初めての夜と夜明け
俺が目を覚ますと、すでに外は夕方になっていた。ベッドから起き上がると、ちょうどドアをノックする音と、エニスの声が響いた。
「ヨーイチさん、ご飯ができましたよ」
「ありがとう、すぐ行くよ」
俺は立ち上がってドアを開けると、エニスが笑顔で立っていた。
「さ、行きましょう」
エニスは俺を先導するように歩き出した。もちろん俺は黙ってついて行った。そして、テーブルのある居間に入ると。
「いらっしゃーい」
エリンさんとタスさんの夫婦が派手に迎えてくれた。テーブルの上を見ると、なかなか結構なごちそうが並んでいるというのはよくわかった。
「さあ、今日はヨウイチさんの歓迎会だから、遠慮なく食べてね」
エリンさんはそう言って俺の前に何かの肉とか、なんか穀物類とか、パンみたいなものをどんどん置いていった。悪い気はしない。
俺はそれをどんどん胃袋に納めていった。この馬鹿力のせいか、自分でも驚くくらい食べることができる。
スラナン一家はそんな俺の様子を楽しそうに眺めている。いい人達だ。ただ巻き込まれただけとは言え、この人達の助けになるならそう悪い気もしないか。
その食事中にわかったことが一つ。タスさんは見た目はごついけど、地図職人らしい。まあ、地図を作るのは色々歩き回る必要があるから驚くことでもないか。
俺は腹一杯食べて部屋に戻り明かりをつけるとベッドに横になった。あー、食ったなあ。
そうやって横になってると、勉強のことが気になってきた。俺は無理言って浪人生やってる身なんだから勉強はしなきゃいけない。
とりあえず心の中であのじいさんに呼びかけてみた。
「なんだ、何か用か?」
出てきたよ。
「ちょっと頼みがあるんだ。俺が使ってた参考書とノートとかをこの世界に送ってもらいたいんだけど」
「それならかまわん。次元の鉄槌と同じように出せるようにしておいてやろう」
「参考書よ、その姿を現せ! とか言うのか?」
「そうだ。便利だろう」
ここはあんまりつっこんでもしょうがないな。
「便利ですねえ」
「そうだろう。頼んだぞ」
じいさんがこの通話みたいのを切ったのはわかった。俺はせっかくだから手をかかげて参考書を呼び出すことにした。
「えー、数学の参考書とノートよ! その姿を現しわが手におさまれ!」
次の瞬間、俺の手の中には見慣れた数学の参考書とノートがあった。ああよかった。これで勉強はできるから、後はしっかり帰れるようにするだけだな。
俺はしばらくの間勉強をして、明かりを消すと本格的に寝ようとした。眠れないかとも思っていたけど、そんなことはなく、すぐに意識がなくなった。と思ったら。
「あー、一つ言い忘れてた」
またじいさんか。
「なんだよ」
「次元の鉄槌は君の想像力しだいで、様々な形にすることができる。役に立つだろうからうまく使ってくれ」
俺は返事をせずに、眠るために再び目を閉じた。
たぶん翌朝。俺は鳥の鳴き声で目を覚ました。着替えないで寝たので服はよれよれだった。そこにちょうどノックの音が響いた。
「ヨーイチさん、起きてますか?」
エニスだった。俺は立ち上がってドアを開けた。
「おはよう」
「おはようございます」
俺が挨拶をすると、エニスは礼儀正しく頭を下げて、手に持った服を俺に向かって差し出した。
「着替えたら朝食ですから、すぐに下りてきて下さいね」
「ああ、わかったよ」
俺は服を受け取ってドアを閉めると、手早く着替えた。下に行くと、エニスとエリンさんの2人だけがテーブルについていた。
「あれ、タスさんは?」
「お父さんは仕事で早いんです」
「そうなんだ」
俺が席についてテーブルの上を見渡すと、さすがに昨日のような豪華なものではなく、オートミールのようなものと、ドライフルーツの他にりんごみたいな果物が並んでいた。
俺はゆっくりとそれを食べてから、なにか紅茶みたいなものを飲んでまったりしていた。
「今日はヨーイチさんはどうするんですか?」
「とりあえずギルドに行こうと思ってるよ」
「それなら私も一緒に行きます」
エニスは気合が入ってるらしい。
そういうわけで俺も手伝って後片付けをしてから、エニスと2人でギルドに向かった。