20 結末は貴方にまかせるから
長めですので、お時間のある時にでも(^_^)
真新しい平民服を着込んだ男が、地面に大の字になり横たわっていた。
歩くと少しぬかるむぐらい柔らかい赤土のため、服が汚れるのはわかっているはず。
でも彼は服が汚れる事も構わずに、その場から動かない。
――結構やるじゃん。逃げだすと思ったのに。
私は右手に水の入った木のグラス、左手に籠に入ったジャニアを持ち、
彼の元へと足を進めていく。
その男は近づいてくる足音すら関係なとばかりに、端正な顔を汗や泥で汚し、
体全体で呼吸するように胸を上下に大きく動かしていた。
きっといつもの彼なら、こんなところで寝転がるなんて絶対にしない。
別に綺麗好きというわけではないと思うが、彼のプライドがそんな事させないはずだ。
なんせ、彼はこの世に生を受けてからずっと、根っからの王子様だから。
ふかふかのベッドで寝ることはあると思うが、こんな所で寝たことなんて生まれて初めてだろう。
プライドも何もかも投げ出すぐらい、おそらく身も心もすり減らしているのかもしれない。
「おつかれ。どう?庶民生活は」
その男――フーガ王子の傍にしゃがみこみながら、私は問いかけた。
だが、それに対し、彼は無反応。
まるで呼吸することが仕事のように、一生懸命呼吸をしている。
――そんなにキツかったか。王子の執務とは全然違う畑だけど、
初心者でも大丈夫な仕事任せて貰ったんだけどなぁ。
私達が居るのは、果実園の入口。
ここは、以前食事をした食堂のおばちゃんの実家なんだ。
今、ジャニアという果物がこの地方では収穫シーズン真っただ中。
そのため働き手が足りずバイトを募集していたそうなので、
私はここで日雇いで働かせて貰っている。
ほら、生活資金を稼がないといけないじゃん?
魔王いつ迎えに来てくれるかわかんないし、ダルサ城で貰ったお金はあまり使いたくなかったから。
だって、お金返さなきゃならないじゃん。
迷惑料として貰ってもいいのかもしれないんだけど、なんか胸がもやもやするし。
だから、自分でバイトして生活費稼いでんの。
初日は宿に泊まったけど、今は空き民家を借りている。
私とシリウス、ラムセ。それから、キースやセーラさん達。
そこで、まるで大家族のように生活しているんだ。
食糧はラムセとシリウス目当てのご近所さん達が、毎日朝晩に差し入れしてくれている
のでかなり助かっている。
ほら、あの人達観賞用としては最高だからね。
まぁ、しゃべるとあれだけど……
王子を城から連れ出した私がやって来たのは、バイト先。
そこで庶民体験ツアーの一環として、バイトさせてみたわけ。
もちろん、王子っていう身分は隠しているよ?
……平民服着せているだけだけど。
それでもバレない。
だって、あの第一王子が平民服着用して果樹園でバイトしているなんてありえないもん。
だから、誰も信じない。
現に最初この王子が「この俺にバイトしろと!?俺を誰だと思っている、この国の王子だぞ!!」
とかなんとかいろいろ叫び回っていたけど、誰も相手にしなかった。
んで、結局王子ジャニア入れる籠を渡されてしぶしぶ労働。
その結果がこれ。
やっぱ王子に庶民生活はきつかったみたいね。
まぁ、執務とは畑が違うし。
「今日一日だけで結構収穫あったでしょ?
自分で見たり体験したり直接話を耳にしたりして、いろいろ民の生活がわかったと思うし」
私の言葉に、ほんの少しだけ王子の顔がぴくっと動いた。
きっと彼は聞いているはず。
自分達――第一王子・フーガとあの女神のことを。
最近王子は女神様にせがまれ、女神様専用の動物園と劇場を建設しているらしい。
そのせいでこのたび税制が変わるって噂もある。
そんな我儘な事が頻繁にあるため、民のフラストレーションがたまりまくっているのか、
休憩中は国に対する愚痴も多い。
――まぁ、好きな人を甘やかしたくなる気持ちはわからないでもないんだけどさ。
でも、貴重な税金でやられるとちょっとね……
しかも専用って。誰でも使えるように、解放すれば少しは状況が変わったかもしれないのに。
「聞いた?」
「……あぁ」
「そっか。なら、いいや。この村の離れに馬車用意してあるから、少し休んでから帰るといいよ。
あと、これ今日のお給料とジャニア。よく働いてくれたから、持って行ってくれだって。
そうそう。今日だけと言わず、しばらく働いて欲しいってスカウトあったよ?」
私は手にしていた籠と飲み物を王子の傍に置き、お給料が入った袋を王子に渡す。
疲れがピークなのか、王子の手は震えていた。
*
*
*
「うちに嫁に来ないかい?」
「いや、うちに!!」
四方八方から「嫁に来ないか」というお誘いの言葉。
どうやら私の嫁入り先は引く手あまたらしい。
柑橘系の香りが倉庫内に漂っている中、その片隅でビニールシートの上にて、
私はすごく気分が良かった。
目の前の木箱に入っている無数のジャニア。
おばちゃん達は私に声をかけながら、そこからジャニアを取り出し、
自分達の近くにある三つある籠へとそれぞれ大きさごとに分別していっている。
「見ろ、ラムセ。これが私の実力だ」
選別しているジャニア片手に、少し離れた場所で座っているラムセにドヤ顔を決めて見せた。
だが、それに対しあいつは、鼻で笑い嘲笑いやがった。
しかもムカツクことに、こいつとアイコンタクトなんてしたくないのに、
ラムセの言いたいことが理解できる。
こいつ、絶対「お前、それで虚しくねぇ?」って思ってるし!!
わかってるよ。おばちゃんたちは、私がよく働くから嫁に誘ってくれているんだって。
でも、それぐらいわかってるけど、ちょっと嬉しかったんだってば。
「――美咲様」
ジャニアで溢れそうな籠を持とうと手をかけたら、声をかけられてしまい、
中途半端に手が宙をさまよっている。
一体誰だろうと思いながら顔を上げると、そこに居たのはライズ王子。
今回は女装ではなく、正真正銘の王子様姿。
「あ、久しぶり。元気?」
「はい。美咲様もお元気そうで何よりです」
そう言ってにこりと微笑むライズ王子は、すごく可愛い。
やっぱ、女装が似合うだけあってか女の子みたいだなぁ。
「このたびの兄上の事もありがとうございました」
「あー。別に私は何もしてないよ」
「……いいえ。美咲様のおかげであれから兄上も変わりました」
「そっか。あの、話の途中だけどごめん。この籠そこの台車に持っていきたいから、
少し横にずれて貰ってもいいかな?」
「あっ、すみません。お仕事中にお邪魔してしまって……。あの、持ちましょうか?それ」
ライズ王子は、私が両手をかけている籠を見て言った。
「大丈夫。ありがとう」
「ですが、それ重いですよね?」
「あ、うん。でも平気」
籠に山積みなっているのは、握り拳ぐらいのオレンジ色をしたジャニア。
これ見た目は重そうだけど、ビールケース1箱ぐらいしかない。
バイト先でビールケース持つのなんて毎日だから、慣れているし。
「ですが……」
「ほんと平気。へい――」
私の言葉が途中で止まったわけ。
それは、視界の片隅にとらえたセーラさんの姿。
セーラさんは私と同じようにジャニアの選別しているんだけど、籠が持てなかったらしい。
バランスを崩して倒れこんでしまっているのを、シリウスや周りにいたおばちゃん達、
それから、騒ぎを見て駆け付けた男手に助けて貰っている所だった。
「無理するんじゃないよ」
「うちらは慣れているけど、慣れてないあんたはキツイかもしれないね」
「腕が馬鹿になると悪いから、誰かに頼みな。あんたまだ若いんだ」
「そうね。女の子が重いもの持っちゃ駄目よ。魔術で運んであげるわ」
耳に届くそれらの言葉に、私は手持っていたジャニアが入った籠を見つめた。
それは地面を離れ、まるで宙に見えない棚でもあるように抜群の安定感。
セーラさんと私は年があまり変わらない。つまり、私もか弱い乙女のはず……?
「お前、今さらか弱さアピールとか辞めろよ。うっとおしいからな」
「……。」
ほんのわずかわざと足のバランスを崩しかけた瞬間、ラムセの言葉がぶつかってきた。
「うっさいな~。わかってるわよ。しょうがないでしょ!?だって、持てちゃうんだもん!!
えぇ、力があります。どうせ可愛くないし、女の子らしくないわよ。
どうせ保護欲なんて駆り立てられませんよ」
「そんな事ありませんよ。美咲様はとても女性らしく魅力的な方です」
ライズ王子が力の限りフォローしてくれるのは、ありがたい。
社交辞令とはいえ、ほんの少し慰められたよ……
「お前、正気か?こいつの事そういう風に見えるなんて、変わってるな」
「むしろ私は、お前が正気かって問いただしたいんだけど!?」
ラムセのその言葉に、私はやつの首元を掴んだ。
このやけに高そうな服に皺でも出来ればいい。
「み、美咲様っ!!落ち着いて下さい」
「これが落ち着いてられるかっうの。ラムセは毎回毎回……」
「とりあえず、落ち着いて下さい!!美咲様っ!!」
がしっと私の両手を掴まれ、ライズ王子により私は引きずらるようラムセから剥がされる。
さすが男性。いくら女性的とは言え力が全然違う。
「美咲様、ほら少し落ち着きましょう。ね?」
「でも」
「――ねぇ、貴方が美咲?」
この状況で空気も読まずに突然第三者が間に入ってきたため、私の頭は一旦ヒートダウン。
それは鈴の音のような、澄んだ美しい女性の声。
ただ――
「ほんと最悪。こんな花もない地味な女だったなんて。ありえないわ」
耳に届く言葉は、まことに残念ながら最悪なものだった。