交流試合 沖田宗次郎1
時は安政5年(1858年)大老井伊直弼は、安政五か国条約の調印。
そして将軍継嗣問題に、
尊王攘夷派を大量に処罰した事件が起こる。
その中には、松下村塾を設立した吉田松陰などが含まれる。
この年、もしくは翌年、天然理心流・試衛館にて、
神道無念流・練兵館と交流試合を行う。
この練兵館とは、前回にて、山南敬助が試衛館を訪れた際、
近藤周助が、助けを求めに行かせようとしたのが神道無念流・練兵館と言われている。
1858年頃の練兵館にて、塾頭を勤められていたのが、
渡邊昇と言う人物であり、渡邊昇とは、
どのような人物だったのか。
天保4年(1838年)、備前国大村藩士の二男として生まれ、
藩で神道無念流を学ぶ。江戸藩邸勤めとなった父と共に上京。
その後、練兵館で塾頭を勤めていた、桂小五郎と知り合うと、
桂の勧めにより練兵館に入門。
練兵館、随一の実力者として、塾頭の桂と共に練兵館の双璧と言われた。
さて、今回、交流試合へ出場する者達は、
試衛館から、先鋒の沖田宗次郎、次鋒・井上源三朗、中堅・山南敬助、
副将の土方歳三、そして、大将を、嶋崎勝太から嶋崎勇へと
改名を果たした嶋崎勇の布陣で望む。
そして練兵館から、先鋒の永倉新八、
次鋒・高杉晋作、中堅・品川弥二郎、
副将・仏生寺弥助そして、大将は渡邊昇という布陣で万全を期していた。
一応のところ練兵館と試衛館による交流試合と名を打ってはいたが、
交流試合と言うより、互いの技量を試すというか、
交流の場として場を設けており、その雰囲気を両道場生達は楽しんでいる。
交流試合とはいえ、勝負には変わりなく、3本勝負形式が取られる。
そして今回の試合を裁くのが、練兵館を創設した斉藤弥九郎である。
斉藤弥九郎の声は低く、
「先鋒前へ!」との声に、沖田と永倉の両者が立ち上がり、
試合場へ足を踏み入れる前に神前に礼。
更に、二歩程、歩を進むと互いに礼を行う。
余裕なのか、冷静な表情を浮かべる永倉新八に対し、
沖田は竹刀を面に当て、何やら呟いている。
「はじめ!」斉藤弥九郎の声がかかる。
不敵な笑みを浮かべたのが永倉新八。
永倉新八とは、天保10年(1839年)松前藩江戸定府取次役の二男として生まれる。
その後、神道無念流・撃剣館に入門を果たすと、
各地を旅しながら他剣術を学びながら、各地の神道無念流道場で剣術を学ぶと、
最後には免許皆伝を許された剣豪である。
1858年と言えば、沖田宗次郎14才。
そして長倉新八は19才、今で言うところの、
中学生と大学生の勝負だから、永倉は中段に構えたまま、
何時でもどうぞ。と、小馬鹿にしているのでは無いだろうが、
そんな表情で、何処かやる気のなさが竹刀を構えている姿から醸し出していた。
沖田はというと、余裕綽々の永倉新八に一泡吹かしてやりたい。
もしくは完膚なきまで叩き潰してやる。この思いは次の動作でも分かる。
沖田は正眼に構えている。
(天然理心流の記述では、「晴眼」として残っている)
その構えは普通の晴眼とは違う、一風変わった物だったと言われている。
右足に体重を乗せ、体は少し前屈みぎみに倒しており、
竹刀は少し下げ気味で構えている。
何故か、剣先が少し揺らいている。その動きは、山南敬介の北辰一刀流のようだった。
沖田は、永倉の面の中の覗く。その奥に有る顔を睨みつける。
だが長倉は、面の奥に少年の顔に微笑みかえすと、
剣術指南の癖が出る。つい、剣道を教える体制に構える。
面、小手、胴、どこでも、打ってきなさい。
そんな永倉の表情に、苦虫を噛潰した表情を浮かべる沖田。
「私の事を、なめてやがる!」
沖田は、更に、ぐーっ、と右足に体重を乗せると、
「あっ!」と、永倉が気づいた時には、沖田は既に、
一気に間合いを詰めていた。
その攻撃に対して、準備すらされてない体は、動く訳も無く、
思いっきり胴を打ち抜かれた。
「ぱ〜ん!」と少し遅れて音が道場内に響き渡る。
永倉は、通りすぎた少年に目を向ける。
その少年は、あろう事か、竹刀に付着した
汚い物でも払い退けているつもりなのか、
床へ向け一振りする沖田の姿を目にする。
その沖田は永倉の表情を伺いながら開始線へ戻る姿からは、
「私の事を子供だと思って馬鹿にするからですよ」と、
こんな言葉が体から滲み出ているように思われた。
そして道場内は静まりかえる。まさかこんなにも早く、
1本という声が響き渡ったためだ。しかし、それも噓だったかのように、
割れんばかりの拍手と大喝采が巻き起こっていたが、
その声の大半を閉めていたのが、試衛館側であるのは言うまでも無いだろう。
練兵館側はというと、信じられないという顔をして、華奢な体をした先鋒、沖田を呆然と眺めていた。
喝采と静まり返った、道場内の温度差を打開したのが、
「永倉!おまえ、なにしとんや!」と、高杉からの罵倒が飛ぶ。
その声に対し、永倉は肩をすぼめ笑みを返すから、高杉の怒りは加速して倍加した。
「こら、永倉! 何を笑っているのだ! 試合中だぞ、本気を出さぬか!」
「高杉、もう良い。あの目を見てみろ。もう大丈夫だろう」と、
肩を掴まれた高杉は、永倉の表情に憎悪とまでは言わないが、
1本取られた悔しさからなのか、ふつふつと燃えたぎる物が見えた気がした。
その表情に気づいた仏生寺弥助が囁く。
「今更、気づいても遅せぇよ。腹を切られた時点で負けてんだろ」
沖田宗次郎は立ち位置へと戻る途中から、気づいていた。
永倉の殺気が襲いかかっている事に。
まさに戦場に相応しい場所へと変わっていった。
永倉の殺気は、容赦なく沖田を包み込んだ。
沖田は気づかされる。永倉がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかということを知らされる。
それと、どんだけの場数を踏めば、これだけの殺気が出せるものなのかと言うことをまざまざと気づかされる。
沖田は永倉の殺気に飲まれそうになる。呼吸は乱れ、鼓動が早まる。
危うく、意識そのものを、丸ごと持って行かれそうになるのを防ぐため深呼吸を繰り返す。
自分だけが修羅場を見たと思うなよ・・・。
次は、俺が見せる番だよ。この試衛館で学んだ物を見せてやるよ。
1対1の勝負だ、誰も助けてはくれない。自分を信じなくて誰が信じてくれるのだ。
そして、今見せなくてどうするよ。俺の集大成を見せてやるよ。
「俺を怒らせると怖ぇ〜ぞ・・・覚悟しやがれ!」と、沖田の目が見開いた。