16 神域と神様の真実……?
サキ様の家の中に転移して、椅子に座る。まだサキ様は戻ってないみたい。もしかしたら、まだあのデパートの上で待っているのかも。でも、今からあそこに転移するのは……。さすがに人に見られそう。
近くに転移すればいいのかもしれないけど……。どこなら見られないのか、正直分からない。火事の現場ならともかく、さすがに戻ってまで目立つのはだめだと思うから。
それに、恥ずかしいけど……。あのデパートという建物、わたし一人だと迷うと思う。さすがに迷子にはなりたくない。
だから、ここで待たせてもらおう。サキ様ならすぐに気づいて戻ってきてくれると思うから。
亜空間から本を取り出す。わたしの世界から持ち込んだ本だ。わたしが研究結果を少しずつまとめてきた本。少し、研究を振り返りたくなった。
そうしてしばらく本を読んでいたら、玄関のドアが開いたのが分かった。
「ただいまー。ティルエル、いる?」
「はい! います!」
サキ様の声に返事をする。自分でも驚いたけど、ちょっと嬉しそうな声になってしまった。うーん……。ちょっと、サキ様が相手だからって馴れ馴れしい、かな?
部屋のドアが開くと、サキ様が入ってきた。わたしを見て、安心したような笑顔になる。なんだかそれが、少しだけ嬉しい。
「よかった。怪我はなさそうだね」
「は、はい……! ご心配おかけしました!」
「いやいや。むしろティルエルはすごくいいことをしたんだから、褒められるべきだよ」
「魔女のおねえちゃん、すごい!」
ハナ様も笑顔で言ってくれる。怒られることは……なさそう、かな?
「ティルエル、ジュースでも飲む? グレープジュース買ってきたんだ。美味しいよ」
「あ、じゃあ……。いただきます」
サキ様がペットボトルという容器からジュースをコップに入れて、手渡してくれた。ワインみたいな色合いだ。少し飲んでみる。
わあ……。甘い中に少し酸味があって、とても美味しい。今までにない香り。これがグレープ、かな? 多分果物だと思うけど、こんな果物があるんだ。
「すごく美味しいです!」
「うん。ティルエルの世界にもあるでしょ?」
「え?」
「え?」
わたしは見たことも聞いたこともないけど……。
「その、ワインはどうやって作るの?」
「ワインを出す魔法があります」
「わいんをだすまほう」
何故かサキ様が変な顔になってしまった。よく分からない。
こほん、と咳払いして、サキ様も椅子に座った。
サキ様とハナ様もジュースを飲む。サキ様は片手でごくごくと。ハナ様は両手で握ってちょっとずつ。ハナ様はとてもかわいらしいと思う。
よし……。よし。それじゃあ、聞こう。サキ様の逆鱗に触れることかもしれないけど、聞いておかないといけないと思うから。
「あの、サキ様」
「うん」
「オレンジの服の人と少し話したのですが……」
「オレンジの服……。ああ、消防士さんかな。それがどうしたの?」
「魔法は使えない、と……。サキ様、これはどういうことなのでしょう。サキ様はわたしに魔法を見せてくれましたよね?」
わたしの世界で出会った時。サキ様は間違いなく魔法を使っていた。だから、魔法は使えるはず。それにわたしの世界を作った神様たちだ。魔法を使えないとは思えない。
きっと何か理由があるはずだから……。
「うん。ティルエルはきっと、あっちのことを言ってるんだと思う」
サキ様は静かに頷いて、そして私をまっすぐに見つめてきた。
そして言った。
「ちょっとあっちの世界で話そうか」
サキ様に指定された場所は、わたしの世界。神様の世界に転移する前にいた場所、地下遺跡のわたしの部屋。
以前は毎日のように神様たちが訪れてくれていたけど、今はもう誰も来なくなってるみたいだ。神様が来てくれていたのはわたしがいたかららしいから、いなくなった今は来なくなって当たり前なのかも。
わたしが転移してから、一ヶ月ぐらい経っていたらしいから。
そう。一ヶ月。正直、これは本当に予想外で、サキ様から聞くまで分からなかった。この世界と神様の世界とでは時間の流れが違うみたいで、むりやり転移なんてしたものだから魔法がかなりおかしな挙動をしたみたい。
神様の世界の場所は分かったので、その挙動は修正しておいた。だから今はもう、一瞬で転移できている、はず。
だからあとは、サキ様がここに来るのを待つだけ。ちょっと楽しみ。
それにしても……。戦闘中に転移なんてしてしまったからか、かなり散らかってる。本とかテーブルとか食料とか、とんでもないことになってる。
それを確認して、ぞっとした。
わたしは、今からこの部屋に、サキ様を招くのか……?
だめだ。だめだだめだ! それはまずい! 神様を! サキ様を迎えるのが、この汚い部屋!? だめでしょそれは! 失礼とかそんなレベルじゃないよ片付けないと!
「よし! 今すぐやろう!」
「なにを?」
「片付けをです! だからサキ様、少し待って……」
ぴたりと、言葉を止めた。聞こえてはいけない声が聞こえたような、そんな気がした。
いやいや、まさかそんな。いくらなんでも早すぎる。
ゆっくりと振り返る。姿は全然違うけど、その魂の形を見間違えるはずもない。
桃色の小さなポニーテールに、神様の国の伝統衣装だという赤を基調とした袴姿。腰には一振りの刀。普段の姿とは違って、この世界でのサキ様はとても小柄だ。
これがサキ様の、この世界での姿。剣士のように見えるけど、魔法も使っていたから魔法剣士というやつだと思う。
「ティルエル? どうしたの?」
「…………」
そう。間違い無くサキ様だ。なんかもう、すごく早かった。片付ける暇もないほどに。
「さ、サキ様」
「うん」
「すごく……早かった、ですね?」
「ああ、うん……。ゲートの転移先をこの部屋の前に設定しておいたからね。いつでもティルエルに挑めるようにって」
ゲート。転移魔法の一つで、別の場所に繋がる門を作る魔法。わたしが使う転移魔法は、そのゲートの応用だ。
やはり、この世界での神様は、魔法を使える……!
でも、ならどうしてあちらの世界では魔法を使えないんだろう。こっちの世界では使えているなら、使えないというのはちょっとおかしいような……。
「それでだけどね、ティルエル。この世界での私はまあそれなりに強いわけだけど、これがどうしてかと言うと……」
「なるほど分かりました!」
「私たちにとってここは……、え?」
「神様にとって魔法は魂に紐付いたものなんですね……!」
口に出して、納得した。これで間違いないはず!
「神様の魔法は強力すぎるから……。みんなが自由に使ってしまうと、世界が崩壊しかねない……。だから、魂の奥底で封印してしまっている。この世界に来た時だけ、それを少し緩めて魔法を使えるようにした……! だからゲーム! なるほど!」
「うえええ!?」
ああ、こんな簡単なことにも気付かなかったなんて! わたしはとてもバカだ! アホだ! 間抜けの愚か者だ! 考えれば最初から分かることだったのに!
この世界の規格に落とし込んでいても、神様は強力な魔法をたくさん操る。そんな神様たちが、自分の世界で自由に魔法を使ってしまえば……間違い無く、世界は崩壊する。
それを防ぐために、神様はあらかじめ魔法を封じているんだ! 誰か一人でも暴走すれば、歯止めがきかなくなってしまうから!
なるほど……。なるほど! 理解すればなんて簡単な答えだったんだろう! この程度の答えを自力で出せないなんて、神様たちに呆れられてもおかしくない!
「サキ様は……わたしが自分で答えにたどり着けるように、この世界に行けと言ってくれたのですね……! さすがのご慧眼です!」
「いや、あの、違くて……。そもそもの前提がいろいろおかしくてね?」
「ありがとうございます、サキ様! わたしはこれで、神様の理解に一歩進みました!」
「聞いて?」
ああ、本当に、本当に素晴らしい! さすがは神様! さすがはサキ様! 神様のその仕組みもなるほどと納得させられるものだし、サキ様の人を導く能力もすごい!
わたしは! 神様の世界に行って良かった!
「おかしい……。これを機に誤解を解こうと思っただけなのに、解けかけたはずの誤解が加速した……」
サキ様が何かぶつぶつと言ってる。きっとこの後のことを考えてくれているんだ。それじゃあ、その間に部屋の片付けを。恥ずかしい部屋のままだから。
わたしが部屋を片付け始めると、サキ様が困惑したように言った。
「え、あの? ティルエル? 何してるの?」
「お片付けを」
「いや、別にそんなことしなくても……」
「こんなきちゃない部屋にサキ様を招くなんてとんでもない!」
「あ、はい」
わたしが叫ぶと、サキ様は戸惑いながらもお掃除を手伝ってくれた。やっぱりサキ様は優しい。手伝わせてしまうことに罪悪感があったけども。
そうして、一時間後。わりと見られるようになった、と思う。
この部屋はそもそも神様たちと戦うことを想定している部屋だから、とても広い。私物は部屋の片隅に置いているだけ。今はサキ様とのお話のために、それらの私物、テーブルや椅子は部屋の中央に設置しておいた。
本は……種類ごとに分けたかったけど、適当に本棚へ。また読むかも分からないから、この辺りは妥協だ。
そうして、片付けを終えて。わたしはカップに水を入れて、サキ様に差し出した。神様の世界にあるようなジュースを出せたらよかったんだけど、わたしの亜空間には入ってなかったから……。
「どうぞ。神水です」
「ありがと……、神水?」
「はい。霊峰の頂上のお水ですね。とても美味しいのでよくもらいに行っています」
「うん……それは分かる……。結構な難易度のダンジョンの報酬がさらっと出てきたことに驚いただけ……」
「はあ……。まあ、頂上にいるドラゴンはなかなか強いですね」
「裏ボスの一体ですが?」
エンシェントドラゴン。確かそんな名前のドラゴンが居座ってる。今まで戦った相手では、一番か二番ぐらいに強かったかなとは思う。
今は神水の場所に直接転移しているから戦う必要がないけど、最初はちょっと大変で……楽しかったなあ。
まあ、それを言うなら、もう一体のカタストロフドラゴンもなかなか……。
「ねえ、ティルエル。聞いてもいい?」
「はい?」
「この部屋にさ。おっきなドラゴン、いなかった?」
「さすが神様……! 知っているんですね!」
「え」
そう。この部屋にもドラゴンがいた。それが、カタストロフドラゴン。エンシェントドラゴンに勝るとも劣らない強敵だった。でも。
「わたしがこの部屋を使いたかったので、存在ごと消滅させました」
「ええ……」
なぜかサキ様にどん引きされた気がする。不思議だ。
「今でもたまに復活しようとするので、自動的に消滅させる魔法をこの部屋に仕込んでいます」
「…………」
サキ様の顔がすごいことになってる……。この話はやめた方がいいかも。
「ティルエルってさ」
「はい?」
「バカだよね」
「え」
ば、バカ……!? いや、でも、うん。神様の意図をくみ取れていなかったわたしは、バカで間違いない。否定はできないとすぐに思い直した。
わたしが神妙な面持ちで頷くと、サキ様はそういうところだよ、と力無く笑ったようだった。
「本当に……ティルエルと一緒にいると退屈しないよ」
「そうなんですか? サキ様の暇つぶしになっているなら光栄です!」
「どんな自己評価なんだよと言いたい」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。どうしてか、それがなんだかとってもくすぐったくて、ちょっと幸せで……。
自然と頬が緩みそうになって、あわてて止めた。止められたかは分からないけど。
「よし。そろそろ帰ろうか。晩ご飯の用意もしないといけないし」
「はい!」
「あっちの世界に行くのはもう時間はかからないってことでいいんだよね?」
「調整済みなのでばっちりです!」
「規格外だなあ」
それはサキ様には、神様たちには言われたくないことなんだけど。だって、そんな調整もした素振りもなく、神様たちは自由に世界を行き来しているんだから。
わたしがそう言うと、サキ様はまた困ったような笑顔になった。
サキ様の部屋に転移して、時間を確認。うん。ちゃんと一瞬で帰ってこれた。
「魔女のおねえちゃん、おかえりー」
「ただいま戻りました、ハナ様」
とてとてと駆け寄って抱きついてくるハナ様。不敬かもしれないけれど、とてもかわいい。とりあえず撫でておこう。なでなで。
「えへー」
「ふふ……」
なんだか、すごく幸せ。妹というものがいたら、かんな感じなのかも……?
「戻ったよー」
サキ様も戻ってきた。部屋に入ってきて、わたしとハナ様を見て、なんだか微笑ましいものを見るような顔になった。ちょっと恥ずかしい。
「仲が良いのはとてもいいこと、だね。ハナ、晩ご飯は何がいい?」
「ハンバーグ!」
「また地味に手間がかかるものを……」
苦笑いしながら、サキ様がキッチンに立つ。手間がかかる。わりと大変な料理、ということかな?
「サキ様。何かお手伝いを……」
「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで待ってて」
「分かりました」
素人がいても仕方がない、かな?
ハナ様と一緒にテレビを見ながら待つことにする。録画、というもので以前のアニメを見れるとのことで、ハナ様と一緒に見ることになった。
アニメ。動く絵に音と声を当てたもの、らしい。これもすごい魔法だと思う。絵が動くというだけでもすごいのに、音と声があるなんて……!
いや、きっとこれは魔道具なんだと思う。神様たちは魔法を封じてる。でもきっと多少は魔力が使えて、その魔力でこういったものを作ってる……。そういうことなんだろうね。
神様たちは、やっぱり本当にすごいよ。すごく尊敬できる。
「できたよー」
「ハンバーグ!」
ハナ様が嬉しそうに駆けていく。きっと、魔法でなんでもやってしまうと、こんな笑顔も少なくなってしまうんだろうな。それが分かっているから、神様たちは封じたんだ。
「ティルエル、取りにきてもらっていい?」
「あ、はい! すみません!」
サキ様に呼ばれて、わたしは慌てて立ち上がって走った。
まだまだ調べたいことはたくさんあるけど、今はこの幸運を噛みしめておこう。
壁|w・)神域と神様の真実(笑)




