パジャマで異世界おじゃまします
俺は気がつくと草の上に倒れていた。立ち上がってあたりを見回すと、どうやら森の中にある草地らしかった。
「なんだよ、ここ」
あのじいさんのいた空間に来た時と同じようにつぶやいてみたが、今度はそれに答えるものはいなかった。俺は自分の着ているもの、パジャマを見下ろして途方に暮れた。
たしか、あのじいさんは違う世界とか言ってたから、ここは俺がいたところとは全然違う世界なんだろう。それで、どうしろと?
とにかく、こんなところに突っ立っててもしょうがない。とりあえず森に向かって歩き出そうと思ったら。
「誰かー!」
後ろから助けを求める叫び声がして、俺は慌てて振り返った。せいぜい15歳くらいの女の子がこっちに走ってきていた。その子はいきなり俺の後ろにまわりこんだ。
「助けてください!」
「え? なにを? なにから?」
俺は混乱しながら振り返ろうとしたが、女の子は俺の後ろから前方を指差した。
「あれです! なんとかしてください!」
そのあれが姿を現して、俺は言葉を失った。身長3メートルはある、なんというか熊、そう熊。でも2足歩行してる。爪も牙もすごい。
逃げよう! と思ったが、後ろに女の子はいるし、この子を抱えて逃げ切れるとも思えない。その迷いが俺の動きをにぶくした。
気がつくと熊っぽいなにかは、俺に向かって腕を振り下ろしていた。
「くそっ!」
俺は無駄と知りつつそれを腕で防ごうとした。目をつぶって、さよなら人生。と思ったが、腕には大した衝撃もこなかったし、人生とさよならすることもなかった。
目を開けてみると、驚いたことに熊の一撃を俺の腕は完璧に受け止めていた。熊も驚いてるみたいだった。
「よくわからんが!」
俺は驚いている熊の手をがっしりとつかんだ。熊はそれだけで苦しげなうめき声を上げた。
「消えちまえー!」
そのまま熊を横に投げ飛ばした。熊は鮮やかに飛んでいって木に激突した。熊はよろよろと立ち上がり、そのまま森の奥に逃げていった。
俺はとりあえずその場に座り込んで自分の手を見つめた。さっきはとんでもない力だった。と、思っていたら、後ろにいた女の子が俺の前にまわって、顔を覗き込んできた。
「すごい! すごいです!」
茶色で肩くらいまでの髪と同じ色の瞳、顔は幼い感じでかわいい子だなあ、とか俺はぼんやりと考えていた。よく見ると、着ている服はなんというか、ファンタジーの一般人という感じだった。ああ異世界だ。
「あの、大丈夫ですか、どこか怪我でも?」
返事をしない俺を不審に思ったのか、女の子の表情が曇った。
「いや、怪我はないよ。君のほうこそ大丈夫かい?」
「はい! 助けていただいたので大丈夫です!」
女の子は俺を立たす気なのか、手を差し出してきた。俺はその手を握ろうかと思ったが、さっきの馬鹿力を思い出してやめた。
手を握り潰しちゃうかもしれない、たぶんこの力はあのじいさんが何かしたんだろうな。加減ができるようになるまで、下手に他人には触れないほうがいい。
俺は自力で立ち上がり、女の子と向かい合った。
「俺は宮崎要一、要一ってよんでくれ」
「ヨーイチ? あたしはエニス、エニス・スラナン。よろしくね」
女の子、エニスはそう言ってにっこりと微笑んだ。うん、癒される笑顔だ、いいね。
そう思ってるとエニスは俺の全身を不思議そうに眺めた。
「あのー、ヨーイチさんのその服は、変わった服ですね」
「いや、これは寝る時の服なんだけど」
「寝る時? 寝てたんですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
なんて説明すればいいんだろう。俺は悩んだが、エニスは追求はやめることにしたらしかった。
「あの、よかったら私の家に来ませんか? 困ってることがあるなら、お手伝いできることがあるかもしれません」
「え? いや、そうしてくれるなら助かるよ」
俺にとっては実にありがたい話だった。何しろこの世界のことは何もわからないし、パジャマで冒険なんて冗談じゃない。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。家は遠いのかい?」
「そんなに遠くありません。でも、その前に荷物を投げ出してきちゃったので、それを拾ってからでいいですか?」
「ああ、もちろんいいよ」
俺はエニスの後について森の中に入っていった。しばらく歩くと手提げのかごが投げ出されていた。
なにかの草やら木の実やらが散らばっていたが、エニスはそれを拾い集めた。もちろん俺も手伝ってかごにそれを入れた。
「これって何かの材料かなんかかな?」
「はい。私の家に着けばわかりますよ」