ハロウィン企画 仮装コンテストで頑張って。その3
自室の片隅にて。一人ぽつんと背を丸めながら、壁と自分で紙袋を隠すように中身を覗いていた。
別に人に見られてマズイという代物が入っているわけじゃない。
これは麻奈ちゃんに借りた衣装だから、なんら見られても問題はないはず。
「……まさかこう来るとは」
そんなぽつりと漏らした私の言葉を、袋の中で赤い顔の恐ろしげな表情をした面がただ静かに聞いていた。
一体あの子達は私を何処へ持って行きたいのだろうか?
頼んで置いてアレだが、これは着こなせるとかのレベルではない。
これを着用してどう動くかが問題でしょうが。
本当に親切心で用意してくれたのは理解出来ているよ。
だって麻奈ちゃんは地元の郷土史のために民俗学を専攻している上、民俗学サークルに参加しているのだから。
そんな事は百も承知。
これを私にと渡す時も、「外国人の彼氏さんとそのお友達に、日本伝統のすばらしさを伝えて来て下さいね」って、にっこりと微笑まれたし。
でも麻奈ちゃん、これ仮装じゃなくて伝統行事の方じゃん……
「これは私がやってもいいのか?あー、でも幼稚園の時に先生達がやってたっけ」
私が後輩に借りた衣装は、鬼の面とそれから藁で出来た長靴のようなものや、紙で出来た出刃包丁、
あと他には蓑など。
地元じゃなくてもテレビなどの媒介を使用して何度か見た人もいるだろう。
そう。私が借りた衣装はナマハゲ。
正確には麻奈ちゃんが持っていたのはナマハゲの衣装ではなく、ナマハゲのように見える衣装。
だからこれは正式なものではないそうだ。
しかもナマハゲは秋田だけど、他にも地方によって似たような伝統行事があるんだって。
もちろん場所によっては、アマハゲなどいろいろと違うそうだ。
私へと衣装を渡してくれている時に、そんな事を嬉々とし話している麻奈ちゃんは目が輝いていた。
自分が好きな事柄を話している人って、すごくオーラがキラキラ輝いてるよね。
ナマハゲについて熱く語る麻奈ちゃんは、恋する乙女のようで可愛いかったよ。
魔王も時々キラキラと顔を輝かせ、私の事を話してくれている時がある。
ただ、内容が。残念というかなんというか……
「美咲、そんな端で何をしておるのじゃ?」
「は?」
噂をすれば影とやら。
突如として魔王の声が聞こえて来たため、私は一瞬呆気に取られ固まってしまった。
それもそうだろう。ここは私の自室だ。
寝室の左右にそれぞれ魔王の私室、私の部屋がある。
だから右壁の扉越しにノックの音が耳に届くならまだしも、いきなり魔王の声が聞こえて来たのでは驚くのも無理はない。
「ちょっと、ノック!!なんでいつもノックするのに今回に限ってしないの!?」
私は慌てて紙袋を背に隠しながら、体を部屋の中心へと向けた。
別にやましい事は何一つしていないのだから、そう慌てて隠す必要なんてない。
だが、反射的に体が動いてしまっている。
「すまぬ。扉が開いておったから良いかなと……」
思いのほかの大声だったらしく、魔王が大きくぱちはちと数回瞬きをしている。
部屋はあっちで使用していたものが、そっくりそのまま。
カラーボックスに、丸いテーブルやベージュのカーペットなど。
私が振り向けば、魔王はちょうどその丸テーブル付近に座ろうとしている最中だった。
「以後気をつけるので許して欲しい」
「次から絶対にノックね」
「了承した。だが、美咲。一体、何を隠したのじゃ?」
「え」
魔王は首を傾げながら、私の後方へ視線がくぎ付け。
これを見られるわけにはいかない。なぜかこの時の私はそう思った。
「余に隠し事か?」
「マジでそういう詮索いいから」
言い方がキツかったかもしれない。
その言葉に魔王はしゅんと肩を落とすと、泣きそうな表情をこちらに見せる。
だがすぐにぱあっと顔を明るくさせ、両手をパチンと合わせ叩いた。
ものの数秒でこうもころころと表情を変えられるものなのだろうか。
すっげぇ、切り替え早すぎだし。
「余はわかったぞ。美咲がスペシャルゲストで出場する、ハロウィンコンテストの衣装だろう!!」
「あぁ、まぁ」
それは当たっている。
ただ着るか迷っているが。
「聞いた話によると、これが予想を上回る人気なのじゃ。出場者が多いらしいぞ」
「そんなに出るの?」
私は礼のものをクローゼットへと隠すと、お茶を飲もうとポットなどが置いてある部屋の壁際のカラーボックスの方へ歩きながら尋ねた。
「予想では十人ぐらいだったのだが、二十人以上と。子供の部はもっと多いらしいがのぅ」
「よかったじゃん。ハロウィンってこっちでは馴染みがないから受け入れられるか心配だったけど、
以外と好評で。シリウスとかも出るみたいだから、人間界からの観光客も大勢来るだろうし。
盛り上がるといいね」
「そうじゃのぅ。企画がリヴァだから問題ないと思うが、余は皆が楽しんでくれれば良いと思う」
「そうだね。最近お祭りみたいなの魔界で無かったし。あ、お茶入れるけど魔王も飲む?」
「おぉ、緑茶というものかのぅ?それとも紅茶か?」
「緑茶」
「それならば、余も飲みたいぞ」
「わかった」
茶筒から緑茶を急須へと移し、ポットからお茶を注ぐ。
緑茶独特の苦みを含んだ香りに、ほっと体の力が抜けリラックス状態へと切り替わる。
湯呑みを魔王へと渡すと、私は魔王の隣へと腰を落とし緑茶を啜った。
あー。うまい。やっぱ、日本茶よねー。
もちろんこっちのお茶も美味しいけど、昔から飲んでいる物や食べている物が馴染みがあって無性に恋しくなる。
「美咲。余は美咲の衣装が楽しみじゃが、シリウスのような衣装は辞めて欲しい」
「シリウス衣装決まったの?」
「たしか、バニーガールというものじゃ」
「ぐふっ」
バニーガールだとっ!?
魔王の発言を聞いて、緑茶を噴き出さなかった自分を褒めてあげたい。
その代わりどっか入ってはならない所へ入ってしまったらしく、激しく咳き込むように噎せってしまっているが。
ごほごほとしてると、「そんなに慌てて飲まずともよい」という微妙に違う気遣いをしながら、魔王が私の背を撫でてくれた。
「ち、ちがっ……」
「ああいう衣装を余以外には決して見せてはならぬ。余とて嫉妬するぞ」
「っうか、どう考えたって私がそっち系着るわけねぇし!!」
「そうか。それで良い。あぁいう美咲を見られるのは余だけの権利じゃ」
魔王は上機嫌で私の肩を抱きよせると、頬にキスをしてきた。
なぜここで甘い感じになるのだろうか。
私は誰の前でも着ないと断言しているのだが……
そもそも私のバニーガール姿って誰が得するわけ?
少なくても本人は特にならないし。
「当日は朝から忙しいかもしれぬが、余も時間を作る故、一緒に祭りを回ろうぞ。
美咲は学校だったかのぅ?」
「うん。水曜は比較的コマが少ないんだ。だから午前中に講義が集中しているから、午後からならばいつでも大丈夫。ただ三時からコンテストだからその前後かな?」
「……おや?おかしいのぅ。たしか美咲は、コンテスト前に売店の仕事が入っているはずじゃが」
「は?」
「すまぬ、余がリヴァより聞き違えたのかも知れぬな。いや、しかしシリウスがカフェで美咲が売店だったような……」
「またかっ!!」
あの財務大臣め、また人をこき使いやがって。
また本人に未承諾かよっ。
……しかし、あいつはどうやって私のスケジュールを把握しているのだろうか?