第五話 【文化の違い、技術の違い、世界の違い】
……何か違和感がある。
顔をつつかれてる?
「これじゃ起きませんか…… なら」
──頭に衝撃!?
「グアムッ!?」
「おはようございます。 すいません、びっくりしましたよね?」
エレナ!? 一体何が起きたっていうんだ!?
「ちょっと荒々しかったですよね。 起こしただけですから心配しないでください」
……おかげで目が覚めたよ。 しっかりとな。
来た時のと同じで痛くはない。 衝撃だけ来た。 重くはないが軽くはないものが落ちたのと同じくらいの衝撃を食らった。 来た時のと同じくらいのだったらまた動けなくなるところだった。
「夕食ができましたので呼びに来ました。 食事せずに寝るのは明日のためにならないですよ?」
確かに腹が減った。 この世界に来てから何も食べていない。 来る前も含めれば何時間食べてないのやら。
『おはようございます……』
あれ、お前も寝てたのか。
『私はあなたの頭の中にいるんですからあなたが寝れば私も寝てしまいますよ…… そんなことより夕食ですか、楽しみですね』
でもお前が食べるわけじゃないだろ?
『……そういえばそうですね。 視覚しか共有されてないのでお預けですか……』
かわいそう。
「さ、早く行きましょう。 冷めたら美味しくないですからね」
部屋の外に出てダイニングに向かう。
来た時も思ったが大聖堂の中、というよりは屋敷の中みたいな内装だよな。 生活空間があるのは俺みたいなのが来た時に備えてなのかね。
部屋は二階、ダイニングは一階だから降りないといけない。
階段を降りながら何が出てくるのか考えよう。 今までドイツ風だったからソーセージが出てきそうな予感がする。 それにライ麦のパン、あとは……ビール。
『お酒飲めるんですか?』
酒には強い方だ。 基本は飲まないけどな。
ダイニングの前に来た。
とりあえず入るか。
「来たかエージ」
ヘリクスの隣に誰かいる。 長い銀髪で赤い目の女の子だ。
服も含めてエレナにどこか似てるな……
「この子は──」
「レーナ・ヘルガ・ベルナデントです。 レナと呼んでください、エイジ様」
レナはヘリクスの言葉を遮って自己紹介した。
エレナが美人ならレナは可愛い系か。
「……レナのことは食べながらでも話そう。 そこに座れ、エージ」
ヘリクスの言う通りに椅子に座る。 目の前には沢山の料理がある。
主食の黒いパンにサラダ、玉ねぎのスープ、ソーセージに煮込まれた何かの肉、肉でものを包んだ料理、そしてタルタルステーキ。 飲み物は……俺のはワインか?
思ってたよりは普通だ。 肉が何の肉なのか見ただけではわからないが……
「いただきます」
俺以外、いや俺とエレナ以外は黙々と食べ始める。
──美味い。 腹が減っているから余計にそう感じる。 しかしタルタルステーキを食うのは少し抵抗があるな……
パンはライ麦、飲み物はワイン、普段してたのとは全く違う食事だ。 違う世界に来たと実感する。
この煮込み肉は香りが強いな。若干の野性味を感じるが、気にする程ではない。 逆にそれがこの肉を他の家畜化された肉とは違う独特な風味を生み出している。 しっかり煮込まれているからか柔らかく、味も染み込んでいる。 俺はこういうのが好きなんだ。
「口に合いましたか?」
「なれてない味だけど美味いよ。 これは何の肉なんだ?」
「ベルタヤギのお肉です。 フレストブルグに来る途中沢山見たと思いますが、あのヤギです」
レナが返事をした。
あの角がすごいヤギか、あれ食われてるんだな。
「あの山の周辺にしかいないヤギでこの街の特産品なんですよ」
ヤギは山岳地帯を好む動物だと聞いたことがある。 平地の多いヨーロッパだと野生種はほとんどいないが、ここにはあの山があるからいるわけか。 しかし生物進化って万単位の時間が必要だよな?
『生物の繁殖を助ける能力、なんてものをくれと言われて渡したことがありましたね。 多分その影響でしょう』
その人畜産してたのかな……
「エージ、さっき言ったレナのことを話そう」
どう見てもビールなものを飲んでからヘリクスは喋りだした。
「向こう側から来た人間には教会がこの世界の案内役として一人、付き人を付けるんじゃ」
一人旅はないってことか。
「お前さんにはレナを付けることになった」
「これからよろしくお願いします」
これ俺の意思は反映されないやつか。
「レナはとても賢くて良い子ですから、きっとあなたの役に立ちますよ」
「ちなみに、この料理もレナが作っておる」
「これを一人でか? すごいな」
「昔から作ってますから、私にとってはいつものことです」
これだけ美味いと店を開けるぞ。 この世界にそういう産業があるかは知らないが。
「それで、これからはレナがお前さんと共に行動することになる。 食事が済んだら彼女がこの世界のことを教えてくれるじゃろう。 ワシらは他にやることがあるからの」
この世界のこと、か。 どうやって生きていくかも世界を知らないことにはわからないからな。
とりあえず、今は目の前にある飯を食おう。
タルタルステーキも口に入れてみれば美味いもんだな……
──────────────
食事が終わった後、レナは俺に甘いデザートを渡してから片付けをした。
デザートはキャラメル化した生地の中にクリームが入っていて甘く、まさにデザートといったものだった。 その前に食べていたものの量がそこそこあったので腹が十分すぎるほどに膨れた。
その後片付けを終えたレナに図書館に連れていかれた。
「ここは外側の人が来た時にこの世界のことを知れるように作られた図書館です。 今回は私がいますから、好きな本を取っていいですよ。 大事なことは教えられますから」
沢山本がある。とりあえず種族の本でも探すか。
エリナルのおかげで文字が読める。 これがなかったら何もかもわからなかったな。
「私はここで待ってますから、好きな本を持ってきてください。 その後にこの世界のことをお話しますね」
種族、種族……
エルフに、ドワーフ、獣人、リザード、そして魔族と。
中々沢山いそうだな。
『定番ものは揃ってますね』
その定番ものがどれだけ違うのかは未知数ではあるんだが。
「種族の本ですか」
「どんなのがいるのか気になってな」
レナはエルフとドワーフの本を取る。
「人間社会で多く見かけるのがこの二つの種族です。 地域によってはエイジ様が持ってきていない種族も多いですが、基本的にはエルフとドワーフ多くなってます」
ここは予想通りだな。
「エルフは耳が長くて感覚が鋭いです。 身体能力は人間より少し良いぐらいですね。 外見的には耳以外に人間との違いはほとんどないです。 あと寿命が長くてあまり子供がいませんね」
エルフは変わらないか。
「ドワーフは背が低くて筋肉質な身体を持っています。 見た目通り力が強いですが動きは人間と変わりません。 元々は地下に住んでいたらしく、背が低くて力が強いのも地下で生活してたからと言われています」
ドワーフと言えば鉱山のイメージがあるが、そもそも鉱山に住んでたるのか。
「ただ食料は地下で調達できないので視力は人間と大差ないです。 今はドワーフの国以外では地上に住んでいる人が多くなってます。 髭が長いですが、ドワーフの文化では髭は長い方が魅力的とされているからですね」
なるほどな。 今日は見なかったが明日はエルフとドワーフは見れるかもしれない。
「他は人間の国、特にフレストブルグを支配しているヘイヴィング帝国にはいませんね。 それぞれの国にもし行く機会があるならその時に話しましょう」
もし行かなくても読めばいいしな。 知る手段は沢山ある。
『帝国のことも含めて周辺地域のことを聞いてみましょうよ』
おっと、一番重要なのを忘れるところだった。
「レナ、帝国とその周りのことを教えてくれ」
「はい」
レナは地図を持ってきた。 どこにあったんだこんなもの。
「世界地図です。 この大きな大陸がシアフリント大陸、帝国があるのは西側のここ、ロレリア大陸と呼ばれている場所です」
地理的には現実のヨーロッパと変わらないな。
「帝国はロレリアのちょうど中心辺りにあります。 西にはフェルメント公国、そのさらに西はヘレト王国が存在しています」
ブルゴーニュとフランスみたいなもんかね。
「東側に行けばパーデラン王国、南はヘクト王国があります。 パーデラン王国の南にはフォルクレスク・エルフィニアというエルフの小さな共和国がありますね」
エルフの国、どんな景色なのか気になるが、当分は行けないよな。
「ちなみに、ドワーフは鉱業同盟という名前で帝国の領邦としてありますよ」
実にドワーフらしい名前だ。 あくまで国家ではないみたいだが。
「他の地域のことはまた別の機会にしましょう。 フレストブルグに影響あるのは今言った国ぐらいですから」
「ありがとう」
「いえ、私は自分の仕事をしただけです。 本当はもっと話したいくらいなんですよ」
レナは地図を元の場所に戻した。
「話しすぎると寝る時間がなくなりますからね。 じゃあ、部屋に戻りましょうか」
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「今日は色んなことが起こりすぎたな…… 」
思わず口に出てしまった。
しかし、一日でどれだけの情報量があったのやら。 明日もやることが山ほどある。 やりたいことも、だが。
そういえば机の上に着替えが置いてあるんだよな。
……なんだこれ? 書き置きか?
「"一階に浴場があるのでご自由にお使いください"……」
浴場があるのか。 入ってから寝るか。
そんなわけで着替えを持って脱衣場にきた。
服はどうしようか、カゴの中にでも入れておくか。 多分明日も着ることになるが。
あれ、そういえばエリナルって視覚共有されてるんだよな? 大丈夫なのかこれ。
『一応見ないようにはできますし、そもそも見たところでですよ』
そりゃそうか、神様だしな。 じゃあ気にしなくていいか。
服は脱いだから浴場に入ろう。
中は向こうのとそんなに変わらないな。 と言っても浴場自体が大きいから銭湯的な感じだが。
……シャワーがある? これも介入か。 これはいいな。 これをこっちに持ってきた人間は相当儲けただろうな。
俺はシャワーを浴び、石鹸で身体を洗った。
シャワーから出てくるのは普通に暖かいお湯だ。 多分浴槽のものが出てるんだろう。
洗い終えたので浴槽に入ろう。
「ふう……」
風呂はいいな。 情報を処理しやすくなる。 あと俺は汗っかきだ。
この世界は現代と比べるとさすがに不便だが、不便すぎるという程でもない。 インターネットがないのは当たり前でそういうものと割り切ってるが、やっぱりないと一人の時にやれることは限られてるな。
来たばかりでやることやりたいことはあっても一人でできるのはほとんどない。 新しい趣味を見つけないとな。 今できるのは読書ぐらいか。
『筋トレでも趣味にしたらどうですか?』
それもいいな。この世界だと身体を動かすことは多そうだ。
問題は続くかどうかだが。
『続くように頑張るんですよ』
努力するよ。 ま、筋トレが趣味になるかどうかはまだわからんが。
そろそろいいか。 あがろう。
浴場を出る前にシャワーを浴びて、脱衣場に戻る。
着替えた俺はさっさと部屋に帰ってきた……んだが……
「どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもあるかい。
「なんでいるんだよ」
「付き人は外側の人を守るのも仕事です。 一番無防備な状態な時にそばにいなかったら守れないじゃないですか」
それはそうだが……
「でもここ大聖堂じゃん、そういうことは起こらないんじゃないのかよ」
「万が一に備えてです! ……私だって男性と一夜を共にするなんて初めてなんですよ……」
顔を赤くしてそう言うレナ。 表現の仕方もっとあっただろ。
「それに! 同じベッドで寝るわけじゃないですからね!」
「もしかしてそこにあるベッドで寝るのか?」
この部屋には二つベッドがある。 片方は普通のベッド、俺が使うベッドだ。 そしてもう一つは頭の方が傾斜していて寄りかかることができるものだ。 だがその長さ自体は横になれるぐらいにはある。
「横になったら反撃できないですから、あそこで寄りかかって寝るんです。 今回は慣らしなので横になりますけどね」
あれそういうものなのか。
「……もう諦めて寝よう」
ちゃんと寝れるかわからんが。
「子守唄でも唄ってあげましょうか?」
「いや、いい」
多分意味ないから。
『手、出さないでくださいよ』
出さないわ。
『本当ですか?』
本当だよ! 別に酒に酔ってるわけでもないんだからそんなことは起きねえよ!
『ならいいです』
寝る前だってのに全くリラックスできないんだが。
しばらく経ったがやっぱり寝れない。 寝たフリしかできん。
最後の最後でこんなことあるのかよ、一日の内容が濃すぎるわ!
その後寝たフリしてた俺に本当に寝てるか確認のためかレナが近付いて顔をつついたりなどのイタズラをして更に寝れなくなった。
どうしようもないので無理やり心を無にして何とか寝れた。
最後までぎっしり詰まった一日だった……
食事シーンに加えてエイジの誰得シャワーシーンがあった今回、特に食事が書くの大変でしたね。それはそうと多分エリナルさんの姿が見えたらヨダレ垂らしてると思います。女神なのに。
今のところ敬語キャラしかおらん女性キャラ、どれが誰なのかわからん!ってなりそうですが話し方と性格が若干違うので判別自体はできます。エリナルさんは丁寧だけどちょっとトゲがあって、大司教は普通に丁寧で優しい。レナは口語が多めですね。
一緒の部屋で寝る二人。ベッドが違うので何か起きるということはないと思いますが中々すごい状況ですね。寝惚けてたらもう片方のベッドに入ってしまいそうですね。さすがにないと思いますけど(フラグ)