パトロールだよ
それから色々あって、俺とセローアは熊のタローを引き連れて町の周辺のパトロールに出かけた。
「ところで、セローアはなんで小さいんだ?」
「小さいって言うな!」
セローアは俺のスネを蹴ってきた。痛いよ。
「ごめんごめん」
俺が謝ると、少し機嫌が直ったらしかった。
「まあ、ヨウイチは異世界の人だから、これくらいで勘弁してあげるわ。それより、あなたのすごい力っていうのを早く見せてよ」
「それはまあ、そのうち見せることになると思うけど」
「そのうちじゃなくて今見たいの!」
仕方がないな。
「次元の鉄槌よ! その姿を現し我が手におさまれ!」
頭上に現われた鉄槌の形をした光をつかむと、それは実体化して俺の手におさまった。
「おー!」
セローアは手を叩いて歓声をあげた。前を歩くタローは鉄槌の雰囲気を感じたのか、立ち止まって、なんとなくおびえた感じで振り向いた。
「よくそんなもの振り回せるわね」
そりゃ、ここに来る前の俺なら無理だよ。
「まあ、俺専用みたいなもんだから」
「なるほどなるほど」
セローアは鉄槌をぺたぺた触りながらうなずいていた。
「これは私が知ってるどんな物質とも違うわね」
やっぱり特殊なものなんだな、これ。
「詳しいんだな」
「ふふん、当然よ」
セローアは胸を張った。やっぱり平らだけど。
「すごいな。それじゃ、見回りを続けようか」
そのまま、俺は鉄槌を肩にかつぎながら歩いた。そしてこの間の森の辺りまで来ると。
「ちょっと待って」
先を歩く俺とタローをセローアが止めた。俺が振り返ると、セローアは難しい顔をして目を閉じていた。
俺が首をひねって見ていると、セローアは目を閉じたまま首から下げているアミュレットを手に取り、顔の高さにかかげた。
そのまま数十秒。セローアは目を開いた。
「ちょっと危ない感じがするわね」
「危ない感じ?」
「そう、大きな魔獣の気配。まだあまり近くじゃないけど」
魔獣か、またこのタローみたいな奴らが来るのか?
「違うわ」
俺の心を読んだ?
「そのオーガベアーよりも強力よ。まだ距離はあるみたいだけど、この調子なら三日後くらいにはここまで来るかもしれないわ」
「三日後?」
そんなことまでわかるもんなのか。
「そうよ、今日は大したのは出てこないと思うけどね」
便利なもんだ。そういうことなら、今日は適当に済ませて、その大きな魔獣っていうのに集中したいね。
そんなわけで、このパトロールは何事もなく終わった。
タローは町の入口につないで、俺とセローアはギルドに戻った。中にはケインと後何人かがいた。
ケインはすぐに俺達に気がついて声をかけてきた。
「見回りは終わったみたいですね、どうでしたか?」
「ぜんぜーん」
セローアはそう言って首を横に振った。
「三日後くらいに大物が来ると思うけど、それだけ」
俺は座っていたケインに近づいて小声で聞いてみることにした。
「これはあてになるのかな」
「なりますよ。彼女の言うことはよくあたりますから」
「それじゃ大物っていうことは」
「油断できませんね。先日のオーガベアー程度では彼女の感覚では小物です」
あれが小物? じゃあ大物って言ったらどんなのなんだよ。
「では、私はこれから見回りに行って来ます」
ケインは立ち上がるとテーブルの上の剣を腰に下げ、ギルドから出て行った。
俺はそれから適当な椅子に座って誰も見てないのを確認した。
「英語の参考書よ… その姿を現し我が手におさまれ…」
聞かれると怪しいし、俺は小声で参考書を呼び出した。
「へえー、それもあの次元の鉄槌とかいうのと同じようなものなの?」
セローアに見られてた。
「まあ、この世界のものじゃないってところは一緒だと思う」
「本、みたいだけど見たことない文字ね」
「俺の世界の本だからね」
「ふーん。興味はあるけど、見てもしょうがなさそうね」
もっと食いついてくるかと思ったけど、セローアはあっさり引き下がった。
「暇があったら教えてもらうわよ」
それだけ言ってセローアは外に出て行った。それからしばらくの間は誰にも邪魔されずに勉強できた。
「聞こえるか?」
そうしてると、いきなりあのじいさんの声が聞こえてきた。俺は小声で応対することにした。
「なんだよ」
「ちょっと言うのを忘れてたのだが、元の世界とその世界の時間のずれの話だ」
「時間のずれ?」
「そうだ。簡単に言うと、その世界での三日が元の世界での一日になる」
時間の流れ方が三分の一? つまり、届出とかの手続きまで、たしかあと八ヶ月だったわけだけど、この世界では二年間の余裕があるのか。
運がいいのか悪いのかよくわからない話だな。
「つまりこっちの世界で二年以内に用件を片付ければいいのか」
「そういうことになる。ちなみに、次元の歪みから強大な魔獣が現われるのは大体一年後だ」
「じゃあ、最低でも一年はこっちにいなきゃいけないのか」
「そういうことになる。大変なことだが、君に幸運を」
じいさんはそれで交信、のようなものを切ったらしかった。
しかし、ラスボス戦は一年後か。そいつが出てきたらすぐに倒せるようにしておかないとな。もちろん勉強のほうも頑張らないと。