25 その者を追い返した後で
「――……ここにおったのか、美咲」
バルコニーで夜風に当たっていると、ふいに後ろからそう声をかけられた。
その声の主は、今大広間で行われている誕生日パーティーの主役――一応婚約者の魔王様。
月日が経つのは早いもので、私達が魔界に帰国してから一か月が経過していた。
生活ペースも少しずつ元に戻り始め、本日やっと遅れていた魔王の誕生パーティー中。
さすが魔王というべきか、パーティーは私達が考えるようなものではなく、舞踏会のようなもの。
女神様が帰国し人間界と魔界の国交も復活。
魔界と人間界の両世界では、ほっと胸をなでおろしている。
それも相成って今年はかなり盛大みたい。
貢物も例年の倍以上らしい。
「中に居ると財務大臣煩くてさ~。あいつ、たちの悪い酔っ払い化しているから」
振り返らずにそう答えると、左隣に人の気配を感じた。
ふと視線をそこへ移すと、魔王がバルコニーの手すりに腕をかけるようにしてもたれ掛かかり、
星空を見上げていた。
彼の瞳と同じ紫色のマントと漆黒の髪を夜風が撫でている。
「やはりまだ根に持っておるのか」
「うん。でもまぁ、無理もないって。だって、あの女神様のせいで財務大臣ぶっ倒れて寝込んだのよ?
また国庫もかなり食いつぶされて、仕事も増えちゃったし。逆に慰謝料請求したいぐらいなのに、
私達払っちゃったせいでせっかく減りはじめていた負債が増えちゃったもん」
「そうじゃのぅ。でも余はあの選択を間違えたと思ってない」
魔王の言葉に、私は頷く。
財務大臣が怒っている理由。それは、女神様の帰国に関する事。
あの女神様が、ただ帰国するわけがない。
魔界側にも二つ条件を出してきた。
一つ、異世界に召喚される前の生活に戻すこと。
二つ、異世界に召喚されて無駄にした年数分の慰謝料を渡すこと。
魔王はそれを全てのんだ。
もう二度とこちらにに関わらない事を条件に――
一つめはわかる。でも二つめがね~。
財務大臣がキレてんのは、それ。
散々迷惑かけられたのに、なんで支払うんだ!!って。
頭ではわかっているらしいんだけど、かなり愚痴が溜まっているらしく、
酔っぱらって絡んでくるからここに逃げて来たのだ。
「……なんかさ、後味悪かったよね」
砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲んだのに、口の中に苦みが広がっていくような。
何処となく眉をしかめたくなる感覚。
「フーガ王子の憔悴ぶりが見ちゃったから……」
フーガ王子はあれから部屋に閉じこもり気味になった。
部屋には鍵をかけられてあるため、誰も彼に会う事は叶わず。
それでも女神様はもう関係ないと知らぬふり。
「無理もない。愛する者にあんな事を言われればな。執務に復職はまだ?」
「うん。まだ、無理みたい……。あ、でもこの間やっと部屋から出たって。
なんか、今はジャニアの収穫手少し伝っているみたい。今は何も考えずただ無性に体を動かしたいのかも」
「そうか……」
外に居すぎたせいか肌を撫でる風が冷たく感じ、くしゃみが出てしまう。
――寒っ。
そう思っていたら、ふわりと剥き出しの肩に何か布のような物が被さった。
絹で出来ているのか、つるつると滑らか。
視線を胸元へと移せば、持ち主の瞳と同じ紫色の生地に見覚えのある金糸の刺繍が見える。
「ありがとう」
「今度は美咲が風邪を引くと悪いからのぅ」
「私より魔王の方が風邪引きやすいじゃんか」
「よ、余はもう大丈夫じゃ!!」
視線を彷徨わせ妙に慌てふためく魔王に、私は笑みがこぼれた。
「じゃあさ、一緒に入ろう?」
私は羽織っているマントを広げると、魔王の方に体を向ける。
そんな私に対し魔王は目を大きく見開いたかと思うと、顔を緩ませ私に抱きついた。
それを私はマントで包む。
「温かいのぅ」
「うん」
マントの温かさもあるけど、お互いの体温もある。
少しぬるめのホッカイロのよう。
お。なんだか、ちょっといい感じじゃない?
ここの所魔王は溜まっていた執務、私は人間界の生活と財務大臣のお小言ですれ違い気味で、
まともに顔を合わせたのはやっと今日になってだ。
そのため、こんな空気とは縁が無かった。
そうだ。この際言っておこうかな。
ちゃんと魔王が好きだって。あの時言えなかったし。
「魔王。あのね、あっちの人間界で言おうと思ってたんだけどさ」
「あぁ」
「魔王って正直メンドクサイ時あるよね。時々なんかどっちが年上かわかんなくなるし、
すごくうっとおしくなるし。それにヘタレだしさ」
「み、美咲!?」
がばっと私の体から身を離すと、私の両肩に手を置き覗きこんだ。
絡んだ視線の先に紫の瞳があるんだけど、そこはもう涙がにじんでいる。
「話はまだ終わって無いから、最後まで聞いてよ?そう言う所嫌いじゃないって言いたいんだからさ」
「え?」
口をぽかんとあけ、目を大きく見開いた魔王に私は微笑むと室内へと顔を向けた。
煌びやかなシャンデリアの下、音楽に身を委ねた正装した人々が踊っている。
さっと周りを見渡せば見知った人ばかり。
ここ一年でいっぱい顔見知りになった。
「私はこの魔界が好き」
「き、急にどうしたのじゃ……?」
「ん?だからね、私は魔王の隣で女神補欠なりにここの役に立ちたいの。
まぁ私も完璧じゃないし、最強タグとか異世界オプションついてないからやれること限られているけど」
今回の事で少しだけ学んだ。
形だけじゃなくて、ちゃんとした形で魔王の隣に立ちたいって。
「まぁ、何が言いたいかって言うとつまりあれだ。あれ」
なんだ手……?
いざ言おうとしたら、急に恥ずかしくなってきたぞ。
喉元まで言葉は出てくるけど、それが音となるのはどうやら難しいらしい。
私は大きく息を吐きだすと、魔王を見つめ口を開いた。
「――魔王も好きだし、魔界も好きだってこと」
私はそう言うと、そっぽを向いた。
この状況で魔王の顔なんて見れない。見れるはずがない。
顔の毛穴が全開なのか、汗が尋常じゃないぐらい噴き出している。
い、言ってしまった……
「のぅ、美咲。それは余のことか?」
「はぁ!?他に誰が……――って、ちょっとっ!?」
そんな事言われたら反射的に魔王に振り向いてしまったんだけど、
そこで見た光景に私の言葉は途中でどっかに居なくなってしまった。
それは魔王が泣いていたから。
「み、美咲が余の事を……」
魔王はただ静かに泣きじゃくる的な感じではなく、迷子になった子供が親を見つけたかのように静かに泣いている。
「初めてじゃ。美咲が余の事を好きと言うてくれたのは」
「うん。言って無かったもんね」
「余も。余も愛しておる」
私のドレスの腰部分の布を掴み、魔王はそう消え入りそうな小さい声で告げた。
頬を薔薇色に染め、瞳は泣いていたため潤んでいる。
――か、可愛いじゃないか。
背伸びをして手を伸ばし魔王の頬を撫でると、その手に彼の手が重なった。
私なんかの手よりも大きく、骨ばっている真っ白い手。
魔王は目を瞑りながら、口を開く。
「余が魔王ではなくディアスになれるのは、唯一美咲の傍じゃ」
「魔王……」
膨大な執務などの影響できっと負担が多いんだと思う。
動かしているのは魔界全体だし、民の生活を支えているし。
「美咲と出会えてよかった。これも、美咲が身も心も平凡だったおかげじゃな」
魔王はその手をそのまま自分の口元まで持って行き、キスを落とす。
その時の魔王の表情は傍から見れば見ほれるぐらいかもしれないけど、
この時の私は引っかかった。
「……あのさ、後半なんで口に出した?」
「なぜじゃ?」
「なぜじゃないだろ。いらないでしょうが。あんた、貧乳の人間歩いていたらどうする?
『あ、貧乳』って言わないでしょ?心に留めておくでしょうが」
「美咲が歩いておったら?」
「なんで私なのよ!?」
どうしてこうなった?としばし問いたい。
結構良いムードなのに、結局これかよ!!
……でも、まぁほんの少しだけ進歩したかなって思うからいいか。
これにてその者を追い返せの本編終了です。
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皆さまありがとうございました<(_ _)>