2 不穏な足音はすぐ傍までに
荒れてるな……
震えるルルを腕に抱きしめながら、私は窓側に二・三歩と足を歩み寄っていく。
どんよりと濁った空に、窓ガラスを打ちつける雨風。
そして時折地響きのように鳴る雷。
外はまるで台風接近とでも言うような大荒れの天気。
「ルル、大丈夫だよ。ちゃんと傍にいるから。ねっ?」
腕の中の小さい彼をなんとか安心させようと頭を撫でてみるが、震えは止まらない。
せめて雷止んでくれると、ルルも大丈夫なんだけど。
私はそっと溜息を吐くとまた窓から外の様子を伺う。
ほんのわずか目を離していただけなのに風の強さが、さっきより強くなっているように感じた。
腕の中の小さな存在も心配だけど、私にはもっと心配な人がいる。
大丈夫なのかな?魔王――
私は視線を左壁にある扉に移動させそこに固定させた。
そこは隣にある魔王の部屋と私の部屋を繋ぐ扉。
彼はその室内で今、医師のよる診察を受けている最中だ。
さっきバイトから戻ると、魔王が倒れたと聞かされた。
それを聞いて急いで魔王の元へ行こうとしたけど、診察中だからと止められ、こうして自分の部屋で待機をしている。
熱と咳が酷いって言ってたけど、やっぱり風邪かな?
だからあれほど薬飲めって言ったのに、ずっと逃げてるんだもん……
魔王は元々風邪気味だった。
だから何度か薬を飲ませようとしたんだけど、そのたびに転移魔法で逃げられてしまっていた。
魔王は魔界で魔力が一番強いため、魔力を隠して逃走した魔王を見つけ出せる人は皆無。
そのため、薬は一度も飲んでいない。
私に魔力があって、魔王より強かったらな~。
そんな風に考えながら扉を見つめていると、タイミング良く控え目なノックが耳に届いた。
それを聞き私はいてもたっても居られなくなり、「はい」と返事をしながら扉の方へと向かう。
「美咲、もう入っても良いわよ」
扉から顔を覗かせたのは、シリウスだった。
「魔王はどうなの?」
「ギルバードの話では、やはり風邪が悪化したらしいわ」
ギルバードってお医者さんの名前だよね。たしか。
「だから薬飲めって言ったのに……」
「そうね、今回は魔王様の自業自得の結果よ。怒ってあげて」
シリウスが体を少し退かして、私を室内へと入るように促す。
私はシリウスに風邪が移ると悪いのでとルルを預けると、足を踏み入れまっすぐ中央に配置されているベットへと向かった。
「……美咲。移るから、余の傍に来るでない」
ベットには魔王が横になっていた。
おでこには冷やしたタオルをのている。
「平気。私、体だけは丈夫なの」
魔王の頬に触れると、いつもじゃ考えられないぐらいの体温だった。
――熱いな。これ結構熱高いよ。
魔王は熱のため色白の顔は赤く色づいていて、こちらを見あげている瞳は潤んでいる。
呼吸もしずらいのか、荒い。
「すまぬ。美咲に言われた通り、始めから薬を飲んでいれば……」
「ほんとだね。人が飲めってあれほど言ってたのに、薬が嫌いだって逃げていた魔王の自業自得。周りにしてみれば、ほんと迷惑な話だよ。また執務溜まっちゃうしさ。ほんとしょうがないよね、うちの魔王サマは」
「……すまぬ」
いつもの口調で話したんだけど、どうやら弱っている魔王にはきつかったらしい。
大きな瞳に雫をためたかと思うと、堰を切ったかのように泣き始めてしまった。
もう、泣かないでよ。
魔王は両目を隠すようにして泣いている。
私はそんな魔王の髪をすくようにして撫でた。
「だったら早く良くなって、迷惑かけた分皆に返そうね。もう、薬は飲んだ?」
魔王はほんのわずかだけど、首を縦に動かした。
良かった。薬飲んでくれたみたいで。
私はほっと一安心と胸をなで下ろす。
「こんな軟弱で周りに迷惑をかける余の事嫌いになったか?」
「今さら、こんな事ぐらいでなるわけないでしょうが。もうおしゃべり辞めて少し眠りなよ。――ディアス」
ディアスって言うのは、魔王の名前。
みんな魔王って呼ぶけど、魔王にもちゃんと名前がある。
私にディアスって呼んでほしいらしけど、なんか魔王っていうのがしっくりと呼び慣れているため、なかなか呼べないでいた。
彼はその名を呼ばれた事に対し目を大きく見開いていたが、その後はにかんだ笑みを浮かべた。
「美咲」
「ん?」
横になっている魔王は、右手を私に向かって伸ばしかけている。
私はその手を両手で包むように握りしめた。
「ずっと余の傍に居てくれ」
「うん、いるよ」
「余は美咲がおらぬと狂ってしまう」
もしかして寂しいのかな?
ほら、熱出すと心細くなっちゃうじゃんか。
だから急にそんな変な事を聞いてくるのかもしれない。