況になってしまった原因はあろうことか一言で説明出来るほど簡単だ。

彼女達の目の前で人が死んだのだ。勿論死んだのは彼、犬の飼い主である。自らの飼い犬に首を噛まれ、肉をえぐられ 、死んだのだ。一瞬のことだった為に、痛みを感じる時間が短かったことが、せめて彼にとっての幸いになって欲しいと願わずにはいられない。


「……あぁ、っあきぃ」


春と言う暖かい名を持った彼女は、珍しい程に強く優しい少女だったのかもしれない。たとえ一瞬であろうとも、ただの学生である彼女には刺激が強すぎたはずであるのにも関わらず、現場の理解をするよりも親友を守らなくてはいけないと、まるでそれが本能の如くその思考を埋めていた。

今、彼女の為に何か出来るのは自分しかいないのだと。

春はガタガタと震えが止まらない足に一度強く掌を当てた。パンッと肉と肉がぶつかる音がする。


「は、春?」


その行動が功をなしたのか、秋はその音に一瞬ビクリと身体が驚きを示したが声を出せる程には緊張状態が解けていた。それでも彼女達の震えは止まらなかったが、ゆっくりと春は立ち上がったのだ。

その姿に、秋は今までに感じたことのない何かが心から溢れ出してくるのを感じた。それは喜びでもなく、ましてや悲しみ、恐怖でもなかったが、秋はそれが自然であるかの様に涙をながす。私が春を守らないといけない、そう、彼女達の友情は本物であった。この危機的異常な状況の中、それは証明されたのだ。


「秋、私が絶たっ……」


ーーああ、しかしこの世に神は居なかったのであろう。春は思いを告げる事が出来ないまま、赤い花を咲かせた。


「あぁぁあああぁぁ……」


朝日が照らす街の至る所から悲鳴が絶えずにあがった。その声は高かったり低かったりと無差別に、世界から音か消えるまで止むことはなかったと言う。


- 同日 14:30 -


場所は深海、誰も知らない、知らされていないその場所にはガラス張りのドーム状の建物が存在する。


「これから緊急会議を始める」


歳に似合った深みのある声がその空間の中に響く。普段ならば人々を安心させるであろうそのその声も現状では元々あった緊張感を更に高まらせることしか出来なかった。


この場にドア等の入り口は存在しない。その為、中央にある真ん中に穴の空いた丸型のデスクに集まっている彼らは実体を写した映像である。


「この会議は現在人間を含めた生物の凶暴化の問題についての今後の対応と、可能ならば解決案を話し合う為のものである」


映像は数にしては十人分、比較的若い男から議論は始まった。


「各国の代表が全員集まれなかったのは残念ですが、今は時間がありません。凶暴化の原因ですが単刀直入に言いましょう、原因は最近発見された"□□"から発生される"□□である可能性が高いです」

「可能性?」


司会役である、深みのある声の男が若い男に詳細の説明をする様に求めた。


「はい、研究院の方で開発途中であった最新解析機のテストで発見されたものなのですが、今回の原因である可能性が高いです。ですが、今の段階では不明な部分も多い為まだ発表には至っていなかったのですが……」


「なるほど、ならば今はそれを主な原因と考えて対策を考えていこう。事前に送られた各国からのデータからも同じ様な物か原因不明しかなかったからな。まずは君の持つ、今解っている新しい情報も含めた範囲の提示を頼む」


言われるまでもないかの様に若い男は何かを操作する様に指を動かす。


「はい、...…只今皆様の元にデータを送りました。改めて言いますこれの名前は"□□"人類始まって以来の最大な負の遺産となるものでしょう」


会議は続く、それは長いようで短い時間だった。彼らは今、決断をしなければいけない。誰もが人類生存の為の決断という重圧に手に汗を握り全てを背負う覚悟を決めた。

もう残された時間はないのだ。


- 同日 22:21 -


「くそっ、"□□"がまわるのが早過ぎる!」

「早く、早くしなければ!」


薄暗く広い空間の中で、専用の白衣を着た、いわゆるこの世界で研究者と呼ばれる者達が50人、ただ只管に指を動かしていた。

その額には汗が、眉間には常に皺を寄せ、眼は赤く充血し、それぞれが焦慮の表情を浮かべていた。


「院長! 奴等がこちらに近付いて来ます!」

「なんだと!?」


院長と呼ばれた女性は目をカッと開き叫ぶと、同時にドガッとこの空間を守る分厚い特殊金属で造られた壁が何か強い力で殴られた音が微かにだが確かに聞こえた。その音が救いではないことは、若干変形した金属を見るまでもない。


「副院長、君は一旦転送の準備にかかれ!」

「っはい!」


院長である彼女はかなり焦っていた。己の判断・能力・技術に、人類の全てがかかっているという重圧が彼女の精神は押し潰そうと襲い掛かるのだ。だが、彼女は"院長"である。"長"としての誇りと彼女の今までの全てが彼女を潰させることを許しはしない。彼女は無表情のまま作業を続ける。

その間も音は続き、扉はただ只管に己の役割を遂行させようとしていた。


そして彼女が今の作業を終え、次に移ろうと時であった。部下である一人の研究者が声をあげたのだ。それは歓喜であった。


「ラインを突破しました! 何時でも起動出来ます!」

「来たか! 副院長、転送の準備は?」

「問題ありません!」


同じ空間であるはずなのに、数分前とはまったく別の場所に感じるくらいに場の雰囲気は良い意味で高まっていた。


「では、彼らを亜空間へ! 私達の未来を終焉という形で終わらせてたまるものか!」


彼女は今まで準備していた装置の起動を命令すると、大きな動きで歩き出した。その向かう先は淡い蒼い光を放つ、ガラス張りの壁がある。彼女はそのガラスに右手を置いた。そして、目を閉じ、左手を胸の、心臓のある位置に重ねた。そのままふっと軽く息をはき、宣言する。


「誓おう! たとえ身体が滅びようともこの魂は貴方達と共にいることを! 護ることを! 導くことを! 私達は、」


その時、大きな破壊音が空間の中に響き渡った。だが、誰もが振り返ることはなかった。


『誓う!!!』


研究者達の声が一つとなる。

それは誰をも魅了するような凛とした力強さを持った一つの声だった。


- 西暦2XXX年 某日 0:00 -


世界は光をなくし闇に包まれた


だが、光があるから闇があるように 闇があるから光があるのだ


君は、僅かな光にでもなれるのだろうか



《 人類滅亡 》


この世界に生物は存在しない

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