19 傲慢かつ、威圧的に
エンベラ国第一王子・フーガの執務室。
執務机から本に至るまで、全てが売ったら高そうな品物で囲まれているその部屋は、ただ静寂だけが支配していた。
初対面からこの部屋の主は私達に対し威圧的だったのに、今では顔面蒼白で私の方を凝視している。
彼が座っている椅子が上質のもののはずなのに、一瞬にして纏っている高貴さが消えたのはきっと気のせいではないだろう。
それを見て、ほんの少しだけ小気味いいと思う私は、意地が悪いのかもしれない。
「何をぼけっと座っているんだ、フーガ!!さっさとご挨拶をしろ。せっかく魔王様の女神――美咲様がわざわざ挨拶に来て下さっているんだぞ。無礼だろうが!!」
彼の父――この国の王は反応の鈍い息子に対し彼の腕を掴み、無理やり立たせようという強攻手段にではじめている。
国王が必死なのも無理は無い。私は、魔王の妃(仮)だから。
現に今の私はそれっぽく見えるから、不思議だ。
ワンショルダータイプのワイン色をしたカクテルドレスに身を纏い、後方にはシリウスとラムセを従えている。
この二人の存在はかなりデカイ。
さきほどライズ王子の取り計らいで国王と謁見し、私の身分を信じて貰えたのはこの二人がいたからだろう。
ほら、第一印象って大事じゃん。
だからそれなりに見えるように、ライズ王子に手配して貰ってドレスアップなどをしてみた。
今からドレスを作るのは大変だったから、今回は既製のドレスを針子さんに直して貰ったんだけど、その時胸元部分の詰め物に苦戦してくれたのが魔界とダブり少し懐かしくなった。
詰め物って、ズレて来るからさ。
「いえ、挨拶は結構です。初対面ではないので。ねぇ、フーガ王子?」
えぇ、地下牢に閉じ込められましたからね。
しかも人の話も聞かないで冤罪だっうの。
「……何が目的だ。脅しか、復讐か」
「意外とさっするのが早いわね。まだ本題に入ってないのに。人の話も聞かないで牢屋にぶち込むぐらいだから、愚かなのかと思ってたけど?」
「牢……?」
国王が不思議そうに首を傾げているが、それに対し私は微笑み口を開いた。
「国王陛下。しばし、フーガ王子をお借りしてもよろしいでしょうか?そうですねぇ……二・三日ほどばかり」
「えぇ、それは構いません。うちの愚息が、美咲様のお役に立つのならば是非お使い下さいませ」
一応尋ねるが、反論しない事は流れでわかる。
だってこの国は、魔界に媚を売って置かなければならないから。
それは魔界と人間界での認識の違いに関係がある。
フーガ王子があの女神様を見染めて人間界に連れさってくれたのは、魔界からしたら厄介払いだったが、こっちの世界は違うらしい。
女神様を王子が略奪。魔界での女神様と魔王達の騒動を知らないこの世界にしてみれば、その行為は反逆。
ちなみに、魔界と人間界のゲートが塞がったのは魔王の怒りをかったからになっているそう。
それでもこのフーガ王子が国内・国外から糾弾だれることなく、なおかつ好き放題出来るのは、この王子が国王寵妃の息子だからと、大国だからという後ろ盾があるからだ。
甘やかされて育ったせいか、超我儘でしかもそれが通る環境。
おそらくこういうタイプは、自分より下だと思われたら絶対に話すら聞いてくれない。
だから、ちょっとだけ虎の威をかりた上に、傲慢かつ威圧的な妃(仮)を演じている。
町を歩いている時、いろいろ耳にした事があった。
その中でも気になったのは、フーガ王子と女神様のこと。
どうやら、みんなかなりの不満が溜まっているらしい。
そりゃあそうだろう。
だって女神様専用の宮殿やオペラ館、それから動物園などを国庫から捻出したお金で建設されているのだから。
ちゃんとした税金の使われ方してほしいよね。
キースが憑かれた件で私はいろいろ考えさせられ、少し悩んでもみたりした。
それで考えたのが、『強制庶民体験ツアー』。
民の声を直接聞いて、その上庶民の生活を体験させようって。
そうしたら、この王子も少しは考えてお金つかってくれるんだじゃないかな~と。
そう考えるのは、安易なことなのかもしれない。
でも、やってみるだけやってみることにしたんだ。
ついでに私もバイト出来るし。
「ふざけんな…」
顔を思いっきり歪ませ、弱々しくそんな言葉を吐くフーガ王子の台詞を聞こえなかった事にし、私は視線で後方にいたラムセに目配せた。
「さて。さっそくだけど、これに着替えて」
私の言葉に、ラムセが紫の布に包まれたものを王子の前にある執務机中央へと置く。
少し丸みを帯びた正方形型の包み。
その中身は、王子は再度またブチキレるであろう品物だ。
「絶対にそれに着替えなさいよ。私達は先に裏門の所にいるから」
「ふざけるな!!お前如きが、この俺に命令していいと思ってるのか!?」
「フーガ!!お前は誰に向かって口を聞いているんだ!!」
国王、ちょっと殴らないでね。
私の瞳には、ただ今息子の胸ぐらをつかむ父親の姿が映し出されている。
「私は自分がどのような者なのかわかっているわ。私は魔王の妃となる者。貴方とは天と地ほど身分が違うの。私の一言で、世界が変わる。もちろん、貴方の運命すらね。その資格と力が私にはあるわ。ねぇ?ラムセ」
「ハイ。ミサキサマノオッシャルトオリデス」
大根っ!!と思わず叫びたくなるその棒読み台詞に対し、私は後方を振り返りラムセを睨んだ。
お前、ちゃんと演技しろよ!!
なんだよ、その今すぐ舌かみ切りたいみたいな顔は。
んで、こっちは?
ラムセとは違い一方シリウスの方は、手に所持していた扇子を口元にあてている。
その体が小刻みに震えているのを私は見逃さなかった。
……早く終らせよう。
私は体を反転させ、王子へと視線を移す。
「だから、貴方は黙って私の言う事だけ聞いていればいいの。わかった?」
「――っ」
唇を噛みしめこちらを睨んでいる王子に、私は心の中でガッツポーズをした。
来たな。これ。
「十分。それ以上は待たせる事は許さない。行くわよ、ラムセ、シリウス」
私は体を反転させ扉の方へと歩き出す。
さて、私も着替えなきゃ。このドレスで作業したら汚れるし。
「同じ異世界から召喚された女神でも、お前は俺の可憐とは間逆の人間だ!!お前は性格が腐っている!!」
背中にこつんと当てられたその言葉に、私はつい笑いそうになってしまう。
その強気な態度、いつまで続くかな~?