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二匹の鬼は何を語る

 はじめに天然理心流の段位を紹介しておきます。

切紙に始まり、目録、中極位目録、免許皆伝、

そして最後は指南免許というわけです。


宗次郎が試衛館に入門を果してから間もなくして

宮川勝太は近藤周助に腕を認められ養子に迎えられ、

島崎勝太と改名する。


この頃の勝太の段位はというと、

目録もしくは中極位目録だったと文献に残されている。

この話は資料として残す予定もないと思いますので、

フィクションを加えていこうと思っております。


 後少しだけ、天然理心流の話をしておきます。

まず、試衛館道場の場所は江戸にありました。

道場が置かれていた場所というと、

八王子、府中、日野、上石原など、武州多摩郡に多く存在していました。

とくに農村地帯で人気があったと言われています。

それでは何故、武州多摩郡に多く存在していたかと言うと、

幕府の直轄地ちょっかつちだったため、

徳川への信仰がとても強く、もし徳川に危機が迫れば、

百姓ではあるが馳せ参じたいという

忠誠心が強かったといわれています。


今回の話を始めるにあたり日野塾について伝えておきたいと思います。

何故日野塾が作られたというと、暴漢者による放火によって日野宿場の

大半が焼け落ちたと言われています。折からの北西風により・・・。

そこで自己防衛の案があがりると、

佐藤彦五郎が天然理心流3代目宗家・近藤周助の門人となり

剣術を学び始めると、百姓たちも武芸の必要性を感じた彦五郎さんは、

自宅の庭で剣術を教わっていたが、母屋を建て直し長屋を改良し、

道場を建設したそうです。


 島崎勝太に連れられ沖田宗次郎は出稽古に訪れていた。

特に今回は、日野塾にて稽古を行えるものだから、

宗次郎は嬉しい気持ちを抑えるのに必死の様子が伺えた。

なぜなら日野宿には土方歳三が稽古している道場なのだ。

勝太も嬉しくてしかたない様子で道場内を忙しなく歩きまわっている。

そして1人道場の隅で竹刀を振るっている者に近づくと肩を叩き声をかけていた。

「よう、元気かにしてたかい」

「・・・・・・・・・」

「おいおい、久しぶりすぎて、忘れたか?」

勝太はその者の肩を掴むと前後に揺らしている。

「忘れるものか、勝ちゃん・・・・・・」

「おいおい、みなが見てる、勝ちゃんは止せよ・・・」

「わりぃ・・・」


「おい、宗次郎!」勝太は宗次郎に向かって手招きをしている。

「・・・・・・は、はい!」宗次郎の体は待っていましたと言わんばかりに、

その場に立ち上がると、飛び跳ねるように駆け出す。

というよりかは、馳せ参じました。といったほうがあっているだろう。


宗次郎は微かに笑みを浮かべ見つめている者に挨拶をする。

「土方さん、おひさしぶりです!」

「おぉ、元気そうだな」

「はい・・・土方さんも元気ですか?」

「おいおい、そんな大人ぶらなくても良いぜ」

といわれて宗次郎の頬は赤く染まっていった。


「い、いえ、そんな大人ぶるなんて・・・」

「冗談だ、冗談。それより免許皆伝だってな」

土方は宗次郎の頭を少し掴むと、次は優しく撫で回していた。

「は、はい!」

「よかったな。宗次郎」

今の宗次郎の姿を見て免許皆伝と思うものは1人もいないだろう・・・。

だが竹刀を持たせると、みな一応に納得する。


そう思っていない男が1人だけ日野塾に存在していた。

その名は、井上源三郎である。

井上は思っている。

口にこそ出して言わぬが、宗次郎に免許皆伝を与えた目的は、

天然理心流の名を江戸中に広めるために、

小さな少年を見世物のように扱っている。

井上の視線に気がついた宗次郎は井上にたいして頭を下げると、

井上も微笑を浮かべて頭を下げると、井上は

勝太のところへと近づいてくる。


「勝ちゃん、その子と立ち会わせてもらえないだろうか」

「誰かと思ったら、源さんか、いきなりどうした」

宗次郎は二人の会話を目で追いかけていた。

背が違うため、宗次郎は顔をかなり上に上げて

見上げているので、見ているこちらの方が首が凝ってくる状況である。


井上は勝太と会話をしながら、こんな事を心で思っていた。

「可哀想な少年よ、私が指導してあげよう。

大丈夫、私は大人だ。安心していなさい。

誰にもわからないよう、優しく稽古をつけてあげます」


そんな井上の考えを知ってか知らずか、

井上に、にこやかに笑いかけている宗次郎の姿。

そうか、源さんも免許皆伝だったか・・・、

うむ。と頭を抱えこみながら考え込んでいる

勝太の耳に何やら助言しているのか、

内緒の会話をしているのかまでは分からないが、

何かを告げているようすの土方の姿あり。


「牛若丸と弁慶とは、歳は上手いことをいう」

そういわれている二人共が、首をかしげながら勝太を見ていた。

「よし分かった、いいだろう」

「本当にいいのか?」井上は驚きの声に、土方が答えた。

「良いも悪いも、ここは道場なんだぜ」

「1本勝負でいいな」と勝太は言う。

「あぁ、はい!」とふたつの返事が入り混じる。

その返事を聞いた勝太は話を続ける。


「二人には、しっかりと防具を着けてもらう。

もしも怪我でもされたら困るからな」

この要望にたいして、

1人は笑いたい気持ちを抑えるためか、手の甲で鼻をこする。

もう一人は嬉しそうに返事をする。

「よろしくお願いいたします!」

だが、この元気な声は、井上の耳には届かない。


井上は自分へ問いかけているというよりは、

自らの邪念を振り払っているのか、念仏を唱えているのか、

なにやら自分へ言い聞かせているようだった・・・。


道場内の雑音は、井上の耳に入る手前で弾き飛ぶとかき消されていく。

「少し叩きつけるだけで良いのだ。それだけでいいのだ。

小さな体は自由が効かなくなるだろう。

その一瞬に集中すれば良いだけなのだ。

そう、これは勝負でもなく、立ち会いでもなく、これは遊びなのだ。

これは道場内に活気を巻き起こすための余興なのだよ。

少年、これは見世物なのだよ・・・」


井上の考え等、知る由もない宗次郎は既に防具をつけ終えていた。

むろん誰の手も借りるはなかった。

もちろん源三郎も同じように準備はしていたが、

防具の装着になれていない源三郎は苛立ちからか、

既に準備が終えて自分の事を待っている者へたいしてちいさな嫌味を吐く。

「すまんのぉ、防具には余り慣れてなくてのぉ」

「いえ、大丈夫です。ゆっくりで構いせん」

とかえされて気付かされた。


相手の事を思いやれない行動や言動、

振る舞いや行いが出来なかったことに苛立つ。

そして楽しげな表情を浮かべている宗次郎の姿に昔の自分を重ねる。

「少年なのは、わたしの方だ」源三郎は笑いを我慢していた。

無性に笑いが込み上げてくるのを柔軟体操してごまかし続ける。

そして面の紐を結び始め、

結び終えた時から、井上の表情は一変する。


「うっしゃ!」かなり野太い声色だった。

その声色を聞いた土方は含み笑いを浮かべている。

もしかすると、源三郎の喜びを読み取ったのか、

もしくは感じ取ったたのかもしれない、

同じように少年の心を忘れないものとして・・・。


準備を終えた二人は開始線に近づく。

その姿を楽しみにしていた島崎勝太が審判として待っている。

神前に礼を済ませた二人は審判に礼をする。

二人は開始線に踏んだ瞬間、お互いの表情が面の隙間から見え隠れ。

そしてお互いに礼をする。島崎勝太は深く息を吸い込むと開始の合図を告げる。

「はじめ!」その声にいち早く反応したは源三郎、

「うりゃ〜!」と中段に構えたまま駆けていくというよは突進していく。

間合いを測りながら、ここぞというタイミングで竹刀を振り下ろす。

井上は籠手に狙いを定めた。当たると思った瞬間、目の前から籠手が消えていた。

気づいたのはいいが、すでに打ち込んでいるので止まらない。

そして源三郎の左斜め方向に突如として少年の姿に、

少年の事を馬鹿にして舐めていた自分を恥じる。

宗次郎は井上の振り下ろしている籠手に狙いを定めていた。


その事を察知した井上は雄叫びを上げた。

「ぐぅわぁ!!」

ヒグマのような雄叫びを発すると、腕の振りが途中で止まった。

普通の者だったなら、腕の筋が何本か切れていることだろう。

驚きの表情を隠せない宗次郎にたいして思いっきり体当たりを食らわす。

「おりゃぁ!」

宗次郎の上半身は折り曲がると足は地面を離れ吹き飛ぶ。

宗次郎の軽やかに好物線を描きながら、5m程飛んだだろうか地面に体が打ち付けられ、

体が跳ねる。だがそれだけでは終わず何度か転がり続けた。

るとようやく止まれたのは、宗次郎の体を門弟達が受け止めたからだった。


「ふぅぅ・・・」自分の両腕が震えているのを確認する。

少し無理をしたかの・・・まだ鍛錬の必要性がある。とほくそ笑む。

ここでようやく目の前の少年が居ない事に気がつく。

「俺は何をした!」

井上の中に、ようやく道場内の空気や匂いや、ざわめきが入り込んでくる。。

そして井上の目に止まったのは、人だかりの場所をみつけると、

足を一歩踏み出す前に、肩を掴まれて止められた。


「まだ試合中だ」といわれた井上は首を左右に振る。

「止めなくて良いのか!」胸ぐらを掴む勢いの井上にたいして、

「まだ、おわってない」と首を横にふる勝太の姿に諦めると、

土方に助けを求めるが、土方までもが、首を横にふるのをみて、

むしょうに腹ただしくなり暴言を吐いた。


「あいては、まだ子供ですよ!」

「源さん、馬鹿いっちゃこまる。あれでも免許皆伝ですよ」

といわれた井上は言葉を失くした。

「・・・わかりました」

井上は蹲踞の格好で宗次郎の帰りを待つことにした。

何時帰るかわからない対戦相手を待つ。

すると道場内がざわめきだつ声を聞いた井上の口から驚きの声が上がる。

「ほぉ・・・」

「おまたせしました」

何事も無かったかのような姿で現れた宗次郎にたいして井上は喜びを感じた。

宗次郎は開始線で待っていた。

井上も開始線にて宗次郎の表情を伺う。


「いま、あなたは、僕のことを子供だと思って見てますね、

でも先程の貴方は、こんな僕に対しても、本気でしたよね、

だから、今の僕にたいしても、本気で相手をしてください」


この言葉は井上の心に突き刺さっていた。

そして懐かしく、とても懐かしく感じていた。

宗次郎の姿と昔の自分を姿が重なり合う。


そういえば昔は同じ事をいっていた。

大人の中に交わっていると手加減をしてくれる。

最初は勝てて嬉しかった。徐々に物心がついてくると、

勝たせてもらっているという気持ちになると、

手加減される事が嫌いだったあの頃の自分に打ち込んでみたくなった。


「おりゃ!」この攻撃なら、昔の自分は吹き飛んで泣いているだろう。

だがみてみろよ宗次郎の姿を・・・。宗次郎の体は板張りの上を滑っている。

キュ〜ッと、耳をつんざく音を鳴らしながらも、片膝つきながら踏みとどまる。

この姿を見た井上は我が事のように喜び抱きかかえたい感情を抑えこむ。

拍手したい気持ちを竹刀にかえて追撃を開始。

井上の中から、手加減という文字は消えていた。


「いくぞ!」力で押してくる源三郎の攻撃をなんとか耐え忍んでいると

いえる宗次郎の姿だったが、次第に力の差に押され始めていくと、

追い詰められていった。

「お前の力は、そんなものか」

「ぐぐぐぐ・・・」宗次郎は歯を食いしばる。

負けたくないという気持ちが全面に出ている事には源三郎も気づいていた。

馬鹿にして悪かったな宗次郎・・・お前は免許皆伝の資格あり。


「おりゃぁ!」仕掛ける源三郎の瞳の中に飛び込んできたものは、

宗次郎の口元が緩んでいく姿、その緩みはあろうことか、

笑みとなると、源三郎に向けられていた。

何故このような時に、そんな顔でいられるのだ。

いっきい源三郎の背筋に流れる冷えた汗に凍りつく。

そして宗次郎は源三郎の攻撃を紙一重でかわすと、

「しまった!」源三郎の胴を撃ちぬいたと思われたが、

「まだ、まだ!」

「試合中に、何考えているのですか。ふざけないで下さい」

といわれた井上の背筋を流れていた冷たい汗は生温くなりながら流れ落ちた。

宗次郎は持っている限りの力を込め、井上の竹刀に押し付け、

「もう僕の力は、ほとんど残っていません」

宗次郎の面の奥からは獣のように表情を浮かべて睨みつけてくる。

「何が、いいたい・・・」

「・・・最後に真剣勝負して下さい」

「いいだろう」

一瞬にして道場内の空気がガラリと変わるというより変貌した。

二人の気の流れが道場内を舞っているせいなのか、

空気中には、おびただしい程の静電気が発生しているようだった。

「手加減はしないが、はやく大きくなれと願う。・・・その時は真剣勝負をしようや」

宗次郎の指先がピクリと動いたと思うと、

井上は上段から宗次郎の面に狙いすまし振り下ろすが、間一髪で竹刀をかわす宗次郎の姿に、

「ちょこざいな!」その動きはまるで源三郎の竹刀は生きているように動いていた。

そんな時だった。宗次郎がとつぜん攻撃を宣言した。

「いきます!」

「ぱ〜ん!」道場内に木霊する。とても軽やかな音が響き渡るが、

井上は宗次郎の姿を見失う。

宗次郎を探す源三郎は後ろを振り返ってみると、

試合中にもかかわず、源三郎にむかって宗次郎は礼をしていた。

「1本!」

といわれ拍子抜けしていると宗次郎から声が掛かる。

「井上さん、ありがとうございました。とても勉強になりました」

「あぁ、そうだな、わたしも楽しませてもらったぞ」

「井上さん、この次も僕に稽古つけて下さい・・・」

照れ隠しなのか、宗次郎は頭をポリポリと掻いていると、

突然思いついたのか井上に訪ねていた。


「ところで、井上さん」

「ん?なんだい」

「何故、土方さんは、目録どまりなんでしょうか」

と尋ねられた源三郎は笑ってしまうが、笑いを堪えながら土方を呼び寄せる。

「歳さ〜ん!ちょっと来てくれるか」呼ばれて近づいてくる土方の表情は

「源さん。何かようかい」

「いや、用があるのは俺じゃなくて、宗次郎だ」

「えっ、ぼく・・・」宗次郎の素っ頓狂な声に源三郎は笑い転げ告げる。

「本人に聞くのが一番早い」といわれても動揺を掻く背に宗次郎の目は泳ぎまくっていた。

「宗次郎、ようってなんだ」

「いやぁ、その・・・」この返事に宗次郎は後頭部をはたかれた。

「勿体ぶらずに早く、言ってみろ」

「で、では聞きますけど」

「あぁ、なんでも聞け」と腕組をしている土方の姿。

「なんで、土方さんは目録止まりなんですか」

「・・・なんでって言われてもな・・・」

土方は悩む。何を話していいやら、考え込んでいると、

土方の側に寄ってきた勝太によって衝撃の事実が告げられる。

「こいつは、女の尻ばかり追いかけているから目録止まりなんだ」

「・・・え、そうなんですか」

「おい、宗次郎。なんだその目は」

「勝ちゃん・・・嘘はいけねぇ」

「別に嘘はいってないが・・・」

「まぁ、おれは薬の行商で忙しいからな、段位なんて気にしねぇんだよ」

「石田散薬ですよね、僕もお世話になっております」

「そうかい、世話にならないのが一番なのだかな」


「・・・・・・・・・・・・」土方以外の3人とも絶句している。

「ところで、土方さんと井上さんって、どちらが強いのですか?」

この宗次郎の質問に三人して笑い出した。

「なんで笑うのですか、僕は、二人の真剣勝負が見てみたいです」

宗次郎は目を輝かして、二人に見比べている。

すると二人とも同じ表情を浮かべていた。微かに笑みを浮かべる二人は、

互いの意思を確かめるまでもなく同じ意見気だと気づくと勢い良く立ち上がる。


「土方さん、審判は僕でいいでしょうか?」

「審判なんていらねぇ、真剣勝負だからな」

二人の緊張感が宗次郎の体の中にまで入り込んでいた。

「防具はつけないのですか?」

「真剣勝負が見たいといったのは宗次郎だろう」

「・・・・・・で、でも」

「大丈夫だ、死にはせんよ」

井上は宗次郎に優しく語りかけると、勝太が加わり話しかける。

「真剣勝負っていっても竹刀でいいよな」

竹刀を手渡された二人は、お互いの顔を見ながら開始線に近づいていく。

その姿を追いかけていた宗次郎の瞳は、大きく開くはめになる。


二人は礼もなにもなしに、つばぜり合いを開始したからだった。

一旦離れるといっても後ろに下がったわけではない。

飛んだのだ。二人は後方へ飛ぶ。

ジリジリと源三郎にちかづく土方は竹刀を上段にかまえ、

自分の間合いを保とうと少し下がる源三郎は中段に構えている。


「きぇぇ〜!」土方の気合の声は甲高い。

それと対照的に井上の気合の声は野太かった。

「うぉぉぉ!」という気合の声で道場の壁がビリビリッと揺れた。

そして間合いを詰める二人の姿に、宗次郎の体中に鳥肌が立っていた。

凄まじい気合というか殺気を感じていた・・・。


「うそだ・・・」宗次郎の瞳に映る2人の姿が変化していく。

実際には見たことがない筈の宗次郎は創りだした。

目の前に鬼を2匹誕生させていた。


「きぇぇ〜!」土方は井上の面に狙いをつけ竹刀を振り下ろした。

「おりゃぁ!」源三郎はすかさず竹刀をすくいあげると土方の攻撃を受け止めた。

「ぎしっ!ぎし、ぎしっ、ぎしっ」と竹刀同士のめり込みそうな音を立てている、

2つの竹刀は勝ち負け等気にしない。


しかし歯を食いしばる二人の鬼は、勝ち負けに強くこだわる。

宗次郎は貪欲なまでの勝利にたいする二人の鬼に慄く。


このままもし、つばぜり合いを続けたとしても、

一向に埒が明かないと感じた2匹の鬼は気持ちいいほど意見があう。

今で言うアイコンタクトを行う。

食い込みそうな位に押し当てていた竹刀が、

一瞬バネのように後方へ跳ねると、2匹の鬼は無重力の中にいるかのように後方へ飛んでみせた。

だが重力は存在していた証拠に、井上が着地すると、

「ダン!」床が抜けるような音をたてる一方で土方は着地したのかしてないか分からないスピードで

井上との間合いを一瞬で詰めていた。


「きぇぇぇ!」土方は上段に構えると面狙いで飛び込んでいく。 

一方の井上は、俊敏さでは敵わないと読んでいたのだろう。

今更間に合わない。歯を食いしばると、必死に首をひねる。

土方のの竹刀は井上の面を掠めながら肩に当たり、

手を緩めない土方の攻撃により奥へと食い込んでいく。

「うぉおお!」井上は肩に食い込んでいく痛みに耐えているのか、

雄叫びをあげ、竹刀は床へと転がる・・・。


その姿をみて固唾を呑んでいる門弟たち全員が思ったことだろう。

井上の負けだと・・・。

だが、井上が雄叫びを上げたのは、痛みに耐えているだけではなく、

筋肉の膨張によってか、気合によってか、井上の肩に食い込んでいる竹刀が外れた。

外れたのではない、飛ばされたのだ。

土方の手を離れて飛んでいく竹刀の行方を道場内全員が追っていた。

竹刀が床に着地するまえにもかかわらず、二匹の鬼から同じ事が告げられた。

「まいりました・・・」


「井上さん、俺の負けだ」

「肩を切られたから、私の負けだ」

この二匹の鬼の会話がこれ以上続くことはなかった。

それ以上語る必要性を感じなかったのか、

それとも真剣勝負を交えた2人にしか分からい物があるのかもしれない。

二人の顔にはこれ以上ないほどの清々しい表情を浮かべている

二人の顔は土方と井上の姿に戻っていた。


そして互いの勝負を見守っていた島崎勝太からも声がかかる。

「引き分け・・・と言いたい所だろうが、

お互い言い分や意見も有る事だろうから、

私はとやかく言うつもりはない。


でも感想はいわせてくれ。

良い勝負だった。このことに間違いはない。

これからも互いに剣の修行に励み、互いを尊重し合いってほしい。

ほんと今日は良い勝負を見せてもらった」

勝太は二人の間に割って入ると肩を組みながら歩いている。

三人は何やら談笑しているのだろう。とくに勝太の笑い声が道場内に一際響き渡っている。


宗次郎はというと正座をしたまま、二匹の鬼が真剣勝負を繰り広げた場所を見つめていた。

三人が宗次郎の横を通り過ぎても気づくことはなく、

気になっている勝太は、二人を先にいかせると、

宗次郎の隣にどっかりと腰を下ろした。

「お前が望んだ真剣勝負はどうだったのだ」

「僕が思っていた、真剣勝負と違っていて・・・」

「そうか・・・」

「はい・・・」と答えた宗次郎の肩を軽く叩き、

「いっしょに、強くなろうや」そう一言だけ残しながら去って行った。


宗次郎は返事することさえ忘れ、

立つことが出来ずにいる震える体をぎゅっと抱きしめた。

震えが収まるのにつれ、悔しい思いを床にぶつけていた。

何度も何度も拳骨で叩いていた。


今日は疲れただろう。今から帰るのも大変だろう。

今夜は泊まっていけば良かろう。

という佐藤彦五郎の行為に、二人は喜んで甘えることにした。


宗次郎は土方とはゆっくり話すのが目的で、

泊まったといっても過言ではなかったので話ができず少し拗ねていた。

久しぶりの勝太を交えての門弟達が楽しいわけがない。

ましてや泊まりとなれば宴会が始まるのも納得できたが、

酒なんて飲めない宗次郎にとっては、全然面白くも何ともなく、

ただ暇を持て余して、こっそり1人席をあとにして外の空気を吸いにでる。

一度縁側に腰を下ろした宗次郎だったが、板の間の冷たさが気持ちよくて

仰向けに寝転がる。

すると額に月明かりがこぼれ落ちてきた。


そして考えたくもない考えが脳裏をめぐる。

段位が上がれば強いと思っていた。

近藤周助先生からは強くなったと褒めてもらい、

勝太さんからは、太刀筋は良いと褒めてもらって

調子に載っていたのだろうか・・・。

12才にして免許皆伝なのだから、

凄い凄いと皆はいってくれるが、

あの強い土方さんでさえ、目録なのは何故なのだろう?

土方さんより弱っちい僕が免許皆伝なのは何故だろう。


本当に僕は凄いのだろうか・・・。

本当は弱いのではないだろうか・・・。


僕は凄いと強いは同じものだと思っていたが、

ほんとうは違う物なのかも知れない。

もしそうだとしたら僕は凄くなくていい。

僕は強くなりたい。強い武士になりたい・・・

あの時の土方さんのように僕はなりたい。


夜空の見つめる宗次郎の瞳には輝く星が写っている。

星には目映い輝きを放っているものと、そうでないものがある。

どちらが良いわけでもなく、どちらが悪いわけでもない。

夜風は少し興奮気味の宗次郎の頬に、

さらさらと撫でるように通り過ぎていく。


「ぶん!」宗次郎の耳に小さな音が聞こえて来た。

最初は気にしてなかったが宗次郎だったが、

次第に耳に残るようになり、

居ても立っても居られなくなった宗次郎は、

裸足のまま縁側から飛び降りると、

音の聞こえる方へ歩き出していた。


歩いて行くにしたがって音が大きくなることで、

道は間違っていないと確信していた。

そして近いと分かった瞬間には駆けていた。

「ぶん!ぶん!ぶん!」と近くで聴くと結構な音を立てていた。

ここだ。と分かっると宗次郎は塀に捕まると顔を出して覗いている。

覗かなければ良かったと少しの後悔と、

また見られるという嬉しさが交わる。

鬼の姿で木刀を振る井上源三郎の姿に宗次郎の心音は高鳴る。

一匹の鬼はまぎれもなく獲物を狙っていた。

誰もいないはずの庭に一匹、1人の気配を感じる。

鬼は木刀を上段に構えると間合いを図っている。


鬼が睨んでいる方向をみると誰かがいた・・・。

その相手めがけて豪腕に素早さが加わる剣を振り下ろした。

切った!と思った瞬間。

「どさっ!」宗次郎は地面へこっぴどく尻をぶつける。


「だれだ!」素早く自分の方へと駆けてくる足音に何も出来ないばかりか、

立ち上がることすら出来ずに居た。

そんな座ったままの宗次郎にたいして鬼は頭上から影を落とした。

「なんだ、宗次郎か」

井上の顔に安堵の表情を浮かべる。そして宗次郎に微笑みかける。

「宗次郎、もう大丈夫だ」

井上は宗次郎を抱きかかえると、軽い。こんなに軽いかったのか・・・。

と思う一方で、宗次郎は勝田との約束を思い出していた。

男は泣いてはいけない・・・。そう僕は泣いていない。

僕は泣いてない筈だ。寒くて体の震えが止まらない。ただそれだけなのだ。


井上源三郎は総次郎の顔を見てから、ふと上空を見上げる。

それにつられて宗次郎も夜空を見上げる。

「大変だ宗次郎、雨が降って来たぞ」

井上は駆け足で家の中へ入ろうとする。井上に抱かれている宗次郎の瞳に写ったのは、

グニャリと歪んだ月の形が目にはいる。

「こんな大雨ひさしぶりだ、私の部屋で休憩だ」

井上は、勢い良く引き戸を開けて中へ上がりこむと、

宗次郎を畳の上へ座らせると、

「早く吹いたほうがいいぞ、風邪をひくからな」

井上は総次郎の顔を見ることなく手ぬぐいを渡した。


この井上源三郎こそ、

日野宿場に火を放った放火魔を倒した男なのである。


つづく。


 こんな文献が残されています。

安政3年(1856年)宮川勝太に連れられ、

宗次郎は調布の下仙川村に出稽古に出かける。

生まれたとされている年から換算すると、わずか12才である。

大抵、免許皆伝になるまで十年を有すると言われている所を、

3年で習得しているのだから本当に天才剣士だったのだろう。


そして何故、土方歳三は目録止まりだったのか、

少し土方歳三に付いて、書こうと思う。

まず、土方歳三の生家は石田散薬いしださんやくの製造と販売を

行っていた。薬の効能は、接骨、打ち身、ねんざ、筋肉痛や切り傷と

万能薬だったと言われている。

その石田散薬の服用方法が一風変わっており、

普通、薬というものは水で飲むものなのだが、

石田散薬は水ではなく熱燗の日本酒で服用する。

しかも、それが、よく効いたというから不思議な話です。


その石田散薬を各地の道場へ売り捌きながら剣術を教わり、

腕試しのため、全国各地で道場破りも行い、

時には袋だたきにあったりしたらし。

その時に服用していたのが、

自ら売り歩いている石田散薬で直したと言われている。

その効果を自ら肌で感じ試衛館の常備薬とされたとか、

されていなかったとか・・・。


ではなぜ、近藤周助は目録までしか与えなかったのか、

私の考えで申し訳ないが、

土方歳三は根っからの天然理心流ではなく、

我流だったからではないかと思う。

全国各地を訪れては、いろんな道場を見ている内に、

しぜんと天然理心流に弱点が見えてくるはずである。

そうな風に考えた時、天然理心流にはこだわらず、

いいとこ取りの剣術を取得しようとしたのではないだろうか・・・。


私の創りだした物語のなかの土方歳三だと、こんな感じなのだろう。

「免許?免許皆伝が強ぇのか?負けねぇのか?

もし目録が免許皆伝を倒したら格好良くないかい」

そして笑うのだろう・・・ニヤリと。

これが私の土方歳三である。


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