22 ティルエルのこれから
「ティルエルは今後とも、人助けはしていくのかな?」
「えっと……その……」
この一ヶ月、本当にいろいろなことをやったと思う。
物を盗んだ人を捕まえたりもしたし、山で遭難した人を助けたこともあった。交通事故というものが起きそうな時に防いだこともあったっけ。
それは……わたしが絶対にやらないといけないというものじゃないけれど。
「わたしは、神様たちに恩返しがしたいんです。わたしの世界を作ってくれた恩返しを」
「うん」
「だから……。魔法を禁じている神様に代わって、わたしが皆さんをお手伝いできればと思っています」
神様ができることをわたしがやったからといって、それが恩返しになるかは分からない。神様たちからすれば、余計なことをと言われるかもしれない。
それでも。それでもやっぱり、わたしは神様たちを助けたい。そう思う。
わたしがそんな感じのことを伝えると、ウンエイ様はそっか、と優しく微笑んでくれた。
「うん。サキが言う通り、この子はいい子だね」
「でしょ?」
「カタストロフドラゴンを単独で倒した魔女とは思えないよ」
「それは……本当に申し訳ありませんでした」
いやもう本当に何度謝っても謝り足りない。ウンエイ様は本当に気にしなくていいと言ってくれるけど、やっぱり気になるものは気になるから。
でもこれ以上はしつこいかもしれない。そろそろやめておこう。
「ティルエル。君が人助けを続けたいというのは理解したよ」
「はい!」
「それで……。結局君はこの後、どうするのかな?」
「え……」
どう。どう、とは。
いや、うん。分かる。この先のことだ。ずっとサキ様の家にお世話になるわけにはいかない、というのは分かるから。サキ様にも迷惑をかけることになるだろうし。
でも……。わたしは、どうすればいいんだろう? 目的は果たしてしまったから……。
「あの……。元の世界に帰った方がいいでしょうか……?」
聞いてみる。そうしてほしい、と言われたら従うつもりではあるけれど……。でも、本音を言えば、嫌だ。だってあそこは、とても寂しい場所だから。
あの遺跡の最奥なら神様たちが戦いに来てくれるかもしれない。でも、わたしは別に戦うことが好きというわけじゃない。手段の一つだっただけ。それよりも、楽しくおしゃべりがしたい。
少し緊張しながら二人の返事を待っていると、真っ先にサキ様が口を開いた。
「いや、なんで? 別に帰らなくていいと思うよ」
そして、ウンエイ様。
「そうだね。いや、むしろ帰らない方がいいだろう」
「帰らない方がいい、とは?」
「とても言いづらいことだけど……。あの世界は、もうすぐ消えることになる」
ウンエイ様の言葉の意味が、分からなかった。
「消える……?」
「うん。サキから、あの世界が、この世界の人……君が言う神様からすれば、遊ぶためのゲームというのは聞いてるね?」
「はい……。えっと、あの世界を作って、遊びに来てる、と解釈しました」
「ああ。まあ、うん。それであながち間違いではないんだけど……。そのゲームのサービスが終わるんだ。全サービスが終わった後、あの世界は最終的には削除されることになる」
「削除……」
削除。消すこと。あの世界を、消す。
わたしには、規模が大きすぎて分かりにくいけれど。この世界の人は、遊ぶためにゲームを作って、飽きたりしたら消してしまう、ということだと思う。
それはとても残酷なことで、やっぱりそういうのが神様の考え方……と、最初は思ったんだけど。
よくよく考えたら、あの世界でまともに意思を持っていたのはわたしだけだ。神様たちはいずれ消すことが分かっているから、あの世界の人に意思を、魂を与えていないのかもしれない。
あれ? でも、わたしは? どうしてわたしは、意思を持って、考えて、動いてるの?
いや、それよりも。それも大事だけど。
あの世界を消した場合。あの世界から来ている私は、どうなるの……?
ああ、だめだ。なんだか、考えがぐるぐるとし始めた。答えなんて私が出せるはずもないのに、頭がおかしくなってくる。私は、私という存在は、どこから来ていて、どこにあって……。
「はいストップ」
「にゅ」
サキ様に両手でほっぺたを挟まれた。そのままぐにぐにと揉まれてしまう。痛いわけじゃないけど、ちょっとくすぐったい。
「あの、サキ様……?」
「ちょっと落ち着いてね。まずは話を聞いてね?」
「あ、はい……!」
そうだった。今はウンエイ様との話の最中だ。あれだけ話してみたいと思っていたのに、そのウンエイ様を放置して考えにふけるなんて……。失礼すぎる。反省だ。
「失礼しました!」
「あはは、いいよいいよ。気にしないで」
そう言ってウンエイ様は朗らかに笑った。優しい神様で良かった。
「それで、君のことだけど……。実はね、ティルエルというキャラクターを、僕たちは作成していないんだ」
「はい?」
作成していない。作っていない。
ウンエイ様が言うには、あそこの世界の住人もウンエイ様たちが全て作ってあるみたい。町の人も王様も魔物も、実は全て神様がデザインして作り出したものなんだとか。
世界を作った、とは分かっていたけど、生きている人や魔物もまでなんて思いもしなかった。やっぱり神様はすごい……!
いや、それは今はよくて。それよりも。
「私は……ウンエイ様に作られてない?」
「ああ。はっきり言うけど、ティルエルがどこから来てどうして生まれたのか、誰にも分からない。ログを遡っても、ティルエルという存在は僕たちでは認められなかった」
あの世界で遊んでいたプレイヤーだけが、私の存在を確認できていた、ということらしい。
「引き延ばしても仕方ないからはっきり言うけど……。僕たちは君がどこから来て、どのようにあの世界に現れたのか、一切分からない。おそらくだけど、あの世界を消しても、君には関係のないことだと思う。もちろん、全て推測だけれど」
「神様でも分からないんですね……」
「はは……。君が僕たちのことをどう思っているのか分からないけど……。僕たちは万能じゃないんだよ。そもそも、神様とは違うから」
神様とは違う、とは言うけれど。あんな世界を作れるんだから、私にとっては神様みたいなものだ。世界を作るなんて、神様にしか許されないことだから。
でも……。そっか。あの世界はもうすぐ消えてしまうんだ。じゃあ、必要なものとか本があれば、回収しておかないといけない。全部集めておかないと。
その後は……。その後は、どうしよう。そうだ、結局それなんだ。
故郷が消えることに思うことがないと言えば嘘になるけど、そこまで執着がないのもまた事実。だって、あの世界はとても寂しい世界で、わたしの相手をしてくれるのは結局プレイヤー、つまり神様たちだけだから。
神様とお話ししたり遊んだりするなら、ここ神域でも大丈夫。ウンエイ様にも帰らなくていいって言ってもらえたから、安心だ。
でも。わたしは、今は言うなれば居候の身。ずっとサキ様のお世話になるわけにもいかない。
「この世界で暮らすなら、戸籍とかがないのも致命的だよね」
「戸籍?」
「そう。この国で生まれた人はね、みんな戸籍というもので管理されてるんだよ。どこで誰が生まれた、どこに住んでる、なんてことがみんな分かってるの」
「それはすごい……!」
神様が何人いるかまではわたしも知らないけど、とんでもない人数だというのは分かる。だって、ざっと見て回っただけでも数え切れない神様がいたから。
それら全てを管理してるなんて……。やっぱりこの世界は、神様たちはすごい!
「で、ティルエルは……。当たり前だけど、戸籍なんてないわけで」
「この世界で働こうにも、戸籍がないといかんとも……」
「わあ……」
すごいけど、わたしにとってはとても不都合というのは分かった。どうしよう。
「なんて言ったけれど、安心してほしい。伝手というか……。どうにかできる人たちと、接点を持っているから」
「え?」
ウンエイ様の話しぶりから、この戸籍というものはウンエイ様ですらどうにもできないものだ、と思ったんだけど……。どうやら、どうにかできてしまう人と繋がりがあるらしい。
神様はすごい。特にウンエイ様がすごい。実はこの神様、最高神とかそれに連なる神様だったりしないかな。それぐらいすごいよ。
「お父さん、それ初耳なんだけど」
「うん。言ってないからね」
「…………」
サキ様がちょっと不機嫌になってしまった。ウンエイ様が慌てたように咳払いをして、続ける。
「ティルエルは、この世界で有名になりすぎた」
「う……」
それは……。はい。目立ちすぎたと思います。今もサキ様から呆れられた視線を向けられていて、わたし自身もやりすぎたと思ってる。後悔はないけど。
「それでね……。ティルエル。この国の偉い人たちが、君に興味を示しているんだ」
「偉い神様……」
サキ様とちょっと話していたことだ。偉い神様。世界を作ってしまうウンエイ様よりも上の神様。何ができるのか、あまりにも未知数。会ってみたいけど、同時にそこまで会いたくない、というちょっと矛盾した感情になってる。
そんな神様たちがわたしに興味を示してる。どうしてだろう?
「ティルエル。ちょっと、そんな偉い人たちに会ってみる気はないかな?」
「は、はい……」
会える。ウンエイ様よりも上の人に会える。嬉しいような、怖いような、複雑な気持ち。わたしに興味を持ってくれてるみたいだけど、その理由がよく分からないから本当に怖い。
でも。その神様たちに会えば、わたしの今後を決められるかもしれない。
「会いたい、です」
わたしがそう言うと、ウンエイ様は笑顔で頷いてくれた。安堵したような、そんな顔だ。
「よかったよ……。正直、会いたくないと言われたらどうしようかと思っていたから」
「え、なにお父さん。勝手に約束しちゃったとか?」
「いや、さすがにそこまではしていないけど……。社長とかからも言われていたから、まあ、降格ぐらいはあり得たかなって……」
わたしが断ったら、ウンエイ様に迷惑がかかったらしい。とりあえず、言わせてほしい。
「あの……。そういうことなら、断らないです。むしろ命じてください」
「いや、ティルエルは僕の部下とかそういうのじゃないからね?」「
「迷惑をかけてしまうほうが、苦しいです」
そう言うと、ウンエイ様はなるほど、と頬をかいた。私の気持ちも少しは分かってくれるらしい。小さく頷いて、ウンエイ様が続ける。
「分かった。ちゃんと言うようにするよ」
「お願いします」
「うん。それじゃあ……。日時とかはどうしようか」
わたしはいつでもいいけれど……。
「あの、わがままを言っても、いいですか……?」
「うん。条件をつけるなら今のうちだから、遠慮なく言ってほしい」
「サキ様にも一緒に来てもらいたいです」
「え」
「え」
ウンエイ様だけじゃなくて、サキ様も固まってしまった。さすがに予想外だったかな?
でも。わたしにとって、一番信頼できる神様はサキ様だから。いやもちろん、神様を疑うなんてしてはいけない、とは思ってる。でも、それでも。サキ様が一緒にいてくれれば、安心できる。
「だめ、ですか?」
そうサキ様に聞くと、サキ様は少しうなって、そして言った。
「いや! うん! 大丈夫!」
「あの……。ごめんなさい。サキ様が一緒なら安心できると思っただけなんです。だから無理にとは……」
「そこまで言ってもらえて、断れるわけないでしょうがもう!」
「あぶぶぶぶ」
ほっぺたを! こねくり回さないでほしい……!
「お父さん! 私も一緒に行くから! 来週以降の土曜日でお願い!」
「はは……。ああ、分かった。調整してもらうよ」
そういうことになった。とても、とっても嬉しい。
「サキ様、ありがとうございます!」
サキ様にお礼を言うと、何故か苦笑いして撫でられた。どういうことか、よく分からないけど……。撫でてもらえるのは気持ちいいから、嬉しい。
「乗りかかった船、ていうやつだよね……。やってやるよちくしょう!」
「うん……。一応、僕も一緒に行くから、安心してほしい」
「余計不安だよ!」
「ひどくないかな!?」
そんなサキ様とウンエイ様のやりとりに、わたしは少し笑ってしまった。
壁|w・)とっても偉い神様(政府の人)と会うことになりました。
サキさんは道連れになりました。保護者だからね、仕方ないね。




