番外編 姿は変わろうと君は変わらない その6
その美女はどこからどう見ても完璧だった。いや、完璧すぎた。
デジカメで一々写りぐらいを確認をするという作業や、写メマジックなんて必要のないぐらいに――
「なんでここにいるわけ?」
そんな私の問いにも答えず、その美少女はお風呂でのぼせたかのようにぼうっと熱を帯びた眼差しでこちらを見つめている。
なぜ魔王がここに現れたのだろうか?
わざわざくじ会場に来る理由なんて私にはさっぱり検討もつかない。
――しかし、あいつは女になっても目立つな。
文句のつけようのない顔立ちに、女性らしい丸みを帯びた曲線美が美しい身体。
つばの広い帽子から覗く艶のある長い黒髪が、彼女の身に纏っている純白のワンピースに映えている。
歯や爪の形まで細部に人間が美しいと思うパーツを全てを集めまくったような彼女は、あまりの完全さに人工的に作られた生物のよう。そう思えるぐらいに全てにおいて次元を越えている美しさだ。
――それにそもそも誰の趣味だ? あの格好……
今の魔王の格好はパフスリーブのワンピース。
しかも純白。私なら汚れを気にして絶対に着ない代物だ。
ワンピースの襟元は丸襟カットで、袖と襟元には紺色で縁取られいるデザイン。
スカート丈は短すぎず長すぎずでちょうど膝が隠れるぐらいという上品さ。
それから足下は、細い足首をより細く見せるために細ストラップ付のミュールを履いている。
そんでもって太陽の下ではすぐに赤くなりそうな透き通るような白い肌は、淡い水色の麦わら帽子と白い日傘で完全防御。
まぁ、それも籠と一緒に地面へと転がっているが。
「よ、余の事をそんなに強く思うてくれておったなんて……」
もじもじと体をくねらせ、乙女のように恥じらう魔王。
その恵まれた容姿と広がる天上界の楽器みたいに透き通った声は、回りに居た男達の心を掴むには容易かった。ある者は手にしていた物を落とし、ある者は口をぽかんと開け見つめている。
皆、様々な状態で魔王に釘付けになっていた。
そして数秒後に私と魔王の関係が理解出来たのか、今度は一斉に私へと視線が刺さる。
全員一致で胡散臭そうな表情で。
「……だろうな」
これはまた面倒な事になってしまった。
一見、平凡青年と絶世の美女のでこぼこカップル。これは絶対に彼らに触れられるべき事柄だろう。
それ正解とばかりに「なぜこんなやつが?」「俺の方が」という奴らの心の声が聞こえてくる。
まぁ、それは至極当然な事だけどね。
「おい、まさか。あのすっげー美女がお前の婚約者なのか!?」
「嘘だろ。もし本当なら、俺自信持つぞ」
「弱みでも握っているんじゃねーの?」
「かもな。最低ー」
男達から口々に放り出される言葉に、私はこの場を辞退したくなった。
「普段は口べたでなかなか愛していると言うてはくれぬのに、余の居ない間にこのようにのろけておったのじゃな!!」
「ちよっと待て。あれは――」
「いや。待たぬぞ! その気持ち、余はしかと受け取った!」
魔王は回りに花を咲かせるような陽気さを纏いながらこちらに向かって走ってきた。
そしてそのまま両手を広げ飛び込むようにしてダイブしてきてしまったので、手にしていた物を全て
捨て魔王を受け止めた。腕に重量感がかかり、ふわりと甘い香りが鼻につく。
石鹸の匂いなのか、すっげー良い香りじゃん。
って!? どうした私っ!!
思考まで男になりかけてきたのか!?
「あのさ、仕事中なんだけど。リヴァに怒られるって」
首もとに抱きついている魔王に聞けば、なぜか「ふふっ」と笑っている。
しかもすっごく幸せそうな顔で。
これは聞いてないな。
「ちょっと人の話を聞け」
「余は果報者じゃ」
「いや、あのさ……」
駄目だ……もうどっか違う世界に行ってしまっているようだ。
突き刺さる多数の視線の中、私は魔王が落ち着くのを待つことにした。
ある程度満足したのか、魔王は体を離すとこちらを見てにこっと微笑む。
「んで? そもそも何しに来たわけ?」
「そうじゃった! ちょっと待っておれ」
そう言って魔王は先ほど落とした籠を拾いに戻ると、再度抱え直し足早にこちらにかけてきた。
「差し入れじゃ」
「差し入れ?」
ぱかっと籠を開ければ、水筒と何やらラッピング袋に包まれた何かがあった。
――なんだ? これ……
取り出してリボンを解けば、香ばしいバターとアーモンドの香りが漂ってくる。
どうやら中身はクッキーのようだ。
ハートや星、それから動物の形など様々な型抜きで切り抜いたらしく、いろいろな形をしている。
「クッキーと紅茶じゃ。余のお手製を堪能するが良い」
「手作りって、ただ型抜きしただけだろ?」
「おおっ。さすが余の事をわかっておるな!」
……だろうね。
魔王が料理なんて出来るわけがない。
なんせ生まれが生まれだから。
それに基本的に城の連中は魔王に過保護だから、絶対にオーブンや包丁なんて使わせない。
材料混ぜるのも小麦粉固まったりするので、恐らく料理長が。
消去法的にいけば、魔王がやるのは型抜きだけ。
「美味しそうじゃろ? 余の手作りは」
「いや、だから作ったの料理長じゃん。型抜きしただけでしょ。手作りじゃないって」
型抜きしただけで手作りなら、この世は手作りが得意な連中ばかりじゃん。
「手作りとは言わぬのか……」
つい突っ込んだら、みるみるうちに花がしぼむように魔王が項垂れていく。
すこしばかり可哀想だったけど、型抜きしただけでは手作りとは言わない――はずだった。
少なくても私の中では。
「おい、なんて非道な事を言うんだ!! 立派に手作りだろうが」
「は……?」
「そうだ! そうだ! 型抜くのどれだけ大変だと思っている」
「マジ最低だな。せっかく作ってきてくれたのに」
各方向からぶん投げられる言葉に、私は唖然とした。
――こいつらっ!!
「良いのじゃ。良いのじゃ。皆、そう美咲を攻めるでない」
魔王は少しばかり寂しそうな顔をして、あいつらへと視線を向ける。
それにやられたのか、あいつらは頬を染め魔王へと「なんて心が広い」とかめっちゃ褒めまくっている。
何、この逆ハーっぽい事。
魔王の言葉すべて肯定じゃん。
出来るなら魔王と変わりたいんですけど。
「おい! なんでこんなに彼女に冷たくするんだよ!?」
「可哀想じゃないか!」
「せっかく手作りしてくれてんのに」
「いや、だから型抜きしただけだろうが……」
水筒の紅茶もおそらく蓋をしただけだぞ。あれ。
「差し入れ後で食べるよ。仕事しないとマジでリヴァに怒られるから」
今日全て売ってしまわないとまた会場設置費とか人件費かかるから、リヴァにぐだぐだ言われるのは目に見えている。
魔王がいればこいつらはきっとくじどころではなくなるので、私は魔王に早々に城へ戻ってもらうことにした。
「おおっ、それは済まぬかった。余も気がつかず、早くこの差し入れを渡したくて……」
「いや、差し入れ事態は嬉しいから。後でみんなで食べるよ」
「そうしてくれ。しかし、このくじは人気があるのぅ。やはり一等狙いか?」
魔王が今気づきましたとばかりに辺りを見回しながら口にした。
「……それはない」
なぜなら一等は私のフィギュアだから。
自分でも言って悲しくなるが、あれはハズレだ。
「なぜじゃ? 余は一等欲しいぞ。美咲のフィギュア。枕元や執務机に飾っていつも一緒にいたい。
そうすれば寂しくないぞ」
そう言ってはにかみながら、魔王は私の服の裾を掴んだ。
お前、本当に可愛いな。
あれか? これは天然か。
もう性別女でもいいんじゃないか?
ついたまらず触れたくなってその柔らかそうな頬に手を伸ばしかけた瞬間、
辺りで「よっしゃー!!」と気合いを入れるのが怒号のように響いた。
「俺が貴方のために一等当てます!!」
「使い道ないから一番当たって欲しくなかったけど、今は全力で当てに行く」
「もしアレが当たっても誰も交換してくれねぇから大外れだと思ったが、
あれはラッキーアイテムなのかもな」
「なぁー。最初なんであんなの景品にしたんだよって思ったけど、結果よかったな」
などと、本人を目の前にしてフリーダムにしゃべっていた。
まず、一つ言いたい事がある。
外れ外れ言うな!!
張本人もわかっているっつうの!!
それから全員大人なんだから、思った事を口にする前に考えろ。
*
*
*
やっと終わったー。
栄養ドリンク片手にそれを一気飲みし、私は倒れるようにベッドへと転がった。
あー。ふかふか。
メイド達が天日干しにしてくれたのか、布団は太陽の匂いがする。
「クジ、大盛況だったのぅ」
カピバラフィギュアを胸に抱き、フリルとレースがふんだんに使用された夜着を身に纏った
魔王がゆっくりとこちらに向かってやってくる。
ゆらゆらと床に届きそうな裾を揺らし、クスクスと笑いながら。
そして魔王は私の元へ来ると、同じように横になった。
「んなもん貰って嬉しいか?」
私はごろりと体を回転させ、魔王と対面するように体の向きを変えた。
「嬉しいぞ。余もあのクジが欲しかったのじゃ。じゃが、余までやってしまえば、欲しい者にまで渡らなくなってしまうからのぅ」
「大げさな。魔王一人ぐらい増えたってどうって事ないって」
「あるぞ。余はこれが当たるまでクジを引くつもりじゃったからな」
「……」
じっと魔王の胸元にあるその物体を見るが、そこまで魅了するものではない。
むしろ、もっとクォリティあげろというぐらいにチープな安物。
「余は美咲に関するもの全て全部独り占めしたいのじゃ。無論、美咲自身も」
魔王は妖艶に微笑むと、身を軽く起こし私へと口づける。
魔王とキスするのは初めてじゃないのに、なんか落ち着かない。
「なんだか、男女入れ替わっているから妙な気分だな。早く戻りたいね」
「そうかのぅ。余は楽しいぞ」
「そうか」
「のぅ、美咲。余は腕枕して欲しい」
「腕枕ぁ?」
んなもん、したことないな。
してもらった事もないし。
ふかふかの枕派だから。
「それからのぅ。お姫様だっこして欲しいし、ぎゅっとして欲しいのじゃ」
「……思考が女子的だな。戻れないかもとか考えないわけ?」
「余は美咲と共にいれば、どんな状況でも楽しめるのじゃ。だから、もし戻れなくても余は大丈夫」
「魔王……」
ちょっとじんわりと胸に染みた。
「美咲と余が居れば、向かうところ敵なしじゃ!」
と、魔王が輝く笑顔で宣言した瞬間、「バンッ」と物凄い音を立てて寝室の扉が開き、
私は飛び起きた。
「――魔王様っ!! 敵なんて最初からいませんっ!!」
そこに居たのはラムセだった。
「は?」
なぜそこにいるんだ!?
しかも――
「お前らも!!」
ラムセの他に騎士団で名を上げているものが、数人ほどいる。
「今の魔王様は震えるウサギです。不届きな狼が狙っているかもしれませんので、
交代で寝室前で護衛を」
「ちょっと待て。私の時は誰も護衛居なかっただろ?」
「美咲様を狙うものはいらっしゃいませんから」
「そうはっきり言うな」
「さぁ、魔王様。我らが控えておりますので、安心してお休みになられて下さいませ」
「みな、ご苦労じゃ」
「ありがたきお言葉、身に余ります。我らは魔王様の手となり足となり、この身を捧げます」
何この流れ。
やっぱり魔王って女子なら最強じゃない!?
――異世界召還の神様。いらっしゃいましたら、次はこの設定でお願いします。