17 送る言葉は五十歩百歩
私の住んでいる人間界には、五十歩百歩という故事成語がある。
意味は簡単にいうと、どっちもどっちってことだ。
結構幅広く知られているわりには、日常であまり使わないような気がする。
私は今すぐその言葉の意味を教えると共に、『お前らが言うなって』という台詞を送りたい。
こいつらに――
「はぁ?あの女を追い返して欲しいって頼まれて、そんでわざわざこの国まで来たのか?
……全く、なんでお前はそう面倒なもんばかり押しつけられて、パシリ扱いされてんだよ。
仮にも魔王様の婚約者だろ?威厳も何もねぇのか」
「本当にね。美咲ったら駄目よ。そんなに簡単にほいほい頼み事されては。断りなさい。
全く、こっちの人間達は人使いが荒いわね。勝手に美咲をこちらの世界に連れ出しておいて、のうのうとそんなお願いするなんて。本当に礼儀というものが無いわ」
前方と左方向から耳に入って来るのは、ラムセとシリウスによる私の優柔不断さの嘆きと、こちらの世界の自分勝手さを非難する声。
それらをBGMとし、私は手元にあるノートサイズの羊紙に意識を集中していた。
いや、BGMじゃない。ノイズだ。ノイズ。
あぁ、こめかみが痙攣おこし始めちゃってるわ……
そんな状況下の中でも、かまわずに私はその紙を忍耐強く見ていた。
その紙に書かれている文字は、アルファベットをかなり崩して組み合わせたようなもので、解読不能。
通常の私なら、もう読むのを諦めているはず。
だって、読めないものは読めないんだもの。
辞書などがあれば別だが、手元に辞書なんてないし。
したがって、読む事など出来ないことはわかりきっている。
でもそれをしないのは、はっきり言って何かに集中してないと、「お前ら、自分の事を棚にあげて、どの口がものを言ってんだ!?」とこいつらを問い詰めてしまうからだ。
はっきり言ってこいつらには言われたくない。
引きこもった魔王を引きずり出してくれと、人が寝ている最中に勝手に異世界召還してきたお前らと、
こっちに問題をぶん投げてよこすあいつらは、私から言わせて貰えばどっちもどっち。
あぁ、まさに五十歩百歩。今のこいつらにぴったりの故事だと思う。
基本的に私は、我慢しないで結構怒鳴る。
たまーに大人げないかなって思う時は、ちょっと我慢するけどね。
でもほとんど言いたいことは言う。
だって、魔界の奴ときたらデリカシーが無いことばかり言うから。
それにこいつらも自由に好き勝手に言うし。
普段通りなら怒鳴り散らしてラムセと口論になっているけど、今はそれが出来ない。
それはここが公共の場だから。
しかもお店の中ときたら、尚更騒げない。
私達が今いるのはエンベラの城下町にある、とある食堂。
ちょうどお昼時間もティータイムもすぎていたせいか、その店内には私たちの他に客はいなかった。
30人は入れるであろう店内のちょうど中央に配置されているテーブル席。
そこが私達が座っている席だ。
席順は私の前方にはラムセ、そして彼の隣にはキース。
それから私の左側にはシリウスといった感じ。
お店はとても簡素な作りをしてあり、私たちの世界的に言えばカントリー調。
壁は白壁で三分の一から下は茶色い煉瓦で出来ていて、建物の梁もむき出しになっている。
そして天井にはシーリングファンが回してあったり、テーブルの真ん中にはグラスに入ったピンクと白の花が飾られていた。
テーブルもそうだけど、ファンもほとんどが木で出来ているため、なんかぬくもりを感じ、少し癒された。
いや、ほんとどっかの誰かさん達のせいでそれも一瞬だったけどね……
「美咲ったら聞いているの?ついさっきだってそうよ。エンベラの第一王子を王位継承権から外し、
あの綺麗な男の子に第一継承権を認めるよう、国王に取り計らって欲しいっていうお願いされちゃってるし」
「あぁ……あれはとんだとばっちりだったね」
それはつい数分前の出来事。
第一王子への不満がたまっていたライズ王子のお友達の方々が、私たちの目の前でヒートアップ中だった時まで遡る。
『ライズ王子に第一継承権を』台詞を違えと、彼らが皆言っているのは同じ内容。
それをただ傍観していた私達だったんだけど、なぜか急に彼らの話が方向転換してしまい、『国王様に直訴する』が、なぜか『魔王の婚約者に直訴する』に変わってしまったのだ。
ほんと、とんだ流れ玉。
だってはっきり言って、私じゃなんの役にも立たない。
だから、「第一王子をなんとかして、ライズに継承権をお願いします。魔王様の仮の婚約者様」などと頼まれても無意味。
っうか、私に力があったと仮定しても常識的に考えて無理でしょうが。内政干渉だっうの。
「……あの件に関しては、ライズ王子は気になさらずにって言ってたでしょ。それより、早くメニュー決めて食事しようよ。これから宿探さなきゃならないんだしさ?」
私はそう言って、シリウスに自分が持っていたメニュー表を渡した。
テーブルに常備されていたメニュー表が二冊だったため、私とシリウス、それからラムセとキースが組となり一緒にみていたのだ。
ライズ王子が城に滞在をと進めてくれたけど、城に戻る気なんてさらさらない。
――あの第一王子もライズ王子のように、少しは庶民の気持ちを理解すればいいのに。
ん?待てよ。
ライズ王子って元々庶民出身って言ってたわよね?
ってことは、あの生粋の王子である第一王子も庶民の生活をさせればいいんじゃね?
まぁ、でもあの男がやるわけないか……
「そうね。ひとまず食事して、宿探しね」
私の言葉にシリウスは頷くと、メニュー表に視線を移すが、すぐに「あら?」と言って首を傾げてしまう。
もしかして、シリウスも文字が読めないのかな?
魔王達が使っている文字と違うみたいだし。
「シリウスも読めないの?」
「いえ、こちらの字は読めるわ。でも、メニューにある料理の名前からどんな食事なのか推測出来ないの」
「んー。じゃあ、シリウスも店員さんにおすすめ聞く?私もわかんなんくて、そうするつもりだし」
「そうね。それもおもしろそうだわ。私も美咲と同じようにするわね」
「わかった。んで?そっちの二人は?」
私はメニュー表を端にかたづけると、ラムセとキースの方を見た。
彼らはもうすでに決まっていたらしく、メニュー表から目を離してそれぞれバラバラの方向を見ている。
ラムセは納得がいかないのか不機嫌そうに顔を歪め腕を組んだまま私の顔を、一方のキースに関しては言わずもがな。
えぇ、彼は目をハートにしながら、シリウスを見つめ中です。
それを見て私は「キースって、メニュー決まっているのか?」とも思ったが、お腹もすいたし気にせず軽く手を上げ店員さんを呼んだ。
だが、そこでちょっとしたハプニングが起こってしまう。
……あれ?
カウンターの前には白いエプロンにベージュのワンピースを来た女性が立っているんだけど、その人の様子が挙動不審。
ぱっと見普通の人。年齢は私とあまり変わらなそうで、ポニーテールを結っている。
その人は銀色のトレイを持ったまま右往左往に動き回り、やがてぴたりと立ち止まると、ブリキのおもちゃのように首を店内の中心へと動かしていく。
そうしたかと思うと、とある一点見つめ顔を朱に染めると、急に手にしていた銀のトレイで顔を隠し、ばっとすぐそばにあった扉をあけその中に入ってしまった。