ホワイトデー企画 唯一無二のその華の名は 前編
本編中ですが、ここでいきなりの番外編です。
お、落ち着け。別になんてことはないって!!
これはただのホワイトデーのお返しだってば。
私は一旦落ち着くために視界をシャットアウトすると、もう一度瞑っていた目をゆっくりと開け、それをじっと見つめる。
私の目の前にあるそれは、別に奇妙奇天烈なものではない。
それはピンクの薔薇の花束だ。
しかも、100本はあるんじゃないかってぐらいの大量。
この薔薇は、フリルがかったピンクの花弁がなんとも可憐で可愛らしい。
いつも見かける薔薇とはちょっと違うように感じる。
薔薇の品種あまりしらないが、こういった品種もあるのだろう。
その薔薇の周りには、赤い紙とシルバーのリボンが綺麗にラッピングされていた。
「……確認させて貰うけど、これって薔薇だよね?」
私はそれを私へと差し出してくれている人物へと聞いてみた。
その相手というのが、私の婚約者で魔界の王様。
まぁ、つまりは俗に言う魔王様ってお人。
私はさっき大学から帰って来て部屋でルルと遊んでいたんだけど、魔王が突然やって来て「これを美咲に」とか言いながら、私へとその薔薇の花束を差し出してくれたの。
それを見た瞬間、頭の中が混乱して思わず自分と会話してしまった……
『素敵じゃない。ほら、胸がキュンってしたでしょ?』
『いや、それはない。代わりにすっげー今、心臓バクバクで脂汗出てるんですけど』
『ほら、驚きのあまり思わず嬉し泣きしそうでしょ?』
『ないない。代わりに、口の中めっちゃ乾燥しまくってるっうの』
ってな感じにね。
いや、だって花束なんて元彼はおろか、それ以外の人達にも貰った事がないんですよ。私。
だから、ちょっとパニくりますって。
それに魔王の事だから、てっきり去年みたいに等身大の自分のマシュマロでもくれるのかと思ってたんだもん。
ほら、この人のプレゼントのセンスって人とかなり変わっているから。
「美咲?どうしたのだ?もしかして薔薇は嫌いか?」
「ちが、違う」
私はなんとか、どもりながらそれを受け取る。
マジで薔薇だし。
甘い香りがこれが現実なんだと強く告げ、私は再度強制的に自分の身に起こっている出来事を認識した。
「その花、美咲の世界の薔薇の一種なんじゃ。初めてその名前を目にしたとき、余はこれは美咲に送らねば!!と思ったのでな」
「これ、薔薇ですよね?」
人間正常な判断が下せなくなると敬語になるのだろうか?
とにもかくにも、この時の私はいつもとまるっきり違っていたと思う。
「見るからに薔薇だが……?それにさっきから薔薇と言っておるのがのぅ」
「ですよね」
いや、だって私に送らねばって言うからさ。
だって魔界の連中じゃ、私の事を薔薇とかに例えなさそうじゃん?
その辺にある雑草に例えそうだもの。
「この薔薇の名前、『美咲』というのじゃ」
「え……?」
私は魔王の言葉に、腕に抱くようにして抱えている薔薇を見つめる。
全く知らなかった。自分と同じ名前の薔薇があるなんて。
やばい。ちょっと泣きそう……
だってさ、ロマンチックじゃない?
ホワイトデーのお返しに、薔薇の花束。しかも、自分と同じ名前だよ?
胸キュンするって。ほら、一応、私もうら若き乙女の部類のはずだし。
「魔王っ!!ありがとうっ!!」
「――ちょっ。似合わねぇ!!かなり名前負けしすぎてるだろ」
ちょっとだけうるっと涙腺が弱くなっていたが、耳に届いて来たその耳触りな台詞のせいで涙は零れなかった。
むしろあれだけ緩くなっていたはずの涙腺がかちこちになり、固まり過ぎて目がこめかみと共に痙攣し始めてしまう。
その台詞を発した男は、何がそんなにおもしろいのか、その台詞を吐きだした後、腹を抱えてげらげらと笑いはじめてしまっている。
もちろんこの台詞を吐いたのは、言うまでもない。あの私付きの護衛騎士だ。