10 どこの魔王様ですか?
「ちょっと、出しなさいよ!!聞こえているんでしょ!?看守ーっ!!」
私はガシャンガシャンと格子を揺すりながら、自分が今出せる最大の声量でどなり散らしていた。
普段こんな声出したら近所迷惑のレベルだけど、今はしょうがない。
危機的状況に陥っている最中だから。
――あいつら、絶対に聞こえてるくせに!!
こんな大声を出しているのだから、たかが5mぐらい離れている彼の耳には届いているはず。
だが、そんな私のことを彼は一瞥する様子がなかった。
看守は私達のいる牢から、斜め方向にある地上と地下を繋げている階段付近にいる。
左右に分かれ、唯一の入り口を警護しているのだ。
二人とも同じ灰色の衣服に身を包み、数十個はあろうである鍵の束を腰にぶら下げ、槍を右手に持ち、直立不動の体勢を取っていた。
「お前ら、聞こえてるんだろ!?無視すんなっうの!!」
それでもなお無視をし続ける看守に、私はイラつきが押さえられず格子を蹴った。
スニーカーを伝って、じわりと痺れが足に伝達する。
そんな鈍い感覚を味合わなければならないほど、私は自分の感情を抑える事が出来ない。
こういう時こそ冷静さが必要だというのに、私はただ感情をぶつけているだけ。
わかってはいるけどさ……
どうしても感情で動いてしまう。
これも全てあの馬鹿王子のせい。
私達はあれからあの馬鹿王子の命令通り、この地下牢に閉じ込められてしまったのだ。
しかも、私と騎士分けずまとめて放り込むし。
普通男女わけるだろが。
この地下牢、一旦収容するだけの施設。
罪の重さにより処遇が決められ、そして郊外にある監獄に移送という形をとられるそうだ。
だから逃走を図るなら、今のうちに図らねばならない。
冗談じゃないっうの。
何も悪いことしてないのに、こんな目に遭わされるなんてさ。
「美咲様」
「何?」
「あの者達はここを開けることは絶対にしません。少し落ち着いてお休みになられてください」
キースに肩を叩かれ諭されるが、それでもなお私は格子を揺らしながら声を張り上げた。
私だって理解してるよ?
こんな事していても無駄だって事ぐらい。
でも何かしてないと気がまぎれない。
じっとしてて考えるのは、ネガティブな事ばかり。
もし、罰せられたら?
もし、処刑されたら?
そんなマイナスなことがぐるぐる頭の中を回っていく。
はぁ……どうしよう。
異世界召喚してから何十回目となるかわからないため息を私はまた吐き出した。
ため息なんて吐きたくもないのに、出るっうの。
何か作戦を考えねばって思うんだけど、浮かんでくるのはありきたりなテンプレばかり。
その一、「トイレ行く」って言ってここから出して貰い看守をボコボコにして脱獄。
その二、色仕掛けで看守を誘惑。
その三からは以下省略で、どれも私にとっては非現実のものなんだよね。
「美咲様。魔界の方はいつごろこちらに来て下さるかわかりますか?」
「たぶん、魔王の熱が下がって風邪が治ったら来てくれると思う」
「は?風邪?」
「……何?もしかして知らなかったの?」
「はい」
他の騎士も見ながら、「あんたたちも?」って聞いたら頷かれた。
「元々私がこっちの世界に来たのは、空間の歪みのせいなの」
「それは伺ってます。茨の扉から来たと」
「そう。知っていると思うけど、あの扉の空間を管理してんのは、魔王。それが風邪ひいちゃって高熱出して寝込んだせいで、魔力が不安定になり、空間に影響しちゃったのよ。そこへ私が護衛もつけずに一人でやって来て、扉からこっちの世界に引っ張られちゃって人間界に来ちゃったわけ」
それは私の過失だ。
一人のこのこやってきてしまったから。
「では、今すぐに魔王様達が助けに来て下さるのは無理ですね」
「だろうね」
映画や漫画では、いつもこういうピンチになったら、ヒーローが助けに来てくれる。
だけど、それはしょせん物語の中だけ。
現実は、そんな都合よくいかず自分でなんとかしなくっちゃいけない。
「意外ですね」
「そう?誰だって風邪ぐらいひくでしょ」
私みたいに体質で引きにくい人はいるかもしれないけど、引かないわけじゃない。
「いえ。そういうことではなく、あの魔王様が弱っている姿を人に見せるなんて想像できないんです。やはり美咲様だからでしょうかね。魔王様、いつも威厳にあふれ、威圧的な方ですから。あのお美しさのせいもあるかもしれませんけど」
「あ~、わかるわかる。近づきたくないんだよな。なんっうか、空気が張り詰めていて」
「俺も騎士団で王子の護衛した時に、一回だけ見たけどすごいよな。神々しいオーラがあって怖い」
口々に言う彼らに対し、私は面食らった。
威厳あふれる?威圧的?
魔王からは想像もできない言葉だ。