ハロウィン企画 仮装コンテストで頑張って。その1
ちょっと早いですけど、ハロウィン企画です。
今年はその者を~で。
もしかして亀更新になるかも…
よくハードルを上げられたという表現を使うが、私の場合は魔界だとそれが普通。
人に難題振り掛けられ嵐の中に放り出される。
なので事が起こるたび『またか』と思う。またぶん投げてよこすのかと。
実に生まれ持った運や性格というのは恐ろしきことだ。
……まぁ、それでもなんとかやってきたけどさ。
だが、このたび私にとって最大な問題に遭遇してしまった。
もちろん自ら進んでではない。いつもの如くおのずと巻き込まれた結果。
しかも今回ばかりは私も為す術がない。
敵前逃亡を考えてもみるが、あの守銭奴が許さないし婚約者の期待を背負っている以上不可能。
これはもうハードルが高すぎで跳べないと躊躇したり、足が引っかかるレベルではない。
ハードル飛んで下さいって言われて、いざ会場へ行ってみたら高飛びでしたというまさかの展開。
それぐらいに今回のミッションは高く難しい。まさに青天の霹靂。
「……なんでこうなるんだろ。考えるまでもなくお手上げなんだけど」
パーティーグッズが所狭し壁にかけられている店内にて、私は途方にくれていた。
ナースに海賊にそれから小悪魔ちゃんなど、可愛い系からセクシー系まで様々なコスプレ衣装がある。
時期的にハロウィンなためか、そういう系統が大半。
季節も早くてもう十月。あっという間にもう下半期突入だ。
十月といえば、ハロウィン。町はすっかり飾り付けが終わっている。
大学からほど近いこの雑貨屋というか、バラエティーショップというか、お店にも衣装を買いに
来た人でにぎわっていた。
おそらく、サークルなんかでパーティーやるんだろうね。
もちろんこのコーナーを見に来たからには、私もその一人。
魔界でやるハロウィンの仮装用の衣装を買いに来た。
でもはっきり言えば、どの衣装にしょうか悩む以前の問題なのよね。
もうね、はっきり言って着る服がない。
魔女やメイドにしようにも、リアルに魔界にいるし。
しかも今回はインパクトがあるものにしなければならない。
無難なものは避けなければならないのだ。
みんなをあっと驚かせる衣装で私でも着れるやつ。
それがあれば、即それに決める。
さすがにセクシーナースとかは無理。
こういうの似合う人魔界に山ほどいるから。
普通の仮装パーティーならこんなに悩まないんだけどなぁ。
無難なものに決め、さっさと購入している。
残念ながら今回は普通の仮装パーティーじゃないから、そのパターンには持っていけない。
リヴァめ。あいつ、人を巻き込みやがって!!
どうすんのよ、本当に……いや、マジで……
明るい陽気なハロウィンミュージックをバックに、私は陰気くさいため息を吐き出した。
なぜこうも私が珍しく憂鬱なのかというと、遡る事つい数日前の出来事による――
*
*
*
「汚っ。罠にはめたでしょ」
傍らで猫耳付の少年が鼻歌交じりで紅茶を注ぐ中、私はテーブル越しに優雅に座っているあの守銭奴・財務大臣のリヴァを睨んでいた。
しかもここは財務大臣執務室。つまりリヴァの領域。
私はこの部屋おろか、この周辺にはむやみやたらに近づかない。
理由は簡単。こいつの人使いの荒さが原因。
別に魔界のためならいいよ? ただ働きだろうかなんだろうが時間空いている時ならば可能な限り働く。
でもこいつの場合は、全く容赦がないのが恐ろしい。
勝手にチラシ作るし、グッズは本人の了承無しで作るしだもん。
だからリヴァからお声がかかると、嫌な予感しかしない。
でも今回はリヴァの義理の弟・コーデがほんの数分前に『美咲様、一緒にお茶しませんか?』
と細長い虎柄しっぽを揺らしながらお誘いに来てくれたの。
そんな事を言われたら、これには一つ返事しかないだろ。
即答で「是非」と。緩んだ顔で。
そんで歩くたびぴくぴくと動く猫耳を見下ろしながら一緒に来たのが、この暗黒部屋もとい、リヴァの執務室。
それに気づき即効逃げよとしたら、猫耳少年の『僕とお茶する嫌ですか……?』の攻撃。
しゅんと肩を落としながら、耳としっぽが垂れ下げて。
そんなもん目の前で見せられたら、なんだ!!その可愛いさ!!触っていいですか?となるのが人の性。
……まぁ、結局自ら中へと招かれてしまったというわけ。
「いいえ。そんな滅相もない。女神補欠様とただゆっくりとお茶をしようと思いましてね。
コーデに呼んできて貰ったのですよ。美咲様、私を見ると脱兎の如く逃げ出してしまうので」
晴れの日の昼下がりのような穏やかな空気を纏うリヴァだが、私にはこれから土砂降りの雨が
振りそうな感じがする。
こいつが何の用もないのに、私とお茶をするはずがないからね。
この守銭奴が何か企んでいることは予言者でなくても確実に当てることは容易い。
しかもわざわざコーデを使って私を呼ぶという念の入れ様。
これ絶対に私巻き込まれるフラグが立っている。
毎回思うし祈るが、違うフラグ立てて。できれば逆ハー。
「美咲様。どうぞ」
かしゃんという軽い音と共に、コーデがテーブルへとお茶をセッティングしてくれた。
白地にゴールドの淵がついたシンプルなソーサーとティーカップ。
「ありがとう。あれ? コーデの分は?」
テーブルには、私とリヴァの分だけ。
リヴァはいつも『金持ち』と書かれた専用湯呑みを使用しているためそれが置かれている。
それは私が自分の世界で買ってきたリヴァの誕生日プレゼントだ。
お札タイプのメモ帳にしようか迷ったんだけど、メモ用紙はいらない紙で十分なのでこっちにしたの。
それが予想に反しかなり気にいったみたいで、「こんな素晴らしい物は見た事ない。価値ある品だ」とベタ褒め。
どうやら言葉が気にいったみたい。見るたびににまにましてるわ。
「すみません。僕お茶苦手なんです。なんか苦くて。ちょっとジュース取ってきますので、先に始めてて下さい」
にっこりと笑うと、ぺこりとお辞儀をして出ていってしまった。
可愛いなー。
逆に苦手なものを飲んだ時の反応が見てみたい。
潤んだ瞳で、「苦いです……」って肩を落として言うんだろうなぁ~。
あー、いい。可愛い。その耳も尻尾も、今すぐもふもふしたい。撫でまわしたい!!
「では、先に初めてましょう。折角いれてくれた茶が冷めるのは酷な事ですし」
「そうだね。でも言っておくけど、私が逃げる原因はリヴァにあるんだからね。
どうせ今回も良からぬ事を考えているんでしょ? しかも人を巻き込むつもりで。
悪いけど、茶飲んだら即効帰るから」
「まぁまぁ。お菓子もありますよ。うちの妻が菓子作りが趣味でしてね。今日、美咲様と
お茶をするというので茶請けに焼いてくれているんですよ。今、食堂を借りて作っている
ので、出来あがったら持ってきてくれるでしょう」
リヴァはそう言ってお茶を飲むと、ほっと息を吐いた。
その反応は私にも理解出来る。疲れた体に染み込むんだよねー。
こいつもなんだかんだアレだけど、財務大臣として城……いや、国の事を考え仕事してくれているもんな。
こっちに召喚されて、最初国庫の書類見せられたけど目を背けたもん。
そんな中で仕事とは言え、唸りながらあれこれ策を出して奔走してくれている。
時々人を巻き込むけどさ、おかげでちゃんと赤字少しずつ減って来てるし。
そんな風に考えちゃって、ほんのちょっぴりリヴァを避けていた事に罪悪感を覚えた。
「あ、おいしい」
口に含んだお茶もとても味わい深かった。
……何か変な独特の香りがするけど。どくだみみたいに、草臭いっていうかなんというか……
これどっかで嗅いだ事あるのよね。どこだっけ?
ふと首を傾げるが、残念ながらすぐには思い出せないみたい。
「リヴァの奥さん、一階のカフェでたまに菓子出してくれているよね。シリウスと食べに行ったけど、
すごくおいしかったよ。ジャニアのタルトあれ絶品」
「それはそれは恐悦至極。妻にもお伝えしておきますよ。きっと喜びます」
「でもつられないからね。どうせなんか悪だくみに私の事を巻き込むんでしょ?
こんな食べ物や飲み物でつられないから」
「そうですか……やはり。実は美咲様にサインして頂きたい書類があったのですが……はぁ……」
「書類にサイン? 無理。悪いけど、食べ物でつられるほど子供じゃないからね。
まぁ、たとえば痺れ薬でも茶や菓子に混ぜたりして私に無理やりサインを――ん? 痺れ薬?」
とある事に気づき、私の言葉尻が消えていく。
浮かんだのは薬箱をひっくり返したような匂いがするシリウスの薬学室。
あらゆる野草など薬の材料が揃えられている無数の棚。
いつだったか、偶然目にしただけだった。
たしか紫色のパンジーみたいな花でさ、「これが薬になるの?」ってシリウスに尋ねた事がある。
シリウス曰く、軽い神経系症状を引き起こすらしい。
それがどくだみのような独特な野草の香りがした。
「お前っ!!ま……――」
言い終わる前に、体が痺れ私は言葉を発する事が出来なかった。
するりと手からカップが離れ、床に落下する手前で時間が止まったかのように停止する。
液体もゆらゆらと風船のように揺れ、まるで無重力世界。
――やっぱな!!痺れ薬だし!!
「美咲様がちょっとやそっとで動くわけないのは承知の上。ですから痺れ薬をほんのちょっとだけ使用させて貰いました。あ、ご安心して下さい。ほんの一・二分ぐらいですから。それぐらいでサイン終わりますしね。
それにコーデが来ちゃいますし」
「…おま……っ」
「困りました。痺れているからサインは無理ですね。仕方がない。では、指にしましょう」
そっから早かった。
空を飛ぶように漂う朱肉に、突然現れた書類、勝手に動く指。
何時の間にか私はもう指印を押してしまっていた。
「これで完了。さぁ、美咲様。これでミスコンに出れますよ。たのしみですね、どんな仮装するんですか?」
「は?ミスコンっ!?」
あ、声出たし。
どうやら本当にすぐだったらしい。
効果は切れ、私は晴れて自由の身となった。