交流試合 沖田宗次郎2
もの凄い形相にて永倉を睨む沖田の姿を見た道場生達は固唾をのむ。
沖田が本気になったらどんな事になるのだろうと、道場生達は思っていたからである。
しかしそんな沖田の姿を目にするも、土方と源三郎の
表情には笑みが浮かび上がっている。
今から起ころうとする出来事をまるで予想していたかのように、
胡座をかきつつも一瞬の動きを逃すまいと瞳だけは沖田の姿を見つめている。
勿論その中に嶋崎勇も含まれているが、
山南敬介だけは、沖田の姿に驚きを隠せないでいる。
「ほほぉ、どうしてどうして」と、思わず口にだしてしまったのが永倉新八であり、
もしかすると1番喜んでいたのは彼なのかも知れない。
そして軽くほくそ笑むと本音が口からこぼれ落ちる。
「だが、君と私とでは、場数が違うのだよ、場数が」
「はじめ!」の合図とともに動いたのが永倉だった。
彼の動きは素早く、狙った獣を逃がすまい。
そんな野獣のように襲いかかるが、沖田の体はピクリとも動かない。
その気になれば永倉の突進など、ヒラリヒラリと交わすことぐらい余裕の成せる技だろうが、
沖田から動く気配すら感じられない。
ついに永倉は、沖田との距離を詰めると、
竹刀など最初から無かったかのように、体全身を使いぶち当たる。
その体当たりを見た物なら誰しも思うだろう。
沖田は吹き飛び場外で気絶する。そのような体当たりなのである。
だから沖田の体が宙に浮いたとしても、当たり前の光景であるため
誰も驚く者は存在しなかった。
しかし、体当たりを食らわした永倉だけが不思議な感覚におちいっていた。
「軽い・・・こんなにも軽い物なのか」と、微かに首を捻っていると
空中において後方回転してみせる沖田の身体能力の高さに驚くと共に、
永倉の脳裏に、ある思いが浮かんでいた。
吹き飛んだのではなく、沖田は自ら後方へと飛んだのかも知れない。
永倉のそんな思いを知ってか知らずか、
もう少し、あと数ミリで場外という付近にて沖田の体は制止する。
そして沖田は足下白線を眺めてほくそ笑む。
ふぅ。軽く息を吐く沖田は永倉を見つめる。
「このやろう、ふざけやがって!」と声を荒げたのは永倉だった。
「神道無念流とは、こんな物ですかい?」という声が沖田から発せられたような気がしたからだ。
実際声などだしておらず、ただただ永倉にたいして冷ややかな視線を送っていただけだった。
永倉は冷静を失ったのか、それとも技そのものを忘れたのか、力勝負に打って出る。
冷静さを失った竹刀は手加減さえも忘れ去られた。
それに加え竹刀という道場剣の姿さえも失わせる。
1本の棒のような物が面目掛けて襲ってくる。
だから沖田は攻撃を躱す(かわす)事だけに勤めている。
大げさに逃げ回ることはなく、体を少し捻りを加えるだけで躱す。
こんな動きが出来るのも並々ならぬ集中力と、血がにじむ鍛錬にくわえ、
持って生まれたものなのだろう。
だからだろうか、躱すだけで満足など出来ずにいたのだろう。
だから沖田は覚悟を決めた。
力業には力で勝負。この考えこそが道場剣かも知れない。
そんな事は沖田も馬鹿では無いのだから思いついただろうが、
永倉の攻撃を沖田は歯を食いしばり受け止めると、
四方八方から驚きの声が上がる。
もちろん、まさかの沖田の行動に対してである。
ギシギシ軋む竹刀が2つ。
力の勝負は互角。そう見えたのは一瞬だけで、
ガクッ。沖田の体は微かに沈んだように見えた。
自分の体を支えるためには、中腰に生らざる得ない筈だが
沖田は必死に堪えている。
素直に中腰になっていれば体力を温存する事も出来たのかも知れない。
しかし沖田は、そのような行為を恥だと思っているのだろう。
だから唸っている。だから歯を食いしばっている。
「うっぐぅぅぅぅ!」
「いい加減に、諦めろ・・・よ!」と、さらに力を込める永倉。
「うぅぅぅ・・・」食いしばる歯茎の間から沖田の悲痛の声が漏れる。
やばい・・・そう思った瞬間だった。不思議な感覚にとらわれると、
「えっ?」沖田の口から思わず飛び出した言葉に釣られるように
ふわりと、体が前方へフワリと浮き上がると、
沖田の頭頂部へ何かで叩かれたような小さな衝撃と、
鼓膜にパシッという軽やか音が届く。
「一本!」と斉藤弥九郎の声がかかるや否や、
地響き地鳴りのような雄叫びや大喝采が巻き上がる。
二人への勝負にたいして惜しみない拍手が送られてた。
永倉が力を緩めて後方へ飛び去る事により、
力の行き場を無くした沖田の体が浮き上がる。
そこへ永倉が面を打った。そうただそれだけの事だった。
沖田は肩で息をしている。そして自分の浅はかさに後悔。
「ぜぇ〜ぜぇ〜」と、息を吐き、必死に呼吸を整えようとするが、
なかなか回復の機会を見せない自分の体に嫌気がさすと、
床に向かい自分の思いの丈をぶつける。
と思われたが、歯がゆさからではなく、自分の足がどこまで動くのかを
確かめているようだった。
そして最後に沖田は飛び上がると両足で床を踏みつけた。
沖田は気づいていた・・・・・・永倉の視線が痛いほど突き刺さるのを。
しかし沖田は永倉を見ることはしなかった。
永倉がどのような表情を浮かべているかが手に取るように分かっていたからである。
開始線に向かう足がふらつく。そんな自分がおかしく思われ笑みがこぼれる。
フラフラになりながらも開始線に向かう自分の事が可哀想と思ったわけでも無く、
ただ嬉しくて愉しくて仕方なかったからである。