ハロウィン企画 仮装コンテストで頑張って。その6
長いので分けます。次でラストです。
「美咲っ!」
天をも切り裂くような魔王の声と共に椅子の倒れる音。
それから絹を裂いたような女性の悲鳴……さまざまなものが耳に入ってきた。
そんな緊迫した状況の中、私は心の中でつくづく思っていた。
なんでいつもこうなるのかと――
平穏に過ごしたいのに、どうしたものかトラブルに巻き込まれる。
これが私の体質だとでもいうのか?
そんな体質より、何度もしつこいようだが溺愛体質が欲しいんだってば。
なぜこうも私の異世界召喚って、いつもいつも思うが乙女ゲーム的がフラグ立たないんだよ。
後はよろしく~とばかりに厄介事ばかり投げ飛ばされてくるフラグ。
私が求めるのはそういうフラグじゃないんだって。
異世界召還でちやほやされたいわけ。やれ黒髪の乙女だとかさ~。
ほら、あるじゃん。世界で唯一の黒髪で、その子が巫女で世界を救うとか。
別に世界を救いたいとか大それた事をしたいわけじゃない。
ただ、少しぐらい逆ハーを分けてくれてもいいじゃんって話。
平凡で特にこれというものがない女の子。そんなテンプレを地でいっているじゃん私。
それなのになんだ、この状況。
ステージ上にて、男たちの襲撃にあおうとしている。
たとえばの話だけど、ここはさっそうと騎士が飛び出して、身を呈して敵を倒す護衛が現れるパターンのはず。
そして敵を捕縛した後、「大事な貴方様がご無事で良かった……」と騎士が心より安堵する――って感じのはずでしょ?そんなおいしい場面が。
ほら、私ってば魔界の女神補欠。
なので一応いるのよ、護衛の騎士が。
だが、あいにくとあいつまさかの休日なの!!
いつも平穏だからいいけど、なぜ今日に限っていないんだっうの。
……まぁ、ラムセ結婚式だからしょうがないけどさ。
なんでも妹の結婚式だそうで、王都からかなり離れた田舎の実家の方へ昨日から戻っている。
当初は「俺が居なかったら誰が魔王様をお守りするんだ!」と式には断固出席しないと言っていたのを、魔王が「折角の祝いの席じゃ。行ってくるがよい」という言葉と両家に対するの祝いの品々と共にラムセに渡し、それにえらく感動したラムセが「魔王様が、俺の実家のために」と涙を流し、断腸の思いで出席を決意したというかなり面倒くさい下りがあった。
結構ひしひしと思うけど、その魔王愛を少しはこっちにわけろ。
私の扱い適当すぎるんですけど?
「――……結局は私は全て自己解決ですか?」
溜息を吐くとこちらに伸びてきた男の腕を掴み、その勢いを殺すことなく生かし利用して投げ飛ばした。
そう。所謂一本背負いというやつだ。
「ぐっ」とカエルの鳴き声のような声が地面から耳に届き、私はほっと胸をなで下ろす。
中学の授業で柔道は必須だったが、それも数コマ程度。だからそれだけで投げ飛ばせるわけがない。
なぜ私がこの技を出来るかというには、私の妹が関係する。
私の妹――小春は大学生なんだけど、中学から今までずっと柔道を習ってきている。
体育の先生になりたいらしく、体育大学に在学中。
見た目は小さくて可愛いんだけど、いざ闘うと闘争本能剥き出し。
あれは私が初めてカラオケのバイトをした時だから、高校生の頃かな?
ある時ふとバイト先にてあまりに酒のトラブルが多いと愚痴を零したら妹にブチ切れられた。
「お姉ちゃんに何かあると悪いから、護身術ならおうよって言ってたよね!? 口をすっぱくして言っているけど、全然聞いてくれなかったじゃん。バイトだって帰り暗くなってるし。だからこれを良い機会に、護身術習おうよ!!」って。
もちろん即座に断ったさ。そんな数年でやって自分の技に出来るものをたかが数日で出来るわけない。
所詮、素人の付け焼き刃だからと。
だが、あいつはめげなかった。
小春のうたれ強さは、魔王とちょっと似ているかもしれない。
私のバイト先をも巻き込んで、結局習う羽目になった。
私だけじゃなく、小春に賛同したバイト先の後輩の女の子達も一緒に。
それが今でも続いている。もう四・五年ぐらいたつのかなぁ。
――その結果が、これ。習っておいて良かったと今は思う。
「わかるぞ。それ、すごく痛いのじゃ……」
私を助けようとして駆け寄って来てくれた魔王は、足を止め床で呻く男を見ながらぽつりと漏らした。
柔道などを習っていない人間は受け身がとれない。そのため衝撃を吸収できず、ダイレクトに体に響く。
魔王はそれを身をもって知っている。
なぜなら、私が一度投げ飛ばしたからだ。
一応弁解させてもらうが、後方からいきなり襲撃を受けたら誰だって反撃する。
魔王は後ろから抱きついて驚かせようとしたらしいんだけどさー。
バイト終わりの夜道でそれやったら、変質者と間違われても仕方ない。
魔王は咄嗟に魔法で衝撃を和らげたらしいけど、それでも多少は痛かったそうだが。
その後、私が謝りまくったのは言うまでも無い事実。
「おい、自分よりデカイ人間を投げ飛ばしたぞ」
「なんだよ、こいつ……声は女なのに……」
残った二人の男は私から二・三メートル離れた場所から目を大きく見開き、顔を引き攣らせている。
まるで化け物でも見るような畏怖を込めた目。
そんな奴らを見て私は、「女のに」という言葉に反応した。
些細な事でと思われがちだが、この世界は以上に私を雑に扱う。
そのため、それでも嬉しい事。
「余の妃に何をするつもりじゃ!」
「妃~?」
酔っ払った男は魔王の方を見ると、鼻で笑う。
「まるでどっかの王様みたいな発言するな、お前」
「この化け物が嫁だと。あんたの方が十分綺麗じゃねぇか」
「これ、面だ。面。あと、そこの正真正銘の魔王だから」
「はぁ?魔王様だと? んなわけあるか」
「そうだ。そのような身分の妃が、そんな格好するわけねーだろ。しかも面をつけたとしても、醸し出すオーラで隠せないはずだ」
「……無茶言うな」
酔っ払いにまで言われるのか、私は。
「なら証拠見せろよ。その面剥がせ。世にも美しきその姿拝ませろよ」
「そうだ。そうだ。なんでも風の噂では、前女神様の可憐様を凌ぐっていうじゃねぇか。
新しい女神様の神々しさと美しさに、可憐様が異世界にある自国へと帰られたぐらいだと」
「……なんだそれ」
初耳なんですけど。しかも、かなり誤解を含んでるし。
噂って怖いレベルじゃない。
「おい、その面取れよ」
「取れー取れー取れーっ」
この酔っ払いが!!
「お前ら少し酔いを冷ませ」
どうやら私が言った台詞は、男達を逆上させる燃料となったらしい。
奴らは今にも目から炎を出しそうな勢いでこっちを睨み始めてしまった。
もちろんその矛先は私。
私を左右に挟むように距離を取り残った男達がいるんだけど、二人ともやる気。
「えっ!? 二人同時っ!?」
それは無理。
男達が足を一歩進めると、ここは一旦待避とばかりに私は奴らと距離を取る。
その瞬間、右側をポリスマンがそして左側にバニーちゃんが私を守るように出現した。
「魔王っ!! シリウ……――は?」
そこまで言いかけて、私の言葉尻がだんだん弱まっていく。
目の前でつい数秒前に起こった現実に眉を顰めた。
いや、だってこれは都合良すぎでしょ。
私から見て右側にいた男が、まるで見えない何かにでも押さえつけているかのように、うつぶせになって倒れたのだ。
魔王に触れる一歩手前。
男はなんとか体を動かそうとしているけど、自由が利かないのか歯を食いしばっている。
「――無礼な! 恐れ多くも魔王様の御身に触れようとするとは愚かなり人間!」
さっそうとステージ上に飛び乗って現れたのは、騎士服に身を包んだラムセ。
おかしい。なぜこうも都合良く現れるんだ!?
こいつは魔王の危機センサーでもついているのか!?
それはよく漫画やドラマで危機一髪ヒロインを助けに来る王子的存在のよう。
片方でそんなことがあったかと思えば、今度は鈍い音と共に「いいな」「俺も蹴って下さい!!」という割れるような黄色い声が耳に届いた。
そんな「お前ら大丈夫か?」的な発言の嵐の中で推測出来るのは、シリウスが回し蹴りでも男にお見舞いしたのだろう。
……ただ一つだけ気になるのは、観客席からキースの「俺も踏んで下さい」という声が聞こえたこと。
お前、そういう趣味が。
「貴様。誰に手を上げようとしているのかわかっているのか!? これは国家間の問題だ! こいつを今すぐ牢……いや、魔獣の森へ追放せねば!!」
倒れている男の胸ぐらを掴み、むりやり立たせるとラムセは獣のような瞳でそいつに牙を向けている。
「魔獣の森は駄目だろ。人間食われるっうの」
そんな私の言葉に耳を傾けず、ラムセは男を捨て魔王へと駆け寄り跪く。
「魔王様! お体はご無事ですか? 不肖ラムセ。無礼な輩を成敗いたしました」
「おぉ、ラムセご苦労。しかし、早かったのぅ。帰国は明日の予定では?」
「えぇ。魔王様が心配で心配で早めに帰国して参りました」
魔王の言葉にラムセの顔が輝きを放つ。
それはもう見事なまでの笑顔。
あんな顔、私の前では絶対に見せないだろう。
「魔王様の警護をするのは、俺以外いませんからね。他の奴になんて任せておけません。現にこのような状況に!! 一秒足りともお側を離れた事が悔やまれます。お許し下さいませ」
ラムセは魔王に許しを請うた。
それを遠目で見ながら、私は「おい」と呟いた。
もう、突っ込みどころが満載。
まず、貴方は誰の騎士ですか?
おかしいですよね? 一応、私の護衛をしているはずなのに。
「リヴァ。てめぇ、魔王様の御身が危険に晒されたじゃねぇか!! なんだこの様は!!」
「わかってます。話は後で受けます。これ以上この場を汚されるわけには参りませんから」
リヴァはラムセの言葉を受け止めると、指をパチンとならした。
すると男達が青白い光と共に跡形もなく消えてしまう。
「――サウザ。この場を纏めなさい」
リヴァのこの言葉に戸惑ったのは、今回の司会者の外務大臣。
顔から血の気がさーっと引いて、もう真っ青。
「ちょっと待って。なんで俺? ここは責任者はお前でしょ!?」
さすがにこの醜態をさらすわけにはいかないらしい。
マイクを切って、ひそひそとリヴァに詰め寄っている。
「私はさっきの不届き者に用があります。この私のイベントを邪魔しやがって、泥を塗った報いは受けて貰わねば。国が判明次第、貴方から相手国に書簡を出して下さい」
「そこは俺の仕事だけど……この場の空気処理は俺じゃないよね?」
「この場の司会は貴方です。司会なら、この場を上手くまとめなさい」
「いや、俺じゃ無理だって」
「やりなさい。このイベントにいくらかかっていると思っているんですか」
リヴァは外務大臣に冷たい視線でそれ以上黙るように釘を刺すと、さっきの男達のように音もなく消えてしまった。
……あ~あ。ガンバレ外務大臣。