26 ホットケーキと約束の味
妙齢の神様……シャーロット様に案内されたのは、駅の近くにある喫茶店。サキ様とも入ったことのある喫茶店で、老夫婦が趣味でやっているお店だ。
店内はカウンター席とテーブル席があって、わたしたちは一番奥のテーブル席に座った。窓からこっちが見えるけど、いいのかな?
「改めて……。私はシャーロット。アメリカの補佐官よ」
「ティルエル。魔女、です」
「魔女ね……」
シャーロット様はわたしのことを値踏みするみたいに見つめてくる。神様に値踏みされるのは仕方ないし、光栄なことだと思うけど……。でも、サキ様からも向けられたことのない類いの視線で、あまり気分はよくない。
「魔女というのは……本当に魔法が使えるということでいいのよね?」
「はい。でも、神様たちも制限がなければ魔法を使えるでしょう?」
「そう、ね……。神なら、魔法とも思えるようなことができるのでしょうね」
つまり、シャーロット様も本来はいろいろとできる、てことだよね。すごいなあ。是非とも見せてほしいけど……。さすがにだめ、かな?
「あなたは日本で生まれたの?」
「まさか、とんでもない! そんな恐れ多い……! わたしはこことは違う世界で生まれました」
「異世界……。すぐには信じられないことだけれど……。実際に空を飛んでいたものね……」
あ、やっぱり空を飛んだことが引っかかるみたい。つまり……。実際に空を飛ぶような田舎者が神域出身なんてあり得ない、ということか。それはまあその通りだと思うので何も言えない。ちょっと恥ずかしいぐらい。
「どうして日本に来たの?」
「どうして……と聞かれても困りますけど……。わたしにいろいろと教えてくれた方々が日本の皆様だったので……。自然と、ですね」
「どうやって交流を持ったのかしら」
「ええ……。うーん……」
どうやって、と言われても……。正直それはわたしの意志は介在していない。強い魔物がいる遺跡に居座ることでプレイヤーの神様たちに来てもらう、ということはしたけど、その程度だ。
うーん……。言葉にするのが、難しい……。
「ご注文はなんでしょう?」
わたしが悩んでいる間に、店員のおばあさんがこっちに来た。
「あら、失礼。私はアイスコーヒーをお願いするわ」
「えっと……。わたしは、お金をあまり使いたくないので……」
「私が出すわよ。気にせず頼んでね」
「いいんですか!?」
なんていい神様なんだろう! なんでも頼んでいいらしい! それじゃあ……えっと……えっと……。
「ほ、ホットケーキ! めーぷるしろっぷ? をいっぱいかけた、スペシャルで! あと、アイスココアをお願いします!」
「はい、かしこまりました」
おばあさんがにこにこと笑顔で去って行く。
ホットケーキ。サキ様と一緒に来た時は、サキ様と半分こした。ちょっとお高いものだったみたいで……。でも、すごく、すっごく美味しかった。幸せになれる味。
ああ、楽しみだなあ……!
「こうして見ると見た目相応の女の子ね……」
ふと気付けば、シャーロット様がちょっとだけ呆れたような、けれどなんだか生暖かい視線を向けてきていた。とても恥ずかしい。
「し、失礼しました……」
「いえいえ。交流のきっかけは、はっきりとは分からない、でいいのかしら」
「そう、ですね……。そんな感じです」
でも……。わたしは、サキ様と出会えて良かったと思う。もしも違う神様で、ちゃんと会話してくれない冷たい神様だったら、わたしはこっちに来ようとは思わなかったかもしれないから。
そんな冷たい神様がいるのか分からないけど、サキ様がいるって言ってたから、いるんだと思う。
「なかなか難しいわね……。ちなみにだけど」
「はい?」
「日本に来て、何をしていたの?」
どうしよう。とても困る質問だ。隠すようなことでもないけど、語れるほどの内容もないから。ただ、サキ様と一緒に、この世界のいろいろな場所を見ていただけ。
そんなことを話している間に、ホットケーキが運ばれてきた。
「お待たせしました」
「ホットケーキ……!」
ほかほかのホットケーキ! 四角いバターがちょこんと置かれていて、少しずつ溶けていってる。そんなバターの香りにまざって、シロップの甘い香りも鼻をくすぐってきて……。ああ、美味しそう。
た、食べたい! 今すぐ食べたい! でも今はシャーロット様とお話ししている最中だし……。
「ふふっ」
シャーロット様の笑い声が聞こえて、わたしは顔を上げた。うん。自分でも意識してなかったけど、ホットケーキを凝視していた。ちょっと恥ずかしい。
シャーロット様が忍び笑いを漏らしながら言った。
「どうぞ。食べてからにしましょう」
「え、で、でも……」
「気にしなくていいから」
本当にいいのかな。いいんだよね。シャーロット様がそう言ってくれてるんだから。それじゃあ、遠慮無く……。
ナイフでホットケーキを切って、フォークを刺して口に運ぶ。口に入れると、暴力的なまでの甘みが口の中を満たしてくれる。ふわふわのホットケーキを噛めば、さらに甘さが増してきて……。ああ、とても美味しい。
「ホットケーキが好きなの?」
「もぐもぐ……。食べられるものならなんでも」
神域のご飯は美味しいものばかりだ。最初に食べたカレーライスはもちろん、ピザ、ドリア、トンカツ、いろいろ食べてきて、まずいと感じるものがなかった。
わたしの世界でも作れないかな。自分の世界に帰ってからでも、作れるなら作りたい。食べられなくなるのは寂しいから。
「食べながらでいいから、会話を続けても?」
「もぐもぐ」
食べながら話すのはさすがに失礼すぎると思ったから、口を閉じたまま頷いた。あれ、でもこれも十分失礼なような……。まあ、いいか。お口の中が幸せ。
「例えば、だけれど」
「ふぁい」
「私の国に引っ越してほしいと言ったら……」
「見つけたあああ!」
シャーロット様が言い切る前に、そんな大声と共にお店のドアが開いた。毎日のように聞く声で、わたしにとっては安心できる声。
「もぐ……。サキ様?」
「こら! なにやってるの!」
「す、すみません!」
なんだか怒ってる、気がする! その場で立って姿勢を正す。サキ様はそんなわたしの様子に小さくため息をついて、テーブルの上を一瞥した。
つまり、ホットケーキを。
「ティルエル」
「はい」
「知らない人について行ったらだめでしょ」
「いえ……あの……」
「しかもなに? ホットケーキにつられたの?」
「あの……えと……。まあ、はい……」
「おばかっ!」
「あうっ!」
サキ様に頭を叩かれてしまった。痛くないように加減してくれてるけど、心が痛い。心配させてしまったみたいだから。
「いい? ティルエルが言うところの神様はね、みんないい人ってわけじゃないの。ティルエルを攫って、あんなことやこんなことをしたりするかも……!」
「あんなことやこんなこと?」
「オーケー、忘れて」
あんなこと、こんなこと……。なんだろう。魔法の研究を一緒にするとかだったら、わたしは喜んでやるんだけど……。むしろ是非とも一緒にやりたいぐらい。
でも、そんなことではないみたい。サキ様の目は呆れてる……いや、なんだか、自嘲のような……。
「あらあら。あなた高校生でしょう? いったいどこで聞いているのやら」
「うるさいですよ。今ちょっと、ティルエルの純粋さを直視して、自分の汚れ具合に自己嫌悪してるんですから」
「…………。こっちにもダメージが来ることを言わないでほしいわね……」
なんだろう。サキ様もシャーロット様も、なんだか微妙な表情だ。でも、これだけは言いたい。
「サキ様は汚れてなんていませんよ? わたしの方がよほど汚れていますから」
「ティルエルはかわいいなあ!」
「わぷ」
抱きしめられてめちゃくちゃに撫でられてる……! いや、もちろん嫌じゃない。嫌じゃないどころか、ちょっと嬉しい。でもやっぱりすごく恥ずかしくて……。あわわわわ。
「さ、サキ様! 学校では!」
「動画でティルエルを見た。やばいと思った。さぼった」
「言葉の意味は分かりませんけどだめなことなのは分かりました!」
「ティルエルが心配だったの!」
「ありがとうございます!」
「なにこれ」
サキ様に撫でられるのがとっても気持ちいい。しばらくサキ様に撫で回されてから、改めてシャーロット様と向かい合った。隣にはサキ様が座る。何故かサキ様とシャーロット様が睨み合っていた。怖い。
「それで。うちの子をたぶらかすおばさんはどなたですか?」
「おばさ……」
あ、シャーロット様の額に青筋が立った。
「失礼な子ね……。私は米国の代表として……」
「本当に国の代表ならうかつすぎるというか、バカでしょ。頭にちゃんと脳みそ入ってます? 振るとカラカラ鳴るんですか?」
あわわ……。シャーロット様の機嫌がどんどん悪くなってるのが見て分かる……。サキ様も分かってるはずなのに、気にせず悪く言い続けてる。どうして初対面で仲が悪いの……?
シャーロット様は小さく深呼吸すると、サキ様を鼻で笑った。
「はっ。あなたは人のことが言えるのかしら。学校をさぼってきたのでしょう? バカはどちら? ああ、ごめんなさい。バカはバカと自覚がないものよね」
「…………」
二人が静かに睨み合う。わたしは……とりあえずホットケーキを完食した。甘くてとっても美味でした。ココアもすごく美味しかったです。
うん。現実逃避です。神様のケンカ、怖い……。
二人の様子を黙って見守っていたら、シャーロット様と目が合った。そのすぐ後に、シャーロット様がため息をつく。そうして、お金を置いて立ち上がった。
「失礼。確かに、私がバカだったわね」
「え……」
「魔女のお気に入りを悪く言った時点で、私はもう信用されないだろうから」
それは……。うん。信用とか言うのは神様に不敬かもしれないけど、わたしはやっぱりサキ様側に立つと思う。サキ様にはずっと良くしてもらってるから。
「でも、サキさん。気をつけなさい」
「なんですか」
「魔女は、いろんな国で噂になってる。私みたいに交渉するような人ばかりじゃないわよ」
「それって……」
「身辺には気をつけなさい。本当に」
シャーロット様はそう言い残して、お店を出て行ってしまった。
身辺……。もしかして、襲おうとしてる神様とかがいる、とか? 神様が? 神様を? どうして? あ、でも、神様が殺し合う場合もあるって聞くし……。神域も、なんだか大変だ。
「ティルエル」
「え? あ、はい」
「ケーキ、食べよっか」
「え」
ケーキ。ホットケーキとは違うものだっていうのは分かる。テレビでも見たから。白い、ホイップクリームというふわふわのものを使った、不思議なお菓子で……。
「え、あの、いいんですか?」
「いいの」
「どうして急に……?」
「いいから」
サキ様が店員のおばあさんを呼んで、ケーキを注文した。そうしてすぐに運ばれてくる。白いケーキ。三角形で、ホイップクリームがふわふわしてる。
サキ様を見る。サキ様も自分のケーキを食べ始めていた。それじゃあ、わたしも……。
フォークで切り取る。ホットケーキと全然違う。こっちの方が全体的にふわふわだ。口に入れると、甘さもすごい。ただくどい甘さじゃなくて、優しい甘さというか……。食べていて幸せになれる味。
ホットケーキも美味しいけど、わたしはこっちの方が好き。
「美味しいです……!」
「うん。よかった」
サキ様はそう言って微笑んだ。
「約束、忘れてたなって」
「約束ですか?」
「最初に会った時、ティルエルがこっちに来たら、一緒にケーキを食べようって言ったでしょ」
言われてみれば、確かにそんな話をした覚えがある。あの時はいろいろ衝撃が多くて忘れていたけど……。サキ様は思い出してくれたんだ。
それが、素直に嬉しい。
「ねえ、ティルエル」
「はい」
「また一緒に食べようね」
サキ様の顔は、どこか不安そうに見えた。さっきの、シャーロット様に言われたことを気にしているのかも。
心配しなくても、わたしはサキ様と一緒にいるつもりだ。もちろん、サキ様に嫌がられたらすぐに離れるつもりではあるけど……。あまり、考えたいことじゃないかな。
「はい、サキ様。約束です」
わたしがそう言うと、サキ様は薄く微笑んでくれた。
壁|w・)ホットケーキをあげるとほいほい情報を吐き出す魔女がいるらしい……。




