24 最悪な女神様と一番な女神補欠様
長いですので、お時間のある時にでも(^_^)
次でラストです。
――ちょっと待って。可憐さんの発言って、もしかして一緒に魔界に来るってこと?
皆、可憐さんに視線を集中させ彼女の動向をチェックしている。
それはささいな仕草すらも見逃さないように、凝視しているって言っても過言じゃない。
空気は糸を張るようにピンと張り詰め、息を飲み彼女の口から出される言葉を気にしていた。
「……可憐。一体どういうことなんだ?まさか、魔界に戻るというのか?」
ゆっくりとどこか探るようにフーガ王子は、可憐さんの方を見つめながらそう口を開いた。
その表情は留まらなく不安定。
一番この発言が気になるのは、フーガ王子かもしれない。
だって、可憐さんの恋人だし。
しかも大金貢いで好き放題させるぐらい、曲がった方向へ溺愛しているぐらいだ。
「魔界には帰らないわ。あんな気持ち悪いところ」
「気持ち悪い……?」
吐き捨てるような可憐さんのその台詞に、私は反射的にそう聞き返してしまった。
魔界で生活して一年ちょっと。
そんな中、気持ちの悪いと感じる事に出会った事がない。
……まぁ、むかつくことなら多々あるが。
「だって魔族よ?人間じゃないの。人の形をしている奴らはまだマシだけど、
わけのわからない生き物もいるじゃない。門番とか毛玉だし。熊のような生き物やら、
二本足で歩く虎人間もどきまで。視界にも入れたくないわ。なぜあんな生き物が存在するのかしら?」
あんなに綺麗だって思った可憐さんの顔が急に歪んで見えてきた。
それは彼女が眉を顰め、まるで生ゴミを覗いてしまったような表情をしたからなのか、
彼女の内面を見てしまったからなのかわからない。
ただ一つだけ言える事がある。それは――
「待って。なんで?なんで人間じゃないと駄目なの?」
「はぁ?」
私は魔王の手をすり抜け立ち上がると、可憐さんの方へ一歩ずつ近づいていく。
やたら自分の足音が脳にダイレクトに響く中、ぎゅっと手に力を込め息を大きく吐気出した。
何度も意識して呼吸をし、少し自分を落ち着かせる。
もふもふ達が何をしたって言うのよ。
布団代わりにして昼寝しても怒らないぐらい心が広くて温かいのに――
「それぞれ感覚とかあるから、どうしても相成れないものがあるっていうのはわかるよ。
でも、それを全て口にするのはどうかと思う。毛玉だっていいし、熊っぽくたっていいじゃん」
ここに来るまでの数秒間に少しクールダウンさせていたおかげが、私は少し落ち着いて話す事が出来た。
怒りに身を任せてもしょうがない。
それは、相手ときちんと話をするには頭を常に冷静でなければならないということ。
お客様は神様。これは私が接客バイトで身につけたスキルの一つだ。
「何?お説教?うっとおしいなぁ」
可憐さんとフーガ王子が座っている席の間に立ち彼女を見下ろす私を、可憐さんは見上げて鼻で笑った。
私も完璧じゃない。
だから、どんなに頭でわかっていても感情がついていけない時がある。
クールダウンさせなきゃならないって思うんだけど、どうしても頭に血が昇ってしまっていた。
「いや、っうか説教とかじゃなだろ。んな事もわかんないの?あんた」
口調が悪くなってしまう。
説教するつもりで言った覚えはないけど、可憐さんにはそう聞こえてしまったのだろうか。
私はただ、思った事全てを口にしなくてもいいはずだと言っているだけだ。
私達の言葉というものは、相手を傷つける。
それは些細な事だって思うけど、相手にはそうは通らない事だってある。
魔族と違ってそれをわかっているのに、あえて言う必要はどこにあるのだろうか。
「美咲。落ち着くのじゃ」
ポンと右肩に軽い重みがのっかったが、私はそれを手で払うとすぐさま後ろを振り返り魔王の胸倉を掴んだ。
がくんと魔王が前かがみになり、彼の髪が肩から零れ落ち私の頬をかすった。
「なんで落ち着いてられのよ?魔王もなんか言ったらどうなの!?
もふもふ達気持ち悪いって言われてんのよ!!」
魔王は一瞬目を大きく見開くと、ゆっくりと私の右手を掴んで微笑んだ。
それが私の癇に障り、再度魔王の手を振り解く。
なんでこんな時に笑ってられんのよ!?神経おかしいんじゃないの?
「美咲、とにかく一旦落ち着くのじゃ。ほら、これを――」
魔王が指をパチンとならすと、煙と共にとあるモノを模した物が私と魔王の間にふわふわと落ちてきた。
それは宙に浮き、まるで水に浮いているかのようにゆらゆらと揺れている。
なぜここでこれが出る……?
私の視線の先にあるそれは、カピバラのヌイグルミ。
二本足で立ち、大粒の黒い瞑らな瞳でこちらを見つめている。
体はキルト地で出来てあり、瞳は何か黒い石のようなものを加工して作られたようだ。
「余の癒しアイテム・美咲のヌイグルミじゃ。執務中に美咲と離れて居る時に、
余はこれを美咲のように大事に……――って、なっ!?」
魔王の言葉が途中で止まり、悲鳴じみた声が聞こえた原因は私だ。
魔王愛用のヌイグルミをまるでボールのように壁際にぶん投げたから。
「おい、補欠。魔王様の大事な物をぶん投げるとは不届きな!!」
どうやらぶん投げた先にラムセが居たらしい。
ラムセがそのヌイグルミを胸に抱えている。
それはあまりにもありえない光景で、少しだけ恐怖を感じた。
あのラムセとヌイグルミとのツーショット……
「もしかして、美咲は妬いておるのか?」
その声に視線を魔王へと向けた。
だがすぐにそれを後悔することになる。
「――安心するが良い。たしかにあれには癒されるが、本物には敵わぬ」
「やっぱ、そうくるか」
「違うのか?では、もしかして美咲に許可を得ずに勝手に売り出したのを怒っておるのか?」
「……はぁ?」
ちょっと待て。
今なんて言った?
「売り出し?売り出しってまさか……」
私はラムセの所まで足早に移動すると、その腕からヌイグルミを奪う。
そして左わき腹付近にあるタグを掴むと、そこに視線を集中させた。
――やっぱり。
タグに書かれているマークは、剣に薔薇が絡みついているロゴ。
これは城の正規品の証。
女神様のおかげで財政難になったため、それを打破するための一つの策に城の観光化がある。
人間界で観光地に行けばお土産が買えるように、魔界の城でも売店を作り城限定のお土産などを
買えるようにしたのだ。
それが結構受けて、売上も上々らしい。
まさか、こんなのも売っていたなんて。
「子供に人気で、先月の売上一位じゃ。美咲グッズはいつも売上上位なんじゃぞ」
「一位かよっ!!」
運動会とかでも今まで一位なった事なかったのに、初めての一位これっ!?
っていうか、美咲グッズって何よ……
城の売店一回しか行った事なかったから、全然知らなかった。
他に何売られてんのよ?
こりゃあ、あっち戻ったら一回見に行かないとなぁ。
「さすが余の美咲じゃ」
ふわりと魔王に抱きしめられるが、複雑なんですけど。
これ私じゃなくて、カピバラが人気なんじゃないですか?
「美咲、余の代わりに怒ってくれてありがとう。余とて頭に来ぬわけではなのじゃぞ?
余の大事な民を侮辱されたのだからな」
「魔王……」
「でものぅ、美咲。相手にするだけ無駄なのじゃ。時間は無限ではない。この女に使う時間を余は勿体ないと
思う。それにこの女はもうすぐ余達の前から完全に姿を消す事になるのだ。目障りな者はすぐに消え去る」
「え?」
顔を上げると表情の引きしまった魔王と目が合った。
「あの女はおそらく元居た人間界に戻るつもりじゃ。そうじゃろ?」
魔王のその問いかけの返事を聞くため、私は振り返り可憐さんを見た。
私だけじゃなく、フーガ王子も可憐さんを見ているらしく彼の後頭部が見えている。
「だって、飽きたんだもん。ここの生活なんか野暮ったいのよね~」
フォークで刺した苺を口に頬張りながら、女神様はそう口にした。
それはあまりにも軽い。
フーガ王子という恋人がいるのに。
おそらく、彼女の性格から彼と一緒に戻るという選択はないだろう。
きっと自分一人だけで戻るはずだ。
「本当は今すぐ帰りたいんだけど、宝石オーダーしちゃったのよね。それ届くの一週間後なの。
それに、貢物が多いから荷物まとめるのも大変だし。実家の自室に入りきるかな?」
「可憐……」
「フーガ王子。残念だけど、もうすぐお別れね」
にっこりとフーガ王子に対し微笑む可憐さんとは対照的に、顔面から血の気が引いた王子。
「可憐と離れるなんて耐えられない。俺も一緒にい……――」
「来ても良いけど私に関わらないでね。あっちの世界じゃ王子という身分が無くなるから、
貴方に価値は無くなっちゃうんだから」
「価値ってなんだよ!!お前はもう俺のこと愛していないのか!!」
震える言葉に返された返事。
それは、彼の言葉を止めるのに効果的だった。
「私、好きだって言った?愛しているって言った?言ってないわよね。勝手に勘違いしないでくれない?
ほんと迷惑なんだけど――」