第一話 もし僕が転生したのなら
なんとなく、目を開けた。気まぐれだった。ただ、必ずと言っていいほど今の僕は何も感じないはずだった。なのに、ほのかに吹く風を感じ取ったから、開けてみた。
見えたのは大木。それも、四階建てのビルと同等の高さだった。それに、葉と葉の隙間からほのかに見える日光が気持ちよかった。
そのせいで、僕はせっかく目を開けたのにまた目を閉じてしまった。
それはふとした時だった。僕の視界の周りで、紫の光の粒子が飛び交っていた。こんな現象は、僕の知らないものだった。だからこそ、僕は驚いていた。
次第に粒子のようなものは数を減らし、今までさえぎってきた僕の周りの光景が見えてくる。そこでかすかに見えたのは、石煉瓦でできた古びた壁。それと、金色の詩集が細かく入っている赤色のじゅうたんだった。
視界が完全に開け、僕はそのじゅうたんが続くほうへ目を追っていく。そこにあったのは、王座だった。それはきっと、アニメとかでよく見る典型的なデザインをしていたからだろうか。それとも、現実味を帯びていないせいなのだろうか。
ただそれだけではなかった。王座には、誰かが座っていた。僕より少し小さくて、髪の毛が肩までかかっている。だけど、背後に斜陽という名の光源があるゆえか、詳細は不鮮明だった。
「成功したか。まずはおめでとうと言っておこうじゃないか」
王座に腰かけたまま、ゆっくりめではあるが、そいつは拍手をした。
「ここは?」
「ここはアルベルト王国。魔王がいると有名な国だ」
「魔王?」
よく見た王座。よく見た設定。明らかにテンプレ過ぎて、何か見落としていないのかと疑ってしまう。
ただ、それよりも気になったのは、なぜ僕がここにいるのかだった。
「僕が知る限り、魔王がいるなんてゲームの設定だけですけどね」
「ゲームか。全く違うが、一つ言えることは、お前はこの世界に転生したということだ」
その瞬間、太陽の光は徐々に明るさを失っていき、しとしとと、雨が降ってきた。そのおかげで、さっきまで僕と話していた人物の影がなくなり、くっきりとその姿が見えた。
黒い髪に血液のような赤い瞳。しかしその瞳には光はなかった。
「そして、私が魔王だ」
衝撃の言葉が、彼女口から放たれた。しかしその言葉を信用できなかった僕は、ため息をついていった。
「魔王なら、何ができるか。ここでやってみてくださいよ」
「いいんだな?」
僕に一歩近づいて、彼女は言う。
せっかくの忠告だったのだが、僕は無視して挑発した。
「いいですよ。もしできなかったら、僕をもとの世界に帰してもらいます」
「わかった。その勝負、乗った」
そういって、彼女は僕の頭に掌を乗せる。
次の瞬間、僕の記憶が掘り起こされるのだった。
「ようやく終わったよー」
背筋を伸ばしながら安堵の息を漏らし、僕こと篝義 律は、夕日を眺めて席を立った。
高校生活1年目のこの秋。ようやくこの生活に慣れてきて、高校生が板についてきた。とはいえ、あまり話すことには慣れていないせいか、クラスメイトとは少ししか話せていない。それでも、少しの友人ならできた。それが、唯一の救いである。
そいつらとは、校門前で集合して一緒に帰ると、今日約束をしていた。ついでに帰ったらゲームをするという約束も。
最近はどうもエイムが悪くなってきたから、直していかないとなぁ。そう。自身の欠点について分析していると、気が付けば校門前にまで来ていた。
「遅いぞー。ほら。早くしないとおいてくぜ?」
「りっちゃんは自転車で時速50km/h出るんだから。きっと足も速いし、問題ないでしょー」
僕を催促する山岸琉人に便乗して、半沢千裕はかまをかけた。
「話誇張しすぎな。そこまで速度は出ないよ。しかも、足はあまり早くないし...」
彼ら二人の元へ着くなり、僕は少し突っ込みを入れてみた。
「そうかねぇ。案外お前は足早いけどな。自己肯定感低すぎ」
そういって、琉人は僕の肩を優しくたたいた。彼のやさしさに、僕は少し肩の力を抜いた。
しばらくして交差点に差し掛かり、信号が赤に転倒していたため、僕らは足を止めた。
「なぁ、帰ったらカラオケ行かね?」
「えー。僕はいいかな。帰ったら寝たい」
「どうしてだよ~。つれねぇな~」
「だって、この後柔道とかいろんな習い事しなきゃいけないんだもん」
「大変だね」
「ほんと」
僕がため息をつくと、それと同時に信号が赤から青に変化し、僕たちはまた歩き始めた。
いやだなぁ。なんて思っていたせいか、彼ら二人とはずいぶんと差ができていた。とはいえ、信号は青。ゆえに、僕はゆっくり歩きながら二人を思った。
そんな時だった。ぷーっ!!と甲高いクラクションの音が交差点内に響き渡った。思わず僕は音のした方向へ振り向く。そこには、驚いた顔をした老人が運転するプリウスが僕へ直進してきている光景が広がっていた。
次の瞬間、激しい痛みが僕を襲った。まるで、400kg以上の鈍器で叩かれたような、そんな痛みだった。空中に投げ出された僕は、目をかすかに開けながら、バタンと音を立てて地面に倒れこんだ。
意識は、おぼろげだった。視界に移る光景の解像度は悪く、白くて緑色の何かが僕を揺さぶっているくらいしか理解できなかった。
もっと、やりたいことがあった。
友達と遊びに行ったり。僕の素を見せて、分かり合ってもらったり、楽しい思い出をたくさん作ったり。そしてなにより、恋をしたかった。だけど、プリウスミサイルのせいでこの思いを果たすことはできない。
こんなところで、死にたくなかったなぁ。
薄れていく意識の中、僕は思うのだった。
「どうだ?」
彼女が言った。
過去を掘り起こすことができるなんて、ありえなかった。魔法のような何かを使っているとしか考えられなかった。
「認めるますよ。あなたが魔王だってこと。疑って申し訳ありませんでした」
「案外素直なんだな。てっきり、もう少し疑ってくるのかと思っていたのだが」
「僕からしたら、超能力のようなものを使えるのはあなただけしかいないので」
「まあ、お前はその超能力、正確に言うと『能力』を見てくることになるのだがな」
「どういうことですか?」
少し驚いた表情をしながら、僕は聞くことにした。
「お前には、これから能力育成学園に通ってもらう」
能力育成学園。てっきりファンタジーのような学園の名前をしているのかと思ったが、案外日本人と同じようなセンスをしているのだな。と、僕は思った。
「それはなぜですか?」
「決まっている」
彼女はにやりと笑い、そして高らかに、僕に言った。
「世界を征服するためだ」
その瞬間、僕ははぁとため息をついて、ジト目で彼女を見た。
彼女はそれに気が付いたようで、僕のほうを見て声をかけた。
「もちろん通ってくれるよな?」
「いやd...」
断ろうとしたとき、僕の背筋に電流のようなものが走った。鋭い痛みに、思わずうっ...!と声を上げた。
それでも、僕は断ろうとした。なぜなら一刻も早く家に帰りたかったから。
しかし、先ほどと同様に電流が走り、僕はその痛みで倒れた。
「私とお前との関係はいわば主従関係。私の命令に背けば、お前に電流が流れる仕組みになっている。つまり、お前は私の命令には逆らえないのだ」
「わかりましたよ。通います」
立ち上がりながら、僕は言った。
「その代わり、僕をもとの世界に戻すことを約束してほしいです」
「約束しよう」
彼女はしばらく考え、手を差し出していった。
「自己紹介がまだだったな。私の名前はるり」
「篝義 律です。これからよろしく」
るりの手を優しく握って、僕たちは正式な主従関係を結んだ。
るりが背中を向けて別の部屋に行こうとした、そんな時だった。るりは何か思いついたような顔を浮かべ、僕のほうへ振り返った。
「お前、身体能力はどれほどだ?」
「えっ?」
突拍子な質問だったため、僕は声を漏らした。
「能力育成学園についてと、どうしてお前がそこに通うことに関係ある。まず、あそこは...」
るりは間をおいて、能力育成学園について話し始めた。
「まず、能力は年齢によって最大出力が変化する。その最大出力は生まれてから次第に成長し、20歳で人生の中で一番出力が出せるようになる。しかし、その後は次第に衰えていき、60歳になると能力が使えなくなる。そして、能力育成学園は昔でいう高校生、いわば16~18歳が入学する学園になっている。そう、能力を強化するために。そして私は世界を征服するために、そいつらを何としてでも抹殺してやりたい。そこで、お前には一学年の学園の生徒たちの抹殺と、学園の破壊をさせようとしているわけだ」
しばらく間をおいて、るりは言った。
「しかし、その前に総合力を検査されるんでな。その中に身体能力や知識の項目も入っている。入学できなければ、本末転倒なんでね」
彼女の言葉を聞きながら、僕は別のことを考えていた。
それはつまり抹殺の件。僕にはとても無理な話だった。なぜなら、僕はそういうことをしたことがなかったから。それに、人を傷つけることはしたくないから。
「大丈夫だ。私が後始末をしてやる。お前は殺すことだけを考えればいい」
不安がっている僕を見かねたのか、るりは僕を安心させるために言葉を放った。
しかし、僕にとっては気休めにもならなかった。どうにかして断りたいものだが、断ることはできない。だからこそ、僕は...
「わかりました。やりますよ」
「そうと決まれば訓練と勉強だ。私についてこい」
そういって、彼女は歩いて行った。
「早くしないと、おいていくぞー」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
彼女の言葉に反応し、僕は待ってくれと言いながら小走りで彼女へついていった。
しかし、彼女の言動からして、魔王なのは確実。なのだけれども、どことなく彼女からは優しさがにじみ出ていた。
本当は、彼女は優しいのかもしれない。
道中、僕はそう思うのだった。
久しぶりの小説なので、少し違和感を感じることがあるかもしれませんが、温かい目で見てくれると幸いです。
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