11 暗雲
一応、私は魔王の婚約者という身分だ。
でも、私はただの一般庶民の学生。
だって貴族とかじゃないし、実家も元八百屋で現農家。
魔界に住んでアパート代と食費は浮いているから、バイトも前より減らしたけど、
相変わらずの掛け持ち生活だし。
だから、いくら魔界に住んでるとはいえ私はなんら変わってない。
所帯じみた所も金銭感覚や食も――
「無礼だよな。美咲様に、このような質素な食事なんて」
「あぁ。これじゃあ、本当に囚人扱いじゃないか」
これ、質素なのか……?
キース達の言葉に、私はそれに視線を移しながら首を傾げた。
それは地べたに置かれた私の夕食。
給食みたいに、銀トレイの上に食器に入った食事が並べられている。
丸いパンと白いお椀に入った野菜の入ったスープ、それに小皿にのったオレンジ色の果物らしきもの。
もちろん、周りにいるキース達も同じ。
想像していた監獄の食事より、これが思いのほかよかったって印象を受ける。
だって、果物ついているじゃん。
只今、ちょうど夕食中。
私は格子を見るように壁に背を向け座っていて、みんなは、私を中心に円を描くように座ったいる。
「いくらなんでも魔王様の婚約者様にこれは……」
「もしかしてさ、魔界で私が毎回豪華なフルコースの食事を食べてると思ってる?」
「違うんですか?」
「違うよ。来客来たら別だけど」
基本的には料理長達が作ってくれている、栄養バランスも量も完璧な魔界料理を頂いている。
魔界の料理って言っても、私たちが普段食べているのとなんら変わりないんだ。
……時々、何これ!?って思う物体もあるけど。
もちろん、日本食も食べるよ。
味付けのりとか、たまに買ってきて食べたりする。
結構、魔王にも評判がいいんだ。
ただ、どうしても魔王に毎回止められちゃうものがあるんだよね。
それは納豆。
「腐った豆は食べてはならぬとあれほど言っておるだろう」とか言って、取り上げようとするんだよね。
納豆はそういうものだって毎回言ってんだけどさ。
一回食べさせてみれば理解して貰えるって思ったら、逃げられた。
なんか、匂いが駄目みたい。
だから、魔界の食事食べたり日本食たべたりで食生活は普通なんだ。
「私は普通の食事だよ。お弁当も持っていくし。それに考えてもみなよ、あぁいうのばかりなら私カロリー過剰摂取になるじゃんか」
「言われてみればそうですね」
「そうそう。だから――……え?」
私の言葉はそこで止まったしまった。
それは突然耳に届いた女性の悲鳴のような声のせい。
その声は階段を下りてくる足音と共に、だんだんと近づいてきている。
「何……?」
何が起こっているのかと格子に近づいて見てみれば、両端を男達に掴まれ引きずられるようにして看守に引き渡される女性の姿が見えた。
背格好から、年の頃は16~18歳ぐらいかな?
亜麻色の腰までのびた髪が印象的な、綺麗な顔立ちの人だ。
ただ少し気になる事がある。それは彼女の姿。
少し痛んだベージュの足首丈の半そでワンピースという格好をしているんだけど、それが何か汚れでシミが広がっている。ワンピースだけじゃない。
彼女の顔にも泥が付いている。
それから――彼女の右腕。
手首から肘にかけての一部分が赤くなっている。
「お願いします!!話を聞いてください!!」
彼女の悲痛な叫びが私たちの牢まで響く。
だが、そのような声も看守には届いていないようだ。
何事もないように彼女を引っ張り空いている牢へと連れて行こうとしている。
「国王様との謁見を!!村が……」
なおも彼女は抵抗しながら看守に訴えていた。
一向に聞いてくれない看守に対し彼女の抵抗が強くなっていく。
そのかいあってか、看守の手が離れ彼女の身が一瞬自由に。
だが、彼女は逃げることはできなかった。
それは急に自由になったため、バランスを崩した彼女が地面へと倒れこんでしまったせいだ。
あれ……?
彼女が倒れた弾みで、何処かに隠していたが飛び出してきたのだろう。
長さが20㎝ぐらいの長方形の紙が、ちょうど私たちの牢の前で止まった。
「ねぇ。これってさ……」
「はい。俺も今、美咲様と同じ事を考えてます」
その紙の形状と彼女の発言の内容から、私たちはどうやら同じ推測をしたらしい。
キースが格子の隙間から手を伸ばし、それを掴んだ。
そしてそれを広げさっと中を読んでいくキースの顔がだんだんと曇っていく。
――あぁ、やっぱり。
私は自分の想像が当たっていた事に対し、格子を掴んでいた手に力が入った。