番外編 些細な幸せ
拍手より転載です。
灼熱の太陽が燦々と照りつける地面。
そして外気により蒸し暑く肌に纏まりつく空気。
季節はもう西瓜が美味しい季節だ。
夏バテではないけれども、こういう熱い時だからこそ食べるべきモノがある。
それは流しそうめん。
一般家庭ではあまりしないが、地域の行事等でやっている場所もあるだろう。
私も一度だけ子供の時に子供会でやった。
ただただ竹を切って割ったやつにそうめんを水で流しているだけなのに、何故かいつもよりも美味しく感じてしまうから不思議だ。
外人がテンション上げて喜んでくれそうと常々思っていたが、どうやらそれは魔族も一緒らしい――
「おおっ! 流れて来おった! 見よ、美咲っ! そうめんが流れてくるぞ!」
「わかっているって、流しそうめんだからね」
隣ではもうすでに何千年と時を生きてきた魔王が、流しそうめんでおおはしゃぎ。
ラムセはそんな魔王を見ながら、「さすが魔王様です。箸の持ち方も美しい」と褒めている。
そんなラムセは箸を上手く使えず、今回はフォーク。
むしろ、それで流しそうめん掬う方が難しくないか?
そしてその傍では、グレイルが人間界で購入したカメラ片手に「異国の文化!」と大感動。
早くめんつゆの入った竹の入れ物と箸を持て。もう流れているぞ!
更にその隣で妖艶姉さんことシリウスと、その親衛隊であるキース達の姿が。
キース達が日傘をさしたり団扇で扇いでいる。
相変わらず、シリウスにだけは紳士だ。
あと、結構頻繁に魔界に来ているけれども、騎士の仕事は大丈夫なのか?
その他にもリヴァなどの魔界の大臣達もいる。
後は人間界のライズ王子と、可憐さんの件以来農業に目覚めたフーガ王子。
フーガ王子は持参してきた果物を、料理長へと解説している。
どうやらこちらへ輸出したいらしく、宣伝中らしい。
魔界で魔王御用達がつけば、すぐに広がるから宣伝費かからない事を見越してだろうか?
さすが、兼業農家王子。
最近は城内に畑を作り、自ら生産しているらしい。
それをライズ王子がほほ笑みながら暖かい瞳で見守っている。
……ごめん、そうめん流れて来ているけどいいの?
それぞれ自由すぎる面々を見て、別にそうめん流さなくてもいいんじゃないか?
そう思ってしまった。
そうこうしている間に、こちらにそうめんが流れてきたらしい。
「美咲!」
「はいはい」
テンション上がっている魔王に名前を呼ばれたので、視線をそちらへと戻した。
「ほらそうめんじゃ!」
そう言って魔王がすくったそうめんを見せびらかしてくる。
だが、私には差しあたって珍しくもないそうめん。
夏の定番のそうめん。
「よかったね。早く食べなよ。また流れてくるから」
「そうじゃのう!」
と魔王は意気揚々とめんつゆへとそれを浸す。
だがすぐに、「ん?」という疑問の呟きを漏らした。
「なんじゃこれは……」
「どうかした?」
魔王が箸ですくったのは、一本の色つきそうめんだった。
「それもそうめん。袋に入っているやつと入ってないやつもあるけれども、これは入っているやつだったみたいだね。そう言えば子供の頃、良く妹と喧嘩したっけ……」
「何故じゃ?」
「数が限られているから。ほら、他のは白いそうめんなのに、色つきが二、三本だけでしょ? だから入っていればラッキーって幸せな気分になるじゃん」
あの頃のささやかな幸せだった。
思えば子供の頃って、なんでも小さい事で喜んだりしていたなぁ。
きっと見る物全てが新しかったのかもしれない。
「やっぱ私には入ってないか」
すくったそうめんは、いつもの白。子供の頃からそうだった。
……まぁ、でもまだ最初だしね。
「美咲」
「なに?」
私のめんつゆへと何か魔王は何かを入れたらしく、ぽちゃんという音と共に波紋を広げていく。
「美咲にやるぞ。世は美咲や皆と流しそうめんが出来て幸せじゃ。だから、色つきそうめんの幸せは美咲へ譲るのじゃ」
「……魔王」
普段はデリカシーがゼロだが、たまにこういうのがある。
その事から、なんだかんだで魔王もちゃんと私の事を考えてくれているなぁって、
しみじみ思う。
……まぁ、通常は忘れてしまっているが。