第六話 もし人形がクズだったのなら
「いずみ君って、炎を扱えるんだね」
いずみ君としょうや君が争ったそのあとのことだった。僕はさっそくいずみ君へ探りを入れていた。理由はいたって単純。いずみ君は自分の能力に過信しすぎているからだ。それに、さっきの発言からして能力を露呈することにまったくリスクがないと考えていると見た。だからこそ、普通に接していれば簡単に能力の詳細がわかる。
運よくしょうや君の能力の詳細を教えてくれるかもしれないし。
いずみ君は初対面だからか、一瞬びくりと体が反応した。
「え~っと確か...りつ。であってるよな?」
「正解だよ。よく覚えているね。さすがはいずみ君」
まずは褒める。そしてすぐ調子に乗る君は、僕に心を開くだろう。
「それで、能力だったっけ?俺の能力は炎を操る能力。そして、ものも燃やせることができる。つまり、触れた状態で俺に触れたら一発アウトってことだ」
その言葉を聞いて、僕は驚いた。
触れれば一発アウト。初見殺しも初見殺しな能力である。そんな能力を持っておきながら...。
「どうしてこのEクラスにいるんですか?」
そうは聞いたが、僕の中で答えはとうに出ていた。
そして僕が導き出した答えを、彼は告げる。
「対象を物に設定できるようになったのは、クラス分けが終わった後のことだったんだよ。その前は対象にできるのは自分のみ。実質的な未能力者だったんだよ」
いずみ君はぎゅっと手を握って、力強く言葉を放った。
「だけど今は違う。次の特別試験で、それを証明するつもりだ」
「頑張ってね。僕も応援してる」
まあ、君が活躍する場なんてもう来ないけど。
ひそかにそう思いながら話していると、いずみ君はこちらの顔色をうかがいながら、ぽつりとつぶやいた。
「顔色が悪いぞ。どうしたんだ?」
「なんだろうね。僕にもわかんないや。それじゃあね。また放課後少し喋って行こうよ」
急ぎ目に僕は放課後の約束をして、僕はその場を去った。どうしてだろう。よくわからない。いや、きっとそうだ。
僕の中で答えが出た。それは、今やらなければならないことに背く答えだった。
僕はいずみ君を殺したくないのだ。とてもいいひと。あかりと一緒なんだ。明るくて、活発で。人情深くて。そんな彼を殺してしまうのがいやなのだ。
それに嫌気がさしたから、僕は顔色を悪くしたんだ。ああ。僕がクズだったのなら、こんなことを考えなくても容易に殺せたのかもしれない。
授業中、僕は彼のことで頭がいっぱいでン法が外から発信される情報をシャットアウトしていた。
そして気が付けば放課後になり、僕はいずみ君とともにあの森林を歩いていた。
森林の中にある整備された道を頼りに進んで進んで進み続けたその先に、あの崖があった。そう、あかりを突き落としたあの崖だ。そして次に犠牲になるのはいずみ君。
しかし本人はそのことを知らないのか、ポカンとしながらも僕に話しかけてきた。
「お前ってここが好きなのか?」
夕日を見ながら彼は言った。その時の彼はまったく警戒しておらず、いつでも崖に落とせた。しかし、僕の善の心がそれを拒んだせいで落とすことはできず、僕は彼の背後に近寄った。
「いや、好きってわけじゃないんだよ」
そういいながら、胸のあたりを触る。もう大丈夫だ。もう覚悟は決まった。だから...。
「...........僕は君を殺すためにここから突き落とす」
僕は能力を使わず、彼の背中を押した。
今回は透明化も使う必要はない。あれはかなりの体力を消耗する。いざとなったらのとっておきとして使うぐらいに考えよう。
そう思っていた時だった。何者かががっしりと、僕の腕をつかんだ。思いにもよらない光景に僕は僕の腕をつかんでいる手の主を知るべく、だんだんと視点を上へ上げる。
「今、俺に何しようとした?」
にやりと口角を上げながら、僕の腕を放す。
「ただのお遊びだよ。だって、今まさに君は生きているじゃないか」
「だけど、俺があの腕を止めていなければ、確実に俺は死んでいた」
そうか。なら僕がやろうとしていたこともお見通しということか。ということは、あかりを殺したことも...。
「あかりを殺したのはお前だな?」
「...........」
火球を生成しながら、彼は僕に問いかける。
いずみ君は答えにたどり着いた。たどり着いてしまった彼をここで殺さなければ、僕は殺人者としてこの世界では生きていけなくなる。この命を棒に振ることと一緒だ。もう後戻りはできない。軽はずみにやってしまった殺人。だけど、今ここで殺すか殺さないかは、軽はずみでもなく、僕の人生に大きな変化をもたらすことを、僕は理解していた。
だからこそ....。ここでいずみ君には消えてもらう。
「だったらなんなのさ」
能力を発動して姿を隠す。だがすでに火球はチャージを完了しており、能力を発動した直後に、火球は僕のほうへと直進してきていた。そこを前転することでなんとか回避した。
いずみ君はやったと思ったのか、ふぅと息をついた。
その隙を見つけ、僕はとっさに背後に回り込む。
「なんとかやったみたいだな。あと少しで俺が殺されるところだった」
「殺されるところ。じゃなくて、殺されるんだよ」
そうして、首を絞めるために能力を解除し、僕は彼の首を絞めた。
「が...かはっ......」
そのまま首を絞める力を強め、上へ上へと上げていく。
彼はぼやけて見える視界の中、僕のほうを見て命乞いをする。彼が僕を見続けていると、僕の心がどんどん苦しくなっていくのがわかった。後悔。恐怖心。正義感。僕の様々な要素が、首を絞める力を弱めていく。
いや、抑えろ。抑えて、抑えて。僕の人生にかかわることなんだ。だから...僕は僕のためにいずみ君を殺す。
弱めていた力が強くなっていき、彼の眼からはついに涙があふれるようになった。
抑えろ。弱めるな。もっと強く。
そう思ううちに、気が付けば今までよりも倍近くの力で彼の首を絞めていた。彼の涙はもう枯れており、すでに息はしていなかった。
いずみ君は、窒息して死んでいた。
「..........」
胸の奥でもやもやと何かが動いている。これでいいと思うたびに、そのもやもやの動きには激しさが増していく。なんだろう、この感情は。わからない。わからない。わかりたくない。
何かから逃げるように、僕は彼の死体を崖から投げた。
久しぶりの小説なので、少し違和感を感じることがあるかもしれませんが、温かい目で見てくれると幸いです。
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