番外編 姿は変わろうと君はかわらない その4
――私が何をしたっ!?
そう叫びたいぐらいに突き刺さるのは視線。
しかも数十人という規模ではない。数百人規模。
その無数の目に晒されている左半分に矢の如く降り注ぐ。
だがそうは思ってもくじの開催があるため、箱だしの仕事を止めてまで気にすることではない些細な事。
そのため私はそのまま手を動かし続けた。
それはきっと魔王達といるせいで、視線に慣れてしまったという弊害のせいでもあるだろう。
それに段ボールから取り出した景品を棚に飾ったりと、事前準備も意外と大変だったりするし。
今回の特設会場は、以前ミスコンした場所。
くじの特設会場は回りに建物がなく、ただ広大な敷地が広がるばかりなので、
結構立地条件として良く結構使用頻度があるんだよね。
そこに看板や長いテーブルに白いクロスが掛けられたものが設置されているの。
テーブルが横に10台。そしてその各テーブルの前には、きちんと一列に並んで貰っている。
さっき荷物を運ぶ時に見えたのけど、ほとんど男性客。
彼らは順番争いになるのを避けるため、みんな事前に整理券を貰っているらしい。
――あの人数なら、全部完売するな。
棚の後ろに隠されている、積み上げられた無数の段ボールとくじ箱が頭の中に浮かんだ。
リヴァは売れるのを見込んでか、大量のくじを用意していた。
くじの料金を考えると、数で稼ぐというのが一番だろう。
本当は売店に設置し、ついでに売店の商品を……と目論んでいたが問い合わせが殺到し、
急遽特設会場になったみたい。
しかしなんなんだ? この不愉快な視線は?
みんな、お目当てのくじで殺気立っているからだろうか。
ぼんやりと品だしをしながらそんな事を考えていると、「あの~」と遠慮がちな声が耳に届く。
その声に聞き覚えがあるが、あいつが私に対し『遠慮』という名のつく行為をしたことがないため、
一瞬何事かっ!? とひるんだ。
ふと顔を上げればやはりキースの姿があった。
珍しく眉を下げ困惑気味。
現在テーブルを客とスタッフの境界線のように線の内側では絶賛準備作業中。
終わりのない荷物運びやくじの箱つくりなどをしている。
そのためスタッフ達は修羅場と化していた。
だから余程の用事がないかぎりこちらに来ないはずだ。
しかもあの表情……一体何があったんだ!?
「どうしたの?」
段ボールから手を離しキースに問えば、彼は最初は口ごもったがやがて何かを決心したかのように、
ゆっくりと大きく口を開いた。
もしかして告白か何かなのか?
……なんて思ったが、ありえない。
いや、もしかしてありえなくもないのか?
だがキースの口から出たのは、思ってもいない言葉だった。
「もしかして、君って美咲様の親戚か何か?」
「はぁ?」
あまりの突拍子もない台詞に、思わず声が漏れる。
「いや、なんか似ているから……」
いや、似ているも何も――あ。私、今男だったか。
ここで実は……と経緯を説明してもなんか面倒な事になりそうなので私は黙っている事にした。
だって絶対に弄られるのは目に見えているしさ~。
「美咲の従兄で美佐雄と言います」
「従兄……そうか、だから男でも売店のスタッフに成れたんだね。しかも人間で」
キースはいつもと違い、妙に真面目な表情を浮かべてそう呟いた。
なんだか纏う空気さえ張り詰めている。
私に従兄がいたら何か問題でもあるのだろうか。
実際には従兄はいないが、従妹ならいるが……
「それが何か?」
「いや。この城の売店って男は絶対に雇わないんだよ。それなのに、が雇われている。
しかも人間ときた。これってさ、かなりの嵐を生む事なんだ」
「なぜ?」
「売店ってさ、度々シリウス様達来るだろ? ほら隣接するカフェとかにも。
そうなると接点持って個人的に仲良くなるチャンス満載なんだ」
「あぁ、そういう事か」
要は抜け駆け厳禁って事ね。
でもさ、キース。
時々魔界に私のご機嫌伺いという名目で遊びに来て、私を餌にシリウスとお茶会しているよね。
あれはキース以外も人がいるからいいのか?
とツッコミどころがあるが、今は美佐雄なのでスルーしておく。
「俺は今回だけ特別に雇われているだけなんですよ。美咲が風邪を引いてしまって」
「へー。美咲様が風邪? 美咲様が風邪なんてそうとう強い菌だね。具合大丈夫なのかい?」
「……えぇ、まあ」
私とて人間だ。風邪ぐらい引くさ。
滅多に引かなく最後に引いたのは小学生の頃だけど……
「なるほど。だからこの視線か」
「気づいていたんだ。普通に仕事しているから気づかないと思ってたよ。ならいい。気を付けて」
「わざわざありがとう」
キースもいい奴なんだなぁ。
こうして忠告しに来てくれるなんて。
なんて思ったが微妙に違ったらしい。
「いや、俺も気になってたから別にいいんだ。最初、美咲様コネで入社させやがったな! って、
城に乗り込んでやろうって思ったぐらいだったから。ほら、コネ通じるなら、俺を売店のスタッフに加えて欲しいじゃん。そしたらシリウス様のプライベートな情報ゲットできるし」
さわやかな春風のような笑顔でキースはそう言った。
やはりキースはキースだ。
お前の騎士道何処へ行った?
*
*
*
なんだかんだでさくさくとくじ引きは進んでいった。
客は私を見て何かしら言いたそうだったが、くじが優先らしく気合いの入ったくじ引きを繰り広げていく。
その件は良かったと思う。変な探りを入れられなくて済むので。
ただ……――
「一等以外。一等以外……」
ぶつぶつとそんな呪文を繰り返しながら男が丸く切り抜かれた赤いボックスの中に手を入れると、
がさがさと紙のこすれあう音が耳に届く。
やや間があり、目の前の男は目を光らせ「これだ!」と声を張り上げ、高らかに手中のオレンジの紙を天へとつきあげる。
「来い。一等以外!」
そして彼は私へとその紙を差しだしてきたので、それを受け取りハサミで円を描くように切り抜く。
その紙を開けば、一番下位の末等。テッシュ。
だが彼はそれを見ても、ガッツポーズ。
「おめでとうございます。五等のテッシュです」
「良かった! 一等じゃなくて」
景品を受け取りつつ安堵するその客を見ながら、私の心はやさぐれていた。
そんなに嫌なのか!? 一等だぞっ!?
――こんな客ばっかりだ。
どうやらお目当ての子以外の景品を引いても、後でトレードするため問題ないらしい。
だが一つだけ問題がある。それが一等のカピ……じゃなく、私のフィギュア。
自分で言うのもなんだが、トレード先に困るんだろうね。
みんな一等以外を望む。
まぁ、私も貰っても困る代物だが……
「次のお客様どうぞ」
とにかく今は仕事をするしかないな。
私は次の客をテーブルの前へと促した。だが、ちょっと様子がおかしい。
そいつは、上質な衣服を身に纏っている青年。
頭にはレモン色のハチマキをつけているので、どうやらくじの景品にも入っている子――レティナの
親衛隊らしい。
キッと目を細めこちらを睨みつけていたが、大股でこちらに向かうと一文字に結んでいた口を開いた。
「――お前、誰狙いんだ」と。
それは会場にざわつきを生み広がっていった。