8 それが君のいいところ
「美咲様って、結構神経図太い方ですよね」
せっかくだからと窓を開け移り変わっていく異世界の街中の景色を見てたら、嫌みったらしい声をかけられた。
窓から視線をそこに移すと、茶色い短髪に太い眉の精悍な顔立ちの青年が、私の席と対面する席に座っている。
身につけているものからわかるように、彼は騎士だ。
年は私より上の25歳。名前はキースというらしい。
「……こんな事ポンッと投げられれば、誰だって神経図太くもなるっうの」
はっきり言って私の声は低く冷めた感じで、相手に対する印象は最悪だって思う。
けど、それもしょうがない。
だってさ、異世界召喚されてまだ数時間しかたってないのに、「元女神を自分の世界に還して下さい」って、あの王子どもに追い出されたのよ!?
着の身着のままこの世界に来たから、何も持ってないのに!!
あいつら、ほんと人任せすぎるわ。
しかも渋る私を無理やり準備していた馬車に押し込めやがって。
幸い着替え等は準備されていたし、一人じゃなく逃走用の見張り兼護衛の騎士も5人もいる。
なんでもエンベラにいるその元女神様があまりにも可愛いらしく、王子達は言う事をなんでも聞いてしまうそう。
そのため、自分のところの妃達からは冷たい目で見られるし、溺愛中のエンベラの王子にも目をつけられるし、自分達の懐事情も寒くなるで大変らしい。
はっきり言って、知るかっうの。
だって、考えてもみてよ。誘惑にのらなきゃいいだけの話でしょ?
しかも今回は、エンベラの家臣達も絡んでいるらしく、結構大ごとになりそうなんだよね。
その元女神様は金使いまくり、我儘言いまくりの為、エンベラ城の空気は過去最悪。
王子は王子で何も咎めないし、むしろ『可憐の好きにさせろ。さもなくばクビだ』とお前頭大丈夫か?的な発言をしているそう。
はっきり言ってそんな奴迷惑だ。
その王子とやらのせいで、私まで火の子被っちゃったし。
「そうじゃなくて、王子達から金をむしり取って来たことです。なんて恐れ多い事を」
「お前、言い方変えろよ……むしり取っていくなんてさ」
「しかも、もっと寄こせって言って最初の金額の倍以上請求するし。あのお金、庶民が三ヶ月は過ごせる額ですよ」
「こっちの物価分からなかったから多ければいいかなって思ったのよ。それに悪いけど、必要最低限のものは貰うわ。だって私、無一文だし」
馬車に詰め込まれた時、私は王子達にお金の要求をした。
無一文でこの国に召喚されたため、私は手持ちのお金がゼロ。
食事をするのも、宿に泊まるのも全てにお金がかかる。
騎士達が別口で旅費を預かっているとは言え、こいつらに逃げられたら私は路頭に迷ってしまう。
それにどうせこいつらの事だから、エンベラについたら、即座にあっちで手引きしているやつに引き渡して帰りそうだしさ。
何が起こるかわからないから、もしもの時のためを考えて多めに貰って置いた。
もちろん、魔王達が迎えに来てくれたら借りて使った分は後で返すよ?
魔界とこっちの世界って、共通の貨幣だから使う分には問題はない。
もちろん、物価と貨幣価値は違うけど。
「そりゃあ、そうですよね。すみませんでした。なんてがめつくて厚かましい奴なんて思って」
「おい」
「しかし美咲様は適応力があるというか、肝が据わっているというかなんというか」
「あ~。最初の魔界への召喚もそうだし、実家のことも結構あったかも。でも、人間誰しも人生波乱万丈じゃない?だから、この件はしょうがないって開き直ることにしたのよ」
「すごいですね、そう前向きにとらえられるなんて」
「前向きじゃないって」
私も全部を受け切れない。
なんで私だけがこんな目に遭わなきゃいけないのって思う時もあるし、今みたいにめんどくさいって思う時もある。
もちろん、目を背けて逃げたくなる時も。
だからすごくないし、前向きな人間じゃないんだけど……
「でも、少なくても俺より前向きですよ。今わかった気がします。そういう芯の通った美咲様だからこそ、顔じゃなく中見で魔王様に選ばれたんだなって。だって俺ならこんなめんどうなこと、邪魔する奴を叩き切って金だけ持って即座に逃走しますから」
「……お前」
そういう本心は大人なら黙ってろ。
今からそれをやらなきゃいけない人間の前で言うな。
引き攣る私とは裏腹に、白い歯を見せながら笑うキースの笑顔がやけに黒く感じた。