09 神域(日本)の朝ご飯と忘れ物
翌日。わたしが目を覚ました時、サキ様もハナ様もすでに寝室にいなかった。
「あれ!?」
寝過ごした!? そんな、わたしはこれでも規則正しい生活を……いやしてないけど! それでも寝過ごして、神様より後に起きてしまうなんて……!
慌ててベッドから出て、リビングに向かう。何か、何か手伝わないと……。
「あ、おはようティルエル。そろそろ起こそうかなと思ってたところだよ」
「おはよー!」
サキ様とハナ様がテーブルに料理を……つまり朝ご飯を並べているところだった。出遅れちゃった……。とても、申し訳ない……!
「ご、ごめんなさい神様! 手伝わないといけなかったのに……!」
「いや別にそんなルールはないから。ほらほら座って」
「は、はい……」
サキ様に促されて、椅子に座った。
テーブルに並んでいたのは、トースト、というもの。焼きたてのトーストにバターが添えられていて、なんだかバターが輝いているように見える。
香ばしい香りが鼻をくすぐって……。気づいたら、お腹がきゅう、と鳴った。
「うあ……」
「あは。ほらほら、食べていいから」
「い、いただきます……!」
うぅ、恥ずかしいけど……。でも、目の前のご飯には耐えられない……!
早速トーストを持って、一口かじってみる。さくりとした食感がとっても楽しい。バターの味も一緒に口の中に広がって、とても美味しい。
「美味しい、です……!」
「ただのトーストなんだけどなあ……」
つまり、サキ様からすれば、これは簡単に作れるもの……? すごい、わたしも頑張ったら覚えられるかな……。
ぺろりと一枚平らげて、お代わりにもう一枚もらって、最後にオレンジジュースを飲んで……。とても、美味しい朝ご飯だった。恩が……恩がどんどん積み重なってる気がする……!
「さて。それじゃあ、ティルエル」
「あ、はい!」
「私は今日も学校だからさ。ティルエルはできるだけおとなしくしていてね」
「わかりました!」
「大丈夫かなあ……」
移動は最小限に! できるだけ見られないように、軽く外を見て回るだけにしようかなって思ってる。サキ様に迷惑はかけられないから。
「あと、これがお弁当ね」
そう言ってサキ様が箱をテーブルに置いた。長方形の箱で、多分二段組みになってるもの、だと思う。お弁当、ということは……。
「お昼ご飯。帰ってくることはできないから、これを食べておいてね」
「ありがとうございます!」
お昼ご飯までもらえるなんて……! 正直、なくても仕方ないと思っていたのに! サキ様には本当に、感謝してもしきれない。
「それじゃあ、行ってくるねー」
「いってきまーす!」
サキ様とハナ様が玄関から出ていく。わたしはそれを手を振って見送った。
お二人が出かけた後、わたしはリビングでテレビを見ていた。このテレビ、本当にすごいと思う。スイッチを入れただけで、この世界の知識が手に入れられるから。
サキ様が教育番組というものをかけておいてくれた。この世界の子供が勉強するものを流してくれてる。魔法を学べるのかなと期待したけど、ちょっと違うみたい。科学とか、そういうもの。
内容はわたしも知らない世界の仕組みのことだったりするけど……。不思議なのは、魔法について一切触れていないこと。どうして魔法を使わないのかな。魔法を使った方が簡単になるものが多いのに。
いや、でもこれはこれでいいかも。この科学というものを知っていれば、魔法にも応用できる。
ああ、そっか……! つまりこれは、魔法を学ぶ前の基礎作り! やはり神様は素晴らしい! 確かに基礎が分かっていれば、魔法はさらに発展できる!
きっとサキ様も、わたしの魔法は基礎が足りてないって言いたかったんだ! ごめんなさいサキ様! わたしはもっとテレビで勉強して、魔法を発展させます!
テレビで勉強。ずっと勉強。もちろん科学以外にも、この世界の歴史についてのものもあった。それはそれで、また不思議。
神様も戦争というものをするらしい。しかも規模はわたしの世界のものとは雲泥の差だ。世界大戦って規模がおかしい。これが……神様の戦争……。
そうして勉強を続けていたら、お腹が減ってきた。時計を見ると、十一時。そろそろお弁当を食べてもいいかな……?
サキ様からもらったお弁当箱を開けると、中はなんというか……。輝いて見えました。
一段目は、色とりどりのおかず。テレビでやっていた料理番組で見た物もたくさんある。唐揚げ、焼きそば、ウィンナー……。ウィンナーは先っぽを細かく切ってる。たこさんウィンナーだっけ。ハナ様が楽しそうに話していたはず。
早速作ってくれたんだ……。やっぱりサキ様はとっても優しい。
二段目は、白いご飯。ちょっと冷たくなってるけど、固くなってるわけでもない。ご飯の上にはなんだかカラフルな粉がかけられていた。確か……そう。ふりかけだ。
な、何から食べようかな。どれもすごく美味しそう……! 決して温かいわけじゃないけど、でも保存食なんかよりもきっと絶対に美味しいはず……!
まずは……唐揚げ。ぱくりと食べてみる。少し濃いめの味付けだけど、すごく美味しい。焼きそばもなんだか不思議な味だ。ソース、というものだっけ。こういう味なんだ……。
ご飯も食べてみる。ご飯だけだとちょっと淡泊になるだろうけど、ふりかけによってしっかりと味付けがされて、これも美味しい。少し酸っぱく感じるけど……。これは、梅、かな? 梅を使ったふりかけらしい。
とても……とても美味しい。ああ、サキ様! 感謝します!
ゆっくりと味わって、完食。とても、とても美味しかった……。
冷蔵庫からお茶を取り出して、飲む。この冷蔵庫というのもすごいよね。何もしてないのに、中は冷たい温度で保たれてる。教えてもらった時は本当にびっくりした。
どれも魔力が使われてないけど……。きっと神様たちは、魔法が便利すぎて制限してるんだと思う。その心構えはわたしも見習わないといけない。
お茶を飲んで、冷蔵庫を閉めて。それを見つけた。
キッチンのテーブルの上。青い布で丁寧に包まれたもの。なんだろう? あとで戻しておけば、怒られない、かな?
包みを開けてみる。中にあったのは……。お弁当……?
「どうしてお弁当がもう一個……?」
わたしはもう食べたから、わたしの分じゃない。ちょっと気になるけど、それは間違いない。だとすると……もしかして……。これは、忘れ物というやつ!?
神様もうっかりってするんだ……。ちょっとだけ親近感がわいてしまう。サキ様ともっと仲良くなれそうな気がしてくるね。
いや、今はそれはともかくだ。このお弁当、どうしよう?
お弁当は一個だけ。つまり、サキ様かハナ様かのどちらかということ。
うーん……。ここは……失礼だとは思うけど、遠視の魔法を使おう。きっとすぐにばれてあとで怒られるだろうけど、事情を話せば納得してくれるはず。
遠視の魔法を使う。わたしの目の前に大きな円形の鏡みたいなものが現れる。そこには、今のハナ様が映された。ハナ様は……公園かな? ご友人と遊んでるみたい。追いかけっこをしているみたいで、なんだかとても楽しそう。
お弁当は必要かな……? 近くの建物をのぞいてみたら……。ああ、たくさんの料理をしている人たちがいた。
そっか、これが給食だ! そういえば、昨日の夕食の時にハナ様が給食というものについて教えてくれたんだ。お昼は給食で食べてそれも美味しいって。
これを先に思い出しておけば遠視を使う必要もなかったのに……。あとでハナ様に怒られるかな?
でも今はそれよりも、サキ様だ。サキ様を遠視で見てみると、等間隔に並んだ席について何かをしていた。サキ様と似たような服をみんな着てる。男性と女性で服装は異なってるけど、神様にも制服というものはあるみたい。
サキ様が見ている先では、大人の神様が何かを説明していた。えっと……。いんすうぶんかい? なにそれ?
すごい、ちょっと聞いても全く意味が分からない……! これが、神様が学ぶもの! きっと世界の管理とかそういうものについての授業なんだ!
つまりこれは! 一人前の神様になるための、授業!
ああ、すごく気になる! この授業をじっくり聞きたい! でも……神様になるための授業。そんなものをわたしが聞いたとなると、きっと怒られる。処罰される。
わたしが処罰されるのは構わないけど、サキ様に迷惑をかけてしまうのは絶対にだめだ。優しくしてくれてるのに、恩を仇で返すことになる。絶対に、だめだ。
とりあえず……遠視の魔法で、サキ様がどこにいるかは分かった。方角と距離も一緒に分かるからね。わたしの魔法はとても便利だという自負がある。
ついでにその建物でハナ様と同じような給食がないか確認したけど、少なくとも大量の料理をしている部屋はその建物にはなかった。だから間違いない、はず。
それじゃあ……。届けに行こう。サキ様に少しでも恩返しをするチャンスだ。
お弁当を丁寧に包んで、亜空間にしまう。亜空間は魔法で作るわたしだけの空間。きっとこの魔法を極限まで発展させれば、神様たちみたいに一つの世界を作れるだろうとは思う。
でも、民家ぐらいの大きさの亜空間を作るだけでもわたしの魔力が使い果たされた。その亜空間から物を出し入れするだけでも結構な魔力を使うから、わたしでは世界を作るのは不可能だと思う。
世界を作りたい、なんて大それたことは考えてないけど、ちょっと残念、だね。
それじゃあ、サキ様の元に向かおう。いつものローブを羽織って、わたしは家を出た。
鍵はカードキーというもの。サキ様から預かったこのカードをドアにかざすと開く仕組み。これも中を調べたいなあ……。
いや、雑念はだめだよティルエル。まずはサキ様にお弁当を届けることを考えないと。
建物を出て、サキ様のいる場所へ向かう。空を飛んだらすぐにたどり着けるけど……。それは最終手段。
昨日は空を飛んでいたらとても騒がれてしまったからね。ニュース、というものでも取り上げられてしまったぐらいだから、この世界で空を飛ぶのは非常識なことなんだと思う。きっと制限されてるんだ。
どうして神様はそんなに魔法を制限してるのかなと思っていたけど、きっと楽なことに慣れてしまわないようにするため。だからこそ神様は神様になれたんだ。
サキ様のいる場所に向かって歩いていく。でも道が結構複雑だ。まっすぐには行けない。この道かなと思って歩いても、行き止まりだったりする。
あまり遅いとサキ様がご飯を食べられなくなってしまうから……。どうしても無理なら、空を飛ぶことも考えないと。
あっちへ行ったり、そっちへ行ったり、右往左往。うーん……。自分でももうちょっとどうにかならないのかなと思ってしまう。
サキ様から地図を見せてもらっておけばよかったかなあ……。その発想は今の今まで全然なかった。わたしは実はバカかもしれない。
壁|w・)ちゃんとおとなしくしているからヨシッ!