06 サキの提案
ピザはカレーライスに勝るとも劣らない魅惑の食べ物。ティルエル、覚えた!
「ふんわりとしたパンにとろとろのチーズ! これは、トマトのソースですか? お肉もあり、なんと美味しいのでしょう……! これが、神域の料理!」
「すごい評価されてる……」
カレーライスを食べて、一時間後。ピザ、というものが運ばれてきた。なんと電話という不思議な道具で連絡すれば、ピザを持ってきてもらえるらしい。
さすがは神様だ。やはり、特別な方なんだ……!
「いや、そういうわけじゃないんだけどなあ……」
サキ様はピザを食べながら、やはり苦笑い。苦笑いばかりされているような気がする。神様というのも大変らしい。
「おいしいね!」
とてもかわいらしく笑うハナ様に、わたしは頷いた。だって本当に美味しいから。
「これ、どうしたものかなあ……」
テレビではまだわたしの映像が流れてる。どうやらあちこちで撮られてしまっていたらしく、わたしの話題でもちきりなんだとか。
きっと、空を飛んではいけない場所で飛行魔法なんて使ってしまったから、神様たちは怒っているんだと思う。失敗してしちゃったなあ……。
「サキ様……。わたしは、どのようにお詫びすればいいのでしょう……」
「は? え? 何が……?」
「わたしが空を飛んでいたから、皆様怒っているのでしょう?」
「いや、全然違うけど。というか、ニュース聞けば分かるでしょう?」
「ピザに夢中で聞いていません」
「マジかよピザすごいな」
こんなに美味しい料理を食べるのに、他に意識を向けるなんて失礼なことできない。ちゃんと食べ物に感謝をして、しっかりと味わわないといけない。
でもちょっとテレビも気になるから、中途半端に聞いてしまっているけれど。
「ねえ、ティルエル」
「はい!」
「自分の世界に帰るつもりはある?」
そう聞かれて、わたしの頭は真っ白になった。
いや、分かっていたことだ。わたしは、神様たちにとっては異物もいいところ。わたしの世界を作った神様たちに会いたいと思っていたけど、それはわたしの一方的な感情だから。
だから、帰れと言われれば、そうしようと思っていたけど……。
「やはり、ご迷惑でしたか……?」
そう聞いてしまった。神様の慈悲を願うような、そんな言葉。我ながら女々しいというかなんというか……。
そしてサキ様は。
「いや、私は別に」
そんな返答だった。
「え?」
「つい連れてきちゃったけどさ。私にとっては、そこまで関係ないことなんだよね。お父さんたちは関係ありそうだけど、それぐらい。だからお父さんに丸投げして終わりかなって」
「では、どうして?」
「うーん……。どうして、というか……。今後、きっとティルエルはいろんな人に注目されて、いろいろ言われたりすると思う。それでもいいの?」
「もちろんです!」
神様のお言葉を聞けるなら、どんな言葉でも聞きたいです。そう言うと、サキ様は余計に表情を歪ませた。どうして。
「あのね、ティルエル」
「はい」
「この世界は、ティルエルが思っているほどいい世界じゃないよ」
この世界では。この国はまだ平和だけど、この世界の場所によっては今も神様と神様が殺し合っているのだとか。それに良い神様ばかりではなく、悪い神様も大勢いるらしい。
「だから、きっとティルエルはこの世界に幻滅すると思う。それでもいい?」
いいのか、と聞かれると……。正直、分からない。だって、神様が殺し合うなんて想像もしていなかったから。この世界は、神様の理想郷だと思っていたから……。
だから。この神様の世界に興味を持った。どんな世界なんだろう。
「構いません」
そうはっきり言うと、サキ様はそっか、と笑って頷いた。
「じゃあ、うん。それでいいと思うよ。少なくとも私は、あなたを拒絶しない」
「サキ様……」
「さっきはああ言ったけど、私も原因の一人かもしれないから……」
「はい?」
原因。わたしがこの世界に来た理由、ということかな。でもわたしは、出会った冒険者に神様についての話を聞いて、是非とも神様に会ってみたいと思って……。
「それ、わたし」
「え?」
「ティルエルにいろいろ教えちゃった冒険者って、私なんだよ」
「…………。はい?」
サキ様が言うには。とあるVRMMOというもので遊んでいたところ、わたしを見つけて声をかけたのだとか。サキ様はあの時と姿が全然違うから気付かなかったけど、言われてみれば声がよく似てる気がする。
やはりご自身のお力を分けて別世界に送って体を作るようで、それで姿が違うみたいだった。サキ様はそんなとんでもないことはしていないと言っているけど、感じた力はそれぐらいだったと思う。さすがは神様だ。すごい。
「そんな大それたものじゃ……。いや、うん。まあいいや。そんなわけで、私にも責任の一端があるかなって」
「責任なんて、そんな……」
「いいから。それで、せめてまあ、人を紹介してあげるぐらいはしようかなって。あとは、それまで匿うぐらい?」
「もしかして……ここに滞在してもいいんですか!?」
「うん」
やった! もう自分の世界に帰らないといけないと思っていたけど、こうして滞在場所を提供してくれるなんて……! やはり神様はとても優しい!
それじゃあ、しばらくはここに滞在させてもらって、この世界を見て回りたい。そうだ、ウンエイ様も探さないと……。
「ただし、条件がある」
そんなサキ様の言葉で我に返った。いけない、ちょっと落ち着かないと。
「何でしょう! 何でもします! 奴隷のように使ってください!」
「怖いよ!? そうじゃなくて、お願いみたいなものだから」
お願い。なんだかとっても柔らかい表現になった。わたしとしては、神様が求めるならそれこそ馬車馬のように働くつもりだったんだけど……。残念。
「なんでちょっとしょんぼりしてるの?」
「神様のお役に立ちたかった……! わたしの全てを神様の捧げてもいいと……!」
「重いよ!」
少し、いやかなり残念だけど、仕方ない。それよりも神様のお願いだ。なんだろう?
「まずは、さっき言った紹介したい人に会ってほしい、というもの」
「紹介したい人、ですか。もちろん構いません。神様が紹介してくれる神様……。楽しみです!」
「なんだかすごくハードルが上がってる気がする……! そ、それよりも、もう一つだけど」
「はい」
「あまり出歩かないでほしい。好奇心でこっちに来たぐらいだから、出歩くな、とまでは言わないよ。その代わりに、目立つことはしないでね」
目立つこと。なるほど、理解した。つまりは今日みたいに恥ずかしいことをしてはいけない、ということかな。それはもちろんそうしたいと思う。
今のわたしは、サキ様にお世話になる身。わたしが恥ずかしいことをすれば、サキ様にご迷惑がかかってしまう。それはわたしも嫌だから。
「わかりました!」
「なんだかちょっと認識の齟齬があるような気がする……」
「大丈夫です!」
「ほんとかなあ……」
サキ様は心配そうだけど、安心してほしい。サキ様が恥ずかしくないように行動したいと思う。
ある程度の自由行動を許されたんだからね。ちゃんとそこは気をつけるつもりだ。
「うん。それじゃあ、紹介したい人についてだけど……。私のお父さんになるよ」
「サキ様のお父上!? つまり、全能神……!」
「違うから。絶対に、違うから」
「は、はい」
かなり強めに否定されてしまった。きっととても偉い神様だと思うんだけど、違うらしい。何の神様だろう? いつか教えてもらえるかな。
サキ様が何の神様かも知りたいけど……。ここまで会話していたのに、気付けていないというのは失礼な気がする。黙っておこう。
「お父さんはまだちょっと帰ってくることができないから……。待っておいてもらってもいいかな」
「もちろんです」
「うん。ご飯とかはちゃんと用意してあげるから」
「わあ……。ありがとうございます!」
「あはは。なんだか見た目相応な感じがする。もしかして、気を張ってた?」
それは……。当然だ。ここは神様の世界。神様に失礼をしてはいけない。気を張って当たり前で、神様に失礼がないようにしないといけない。そう考えただけで、緊張が……。
「あのね、ティルエル」
「はい?」
「あまり気を張らないでほしいな。リラックスして、せっかくだから楽しんでいこうよ」
「リラックス……」
しても、いいんだろうか。だってここは神様の世界……。
「ね」
サキ様がにっこりと笑う。ハナ様も笑顔で……。
「はい……。わかりました」
ちょっとだけ、気を緩めることにした。
壁|w・)魔女は 居候に 転職した!