ハロウィン企画 仮装コンテストで頑張って。その5
切れないので長いです(/_;) なのでお時間がある時にでも。
本日も晴天なりとつい言いたくなるぐらいに魔界の空はすっきりとしている。
陽気な温かさに洗濯物もからりと短時間で乾いてくれるだろう。
舞台幕と舞台幕の間よりそんな天を覗き見上げながら、私は人知れず嘆息を漏らした。
その原因は、澄み渡る天に広がる世界にある。
そこには無数にたなびく横断幕の群れ。
それらは梯子でも使わない限り人の手が決して触れないぐらいの高さにて、ただそよそよと撫でる風によって揺れていた。
魔法だよね、これきっと。
じっと目を凝らしてそれらを見てもロープや糸の類いは見つからないし、それを括りつける木々もあたりには見当たらない。
上空の横断幕の左右には二つのスクリーンがあって、それらは第一会場と第二会場を繋ぐ役割を担っている。
そのスクリーンから他の会場に話しかける事も出来るし、あちらからこちらに話しかける事も可能。
要は、大きなテレビ電話みたいなものだ。
アレか。キース達が言っていた横断幕は……――
群れの一番中央。
それはピンクのグラデーションが施された生地に、美咲ラブと紫のフェルトの文字が縫い付けれれているモノ。
しかもその左右にはカピバラと愉快な仲間たちが、蔓のような植物と共に刺繍で施されていた。
そのため、美咲という文字を動物園に変えても違和感ゼロ。
そしてその横断幕の周りには、ハートのバルーンが囲むように何十個も浮かんでいる。
はっきり言って、「私のために横断幕を? しかも手作りだなんて!」と胸キュン展開なんてありえない。そ
りゃあ、そうだろう。だって動物だよ? せめて動物ならば、ウサギとかもっと可愛い奴があるじゃんかっ!!
いろんな意味で横断幕に釘付けになっている私の右肩を誰かがとんとんと軽く叩いたため振り返った。
そこにいたのは、リヴァ。「何をしているんですか?」と進行表を手にこちらを一瞥したかと思うと、ついさっき私が視線を固定させていた方へと向ける。
そして「あぁ」と呟くと、私の肩から手を離す。
「美咲様。魔王様の素晴らしい作品を目に焼き付けたいのは重々承知ですが、そろそろ時間ですのでお支度を」
「アレを素晴らしいと思えるのか、魔族は」
「えぇ。まるで一つの絵画のようではありませんか。是非あれを後世の世まで残さねばならないかと存じます」
「やめろ」
「それよりもすぐにお着替えを。一秒でも遅れれば、外で待っている観客達が暴徒と化してしまうので」
「……あぁ、たしかにね」
幕一枚を隔てて耳に届くそれは、各自が応援するエントリー者を連呼している。
その黄色い声援は、地鳴りのように会場を揺らしていた。
*
*
*
コンテストが始まると、カオス。
観客席はエントリー者の一挙一動に反応し、奇声混じりに彼女らの名前を叫ぶまくる。
ここはアイドルのコンサート会場か!? というぐらいの熱気で溢れ返っていた。
中には会えた喜びからか、はたまた衣装のせいか、失神する者まで現れる始末。
ほとんどが標準的な衣装をアレンジして着用しているため、この世界の人々がこういう衣装だと思われるとちょっと困る。
ナースとかあんなに丈短くないし、ガーターじゃないし。
それに赤ずきんちゃんも、あんな風にエロ可愛いのが絵本に描かれるわけない。
「しかし、リヴァの目論見通りね」
観客席のヒートアップがすさまじい。きっと今日だけでかなりの大金が動いているはず。
さすが魔界の人気ベスト10を全て揃えただけの事はある。
人間とは違い魔族は皆類い稀なる美貌を誇っているため、どっかそういう系のお店のように思ってしまったのは致し方ない。
だって、みんなセクシーというか艶っぽいし。
もちろん可愛い系もいるけど、ほとんどがお姉さん系だ。
いやー。良かったよ。衣装カブらなくて。
そんな美女達と同じステージ上には、テーブルと椅子を並べた特別審査員席がある。
もちろん審査委員長を務めるのは、魔王。
それから審査員として大臣クラスの官僚が二・三人ほど。
彼らはこんなに美女揃いなのに、魔界ではさしあたって珍しくない光景なのか淡々と審査をしている。
まぁ、シリウスの魔女服とか見慣れているしね。
だがこんな光景を見慣れていないのが、人間界代表者達。
このたびは急遽遊びに来たライズ王子が担当することになった。
そんなライズ王子は顔を赤らめつつ、ペンを持ち審査をしている。
まぁ、無理もないよね。こんなに綺麗どころがいっぱいなんだし。しかもこんな間際でセクシー衣装だしね。
きっと観客席の連中にやっかみ受けているだろう。
現に観客席より刺すような視線が審査員席に届いているのが伺える。
人間界代表には他にフーガ王子もいるんだけど、彼に関しては可憐さんの件で当分女性はいいのか、お茶と共にテーブル状に置かれているフルーツへと関心が移っている。
皿を持ちあげながらそれをじっくりと観察したり、味わったりしていた。
そう言えばジャニアを始め果物とか植物育てているってライズ王子言ってたっけなぁ~。
最近やっとフルで執務に復帰したとも。
そこまではいい。問題が一つだけある。
それは魔王の隣りの人――コーデだ。
なんでいるの? 珍しい衣装に興味があるらしく、猫耳としっぽをゆらゆらとさせながら、ステージを目を輝かせながら見つめている。時折拍手などしているから、たぶん楽しんでくれてはいると思うんだけど。
「美咲様。そろそろお願いします。フードはこちらに」
そうリヴァに声をかけられ、私は控室に設置してあったスクリーンから視線を外すと椅子から立ち上がりフードを外してそっとテーブルへと畳んで置いた。そして隣りの椅子に置いていた紙袋から仮面を取り出しつける。
なぜフードを被っていたかと言えば、スペシャルゲストとして出場するのを隠していたからだ。
みんな誰が出るかは知らないらしい。
どうやら私が登場。そしてみんな驚き湧き上がる歓声がリヴァの目的だそうだ。
だからスペシャルゲストが出るのは知っているが、誰かまでは広まってないんだってさ。
――さて、行くか。
ステージ脇に着くと、ちょうど本日司会の外務大臣による「サプライズゲストの登場です。皆さま、盛大な拍手を」と言っている最中だった。どうやらちょうどいいタイミングだったみたい。
どれどれ、ナマハゲのお披露目と行きますか~。
私はさっそうと階段を昇りステージへひょいっと飛び出した。
画用紙で作成してある出刃庖丁を持って。
「悪い子はいねがーっ!!」
ダンとステージへ着地すると、会場はさっきの熱気が嘘の如くしーんと静まりかえった。
あぁ、これはきっと見た事もない衣装を見たからだろう。
……なんて現実逃避をしてみた。
だが現実は違う。おそらく、ドン引き。
いや、普通にわかるって。みんな顔を引き攣らせながら、腰を引けているから。
それに、ついさっきまでいもシリウス達も見た事ない衣装のはずだしね。
「おかしいな」
誰にも漏れないぐらいに呟くと、私は天を仰ぎ、上空にある右側のスクリーン・キッズの部を行った会場にいる子供達へと目を向けた。
当初の予定ではナマハゲ襲来に泣き叫び、それに対し「これは実はナマハゲと言って……――」と説明する予定だったのだが。
泣きもせず叫びもしてない。目を大きく瞬きをしているだけ。
もしかして魔族はナマハゲが怖くないのか? せめてこっちの人間の子供が怖がってくれればいいんだが、鳴き声が聞こえてこないということは誰も怖がってないって事だし。
私はだんだんこの静寂に耐えられなくなってきた。
むしろ、いつものように人をこきおろしてくれ。そっちの方がまだリアクション出来る。こんなスベったお笑い芸人のような感覚は味わいたくない!!
そんな時、この静寂を一人の男が破った。
「え? そっち系なのか? たしかに余は露出をするなと言うたがのぅ。それでは頭から足先まで全てを隠しておるではないか」
それはのんきな魔王の声。
くるりと顔を正面から右側へと向け見ると、魔王の隣りに座っていたコーデとばっちりと視線が交わる。
目には涙をため、それが決壊寸前。
ガタガタと震え、耳としっぽは垂れ下がっていた。
やべー。可愛い。
つい頭を撫でてやりたくなり足を一歩踏み出せば、がガタガタと椅子から転げ落ちるように机の下に逃げ込んでしまわれた。
――そこから時間が動いた。
第一会場の子達及び、見に来ていた子供達が火をついたように泣きだしてしまったかと思えば、ステージに居た綺麗なお姉さん達が悲鳴を上げ始めたのだ。
ただし、シリウスは例外。
彼女は頬に手を当て、「まぁ」という声を漏らしただけ。
以外と肝が据わっているようだ。
「ふっ……ふぇ……」
魔王の足にしがみつきながら、コーデは泣くの我慢しているみたい。
声も姿も全てが可愛い。
目の保養とばかりに私がじっと見つめていたら、体も声も震わせながら左右に激しく首を振りまくっている。
なぜ魔王の足にっ!? どうせなら、私の足に!!
嫉妬に駆られ私が足を差し出せば、「みゃーっ!!」とさらに大声を出され、今度は声を上げて泣かれてしまった。
さすがにそれには胸が痛んだ。
コーデ……あんなに一緒にお茶したのに、私がわからないの?
まぁ、これで誰だかわかってくれって方が問題か。
いや、でも声……
「どうしたのじゃ? コーデ。もしかして、怖いのか? 何も怖くないぞ。美咲が怒ればこれより遥かに恐ろしいのじゃからな。そのたび余の口からは謝罪の言葉以外出ぬようになってしまう。あんな風に顔を赤くして恐ろしいぐらいの表情で、まるで獣の咆哮の如く怒声をあげるのじゃ」
ナマハゲより怖くはないっうの。
あと言っておくが、大半はお前が自ら発した事が原因だからな。
それから怒られて嬉しいのは問題だろうが。後で話合いだ。怒るという意味合いがなくなってしまうじゃないか。
それよりもコーデだ。
ごめんね、怖がらせちゃって。でも、ナマハゲは畏怖の対象になってこそなんだよ。
悪い事をすれば、ナマハゲがやってくるって思うように――
「お前ら。そこに悪い子はいねーが!!」
カッと視線を上空のスクリーンに映せば、阿鼻驚嘆の図。
抱きかかえられている子供や親にしがみ付いている子供など、とりあえずそこへ映し出されている子供という子供は全員声を上げ号泣。
そして「良い子だもん!!」の連呼。
「本当に良い子か?」
そう問えば、「ごめんなさい!今度から玩具片付ける!!」とか、「もう好き嫌いしない!」など皆、口々に泣きながら何度も繰り返している。
それに対し、親達は微笑みながら温かい眼差しで子供達を見つめていた。
ついさっきまであんなに引いていたのに。
やっぱナマハゲすごいな~。そろそろ退場するかなどと考えていたら、観客席から「何が怖いんだよ、あんなダサい奴」と言う野太い男達の非難の声が上がり始めてしまう。それに対し、「スクリーン見てみろ!!上手く纏まっているだろうが。水差すな!!」と怒鳴ってやりたいがナマハゲのため出来ない。
仮面の中で眉を顰めそいつらを観察すれば、案の定酒瓶を手にしている。
――この酔っ払いが!!
カラオケのバイトでも酔っ払いに絡まれるけど、立ち悪いったらありやしない。
「せめて加減して飲めばいいのに」と毒づけば、店長に「大人は飲みたい時もあるんだよ」と、さも大人代表とばかりに言われたのを覚えている。
そしてみんなに「次は酔っ払いの立ち悪い客は即店長に回します」と言われ店長逃走。
だから、ある程度酔っ払いの扱いは慣れている。
私はそっと溜息を吐きた。
――たぶん、あの調子だとこっち上がって来るな~。
先頭にいるキース達が一応宥めるもそいつらは止まらず、三人の男達がこっち方向へと足を進め、案の定ステージに飛び乗って来てしまう。
そしてあいつらは、予想通り私へと手を伸ばしてきた。