強くなりたい
川から少し離れた斜面に腰を下ろす少年の姿がある。
少年は川辺で遊ぶ少年たちの姿を羨ましそうに眺めていた。
少年達は川で泳いだり石を投げたり、水掛け合ったりして遊んでいる。
その輪の中に入ろうとしない少年は草の上に仰向けで寝そべると
空を優雅に流れる雲の姿を眺めていた。
「お〜〜い!」
その声に横になっていた少年は反応する。
だが反応したのは首から上だけで、顔を軽く動かしながら確認をしている。
「仲間にいれてやろうか!」と誘う者の姿に、お尻をペンペンと叩く者の姿を
見ていると馬鹿らしくなった少年は雲へと視線を戻す。
「くそっ、馬鹿にしやがって!みな行くぞ」
少年たちは、寝そべる少年めがけて駆けていく。
「おめぇ、俺たちを誰だか知っているのか!」
「・・・、誰だ?お前たちは」
「てめぇ、いい度胸してんなぁ」少年たちの中でも
一際と体格の良い少年へ近づくと隣へ腰をおろして語りかける。
「怖くねぇのか?仲間にしてやってもいいぜ」
相手の表情を伺うが何もなかったように雲に視線を移し、
「仲間に入るかではなく、してやってもいいぜ・・・か」
と言っている少年は相手の顔を見ることなく寝たままの姿で答える。
「そうだ、お前の意思はきいてねぇ。入れるか入れないかは、
俺が決める。ただそれだけの事だ」
「そうか、それなら止めておくさ」
「だから言っただろ、お前は。すでに仲間になっているんだよ。
そう俺が決めたら、勝手に辞められないのさ}
「そうかい、お前は弱いのだな」
「・・・・・・あぁん!てめぇ、なめてんのか!」
「なめてはいない。俺は強いものにしか興味がない。
だからお前らに興味がない・・・」
「ヒョロヒョロ野郎が、粋がるなよ!」
「ヒョロヒョロだと・・・」
「ヒョロヒョロにヒョロヒョロといって何が悪い!」
この時初めて悔しさ滲ませ、少年は拳を握り込む。
「やっとその気になったか!待ちくたびれたぞ」
そう啖呵を切った少年が立ち上がると、すぐさま周りに10名程が寄り添う。
「ふん、多勢に無勢か・・・・・・」
寝ていた少年は立ち上がりながら、着物に付着した草を払い落としながら言う。
「悪いがお前たちと、遊んでいる暇はないのだ」と立ち去ろうとするが、
「おい!ただで帰れると思っているのか」と先ほど啖呵を切った少年の合図により、
少年はあっという間に取り囲まれ退路を失っていた。
「おい、おい、なんの真似だ?」
「いっただろ、ただで帰さないと!お前らやれ!」
少年にたいして殴りかかる者あり、しかし少年に軽く避ける。
勢いを止められず仲間にぶつかる。
「てめぇ、痛ぇだろ、仲間だろうが」
二人は仲間同士で小競り合いを始めた。
少年の前には小競り合いの2人のみだから安心していたのか、
他の者たちの存在を忘れていたのだろうか、
自分の思いもしない方向からの攻撃に憤りを覚えた。
「・・・後ろから攻撃するとは卑怯だぞ、お前らそれでも武士か!」
少年は背中を強打されたため、草の上にと倒れこむ。
「喧嘩に卑怯もへったくれも、ねぇだろう」
「それでも、それでも武士といえるのか!」
「武士、武士、武士、武士って、さっきから、
うるせぇんだよ。俺らは武士じゃねぇよ!悪いかよ」
草の上にうずくまる少年にたいして、馬乗りになり上から殴りつける。
「ほら謝れよ、謝れば許してやるぞ!」
「・・・・・・・・・・・・」
少年は一方的に殴られながらも口を一文字に結び、
一言も発することなく、ただ睨みつけていた。
馬乗りになっている者だけを睨みつけていた。
「てっめぇ・・・ふざけやがって!」
いつまでも負けを認めない少年に恐ろしくなり、
怖さも相まって自分を見失う。
そしてボロ雑巾の様になった少年の姿に、
「正やん!止めよう。これ以上やると、死んでじゃいますぜ」
と仲間から羽交い締めにされるが、
「あぁ、終わりにするとも・・・これで終わりにするとも!」
仲間に合図すると、ホッとして羽交い絞めを解く。
しかし正やんの右手は後方へ下がっていくと腰を支点に捻りを加えていた。
「正やん、何してんだよ・・・」
「心配するな、これで最後だよ・・・」
「ドスン!」辺りに、にぶい音が響き渡る。
と仲間が目にしたものは、腰から砕け落ちる正やんの姿に驚きを隠せない。
崩れ落ちる正やんを支えると、ボロボロの少年から引き離すと、
そっと草の上へと転がされる正やんの姿に固唾を呑む。
ボロ雑巾のようになった少年を抱きかかえると、
「謝れば済んだだろ?何故謝らなかった」
「なぜ僕が、謝らなければならないのですか?」
「何故って、おまえ・・・」
「僕は逃げない。絶対に逃げません」
「そうかい、お前を助ける義理はねぇが、今回は特別だぜ」
「えっ・・・」草の上へ降ろされる少年は何も言えず、
その者を見上げると、背中にカゴのような者を背負っているのが目に入った。
「お前は誰だよ、お前はあいつのの仲間かよ!」
「名乗るものでもねぇよ、そして仲間でもねぇよ」
「ふざけやがって、俺達の喧嘩に、勝手に入ってくるなよ・・・」
「喧嘩?これが喧嘩か・・・」
「そうだよ、これが喧嘩じゃなくて、何だ」
「そうか喧嘩を知らねぇのか、喧嘩が知りてぇなら教えてやるよ」
「・・・・・・・・・」
「どうしたよ、お前ら9人だろ、俺は1だぜ」
「・・・俺らは負ける戦いはしない・・・」
「負ける戦いはしねぇ?てめぇら、ふざけやがって、やっぱり許されねぇよ、
俺がまとめて相手してやるから掛かってこい!」
「お願いだ、もう止めてくれ、助けてくれよ、
俺らじゃ相手にならねぇよ・・・、そうだ、あんた金が欲しくはないかい?
欲しいだろ、そうだ金が目当てなんだろ?これで勘弁してもらえないか・・・」
金を手渡そうとするものに手で制する。
「金などいらぬは!おめぇら、ここへ並びやがれ!」というと、
反抗するものが現れると思われたが、言う通りに整列する姿に、
怒る気も失せてくるのを感じたが、
仏頂面を見せる者の姿のお陰で調子を取り戻す。
「いいか、お前らは喧嘩をしたのではなく、
ただ、いじめただけだ!弱い者いじめだ。次にこのような所を見つけたら、
弱この程度では済まされねぇから覚えておけ!」と全員の頬を張りおえると、
気絶させている少年の場所へと近づいていくが、
体が小刻みに揺れている姿の少年は許しを請うた
「ひっ、ゆるしてください」
「良いか、もう二度と弱いものいじめはするなよ」
「は、はい、もう二度と致しません!」
「それから、良いか、仲間は解消させろ」
「そ、そんな!何故なのですか」
「なぜかって、仲間でもなんでもねぇからだよ」
「いえ、俺らは仲間です!」
「いや、ちがうな、仲間ってものは、同じ目的や目標に向かって進んでいく
者たちの事をいうものであって、お前らは仲間とはいわない・・・」
「・・・・・・俺らは仲間ではない?」
「そうだ、お前は仲間と思っているだろうが、他の者たちは違うぞ、
お前が怖いのだ。お前のことを恐れているのだ。
お前に恐怖を感じているのだ、だからお前に服従している。
本当の仲間が欲しかったら力に頼るな、他人を重んじる心を持て」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉を失っている者から離れ、次はボロ雑巾のようになっている少年の元へと、
近づくと同じ目線になるよう体を屈め、手を差し伸べている。
「体は無事か、その体に聞くのは酷だな、どうだ、歩けそうか?」
「大丈夫です・・・歩けます」
「いや、こんな時は、甘えてもいいのだ」
「ほんと、大丈夫ですから」と手を握ろうとしない少年に向かい、
「子供は、子供らしくしていろ」
と厳しいような口調で告げていたが、
少年を見る目は優しく、口元は微笑を浮かべている。
その姿に大人ぶるのを止めた。
「・・・・・・は、はい」
立たせてもらうまでは、良かったが、自分の足で立ってみると、
足がガクガクと揺れていた。
怖さからなのか疲れからなのかは判別しにくいが、
有無を言わさず抱きかかえられていた少年は驚きを隠せない。
「や、止めて下さい、恥ずかしいです」
「少年は、少年らしくしていろ」
「すいません申し遅れました、沖田宗次郎です」
「宗次郎か、俺は土方だ、土方歳三だ」
「土方さん、助けていただいて・・・」
「どうした、まだ、はずかしいか?」
「いえ、色々と、ありがとうございます」
「なに、たいしたことじゃねぇよ」
宗次郎は土方に抱きかかえられたまま家路へと向かう道中、
遠慮がちに断ってみると、
「痛い時は痛い、歩けないときは歩けない、と素直になれ」
そういわれた宗次郎は何も返す言葉がみつからず、
家路へと向かう。
「土方さん、強いとは、何ですか」
「さぁ、俺にも分かんねぇ・・・」
「・・・そうですか」
「お前と一緒だよ、宗次郎。俺も答えを探している」
「土方さんは、強いです」
「では、俺が思っている強いさと、宗次郎が思っている強さは、
違うものかもしれないな」
「ちがうのでしょうか・・・」
「俺にも分かんねぇから、とりあえず剣術を学んでいる」
「剣術ですか・・・僕にも出来ますか?」
「それは俺に聞いても分かんねぇよ、出来るか出来ないかは、
自分で決めるものさ」
「僕は土方さんのように強くなりたい」
「そうか、そう言われて嬉しいと言えば嬉しいが、取り敢えず俺を目標にしておけ」
「・・・何故です?」
「俺も、強さを探している身なのでな・・・」
「土方さんの、剣術道場は何処ですか?」
「天然理心流、試衛館。近藤周助先生の元で、
剣の修行に励めば立派な剣士になれるぞ」
「そこで修行をすれば、土方さんのように強くなれるのだね」
「宗次郎なら間違えなく、俺なんか超えていけるさ、
その後に、本当の強さって物を見つければ良い」
といわれてはいるが、宗次郎の耳には入ることはなく、
ただ胸が高鳴るのを感じていた。
そして、遂に待ちに待ちこがれた
天然理心流・試衛館へ旅立つ日が近づいていた。
この時、若干9才と言われている。