不穏な雰囲気
それから一ヶ月半くらいはなにもなかった。
私とケインはパトロールをしたり兵舎で訓練をしたりしてすごしていた。
最近はなんとなくエセーナの態度も軟化してきたような気がするし、平和と言っていい雰囲気だった。
このまま何事もなく終わればいいんだけどね。
「どうもおかしいですね」
ケインは大型のネズミみたいなのを斬り捨てながらつぶやいた。
「どういうこと?」
「このネズミは普通はこんな昼間から姿を現すことはありませんし、少数の異常行動として片付けるには数が多すぎます」
「なにかおかしいことが起こっているっていうことなの?」
ケインは黙ってうなずいた。
「また魔獣っていうこと?」
「そうかもしれません。ネズミが向かってくるのはどうやらあちらのようですね」
ケインは町とは反対側の方角を指差した。
「やっぱり見に行かないと駄目、か」
「放っておくわけにもいきませんから」
やれやれ。
そういうわけで私はケインと一緒にその方角に向かったけど、今日は特に何も見つからなかった。
このまま何もなければいいんだけど。
でもそううまくはいかないもので。
「総員起床!」
その夜には兵舎に叫び声が響いていた。
私が部屋を出ると、ちょうどケインと鉢合わせした。
「なにがあったの?」
「わかりません。魔獣でなければいいんですが」
外に出ようと急いでいると、エセーナと出くわした。
「城壁に急いでください! 見れば状況はわかります!」
城壁に登ってみると大量の松明が辺りを照らし、下にいるネズミ達がよく見えた。
「数は多いみたいだけど、あれがそんなにすごい大事?」
「いえ、問題はあれが何から逃げてきたかということです」
ケインは小さな瓶を取り出し、それを一息で飲み干してから地平線のほうをじっと見た。
肉眼で見えるような明るさはないから、当然ここは私のパワードスーツの出番だ。
センサーはネズミの大群のせいで役に立たない。そこは望遠カメラと暗視装置での目視に頼るしかない。
それでじっくりとケインの見ている方向を確認した。
何か巨大な塊が見える。岩? じゃない、動いてる。
「まさかあの岩みたいなのが魔獣?」
「見えたようですね」
ということはケインにも見えてるっていうこと。ああ、さっきの薬か。
「二人とも、何を言っているんですか」
エセーナはいらついた声を出した。
ケインは前を向いたまま、巨大なものを確認した方向を指差した。
「まだ距離はありますが、かなり巨大な魔獣がいます。おそらくビッグホーンでしょう」
「そのビッグホーンっていうのは?」
「できれば関わりたくない相手ですね」
ケインは私の質問に難しい顔で答えた。エセーナのほうはとんでもなく暗い表情になっていた。
「町に近づけるわけにはいきません。なんとか違う場所に誘導しないと」
「それがいいでしょうね。あれほどのサイズでは、城壁が持ちこたえられるかどうかわかりませんから」
陽動ね。で、それをやるのは当然。
「マモルさん、私達で行きましょう」
やっぱりそうなる。
「エセーナさんはここで指揮をお願いします」
ケインの一言にエセーナは苦い顔でうなずいた。
「頼みます」
ケインは普通に城壁から降りて、私は飛び降りた。
ネズミを蹴り飛ばしながら待っていると、ケインが降りてきた。
「ケイン、乗って!」
私は姿勢を低くしてから、ケインが乗れるように腕を伸ばした。
ケインが腕に乗って、しっかり肩のあたりにつかまったのを確認してから、私は前進し始めた。
「速度を上げてくよ」
全速前進、ではなくて、半分くらいの速度で急いだ。
そして、さっきは何かの塊としか見えなかったものが何であるかわかってきた。
たぶん全長二十五メートルくらいで高さは十メートル、毛深くて二本の短いが太い角が生えている。
まあ、牛だね。
「これはまた、巨大なビッグホーンですね」
そう言いながらケインは私の横に降り立った。
ここまで来るとネズミはいないから動くのに支障はない。
「それで、こいつをどうするの」
「今は半分寝てるようですから、とりあえず起こさないといけません」
ケインはビッグホーンの後方を指差した。
「あちらに誘導することにしましょう」
「ここで倒さないの?」
「そうするにしても町に近すぎます。一度暴れだしたら抑えるのはかなり大変ですから」
「まあ、これだけの巨体ならそうか」
私達はケインが指定した方向に移動して、ビッグホーンとある程度の距離をとった。
「マモルさん。あれを倒せますか?」
ケインがいきなり聞いてきた。
「できる」
もちろん断言した。
「アタッチメント! マシンガン! アンド! グレネードランチャー!」
まずは様子を見ながら、あれの足を止める。
「あまり前に出すぎないようにしてください。無理に倒すよりも、まずは町から引き離すことが最優先です」
「了解」