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最終章 あの日見た虹 青1

【青色 アオイ】


「撮るなって言ってんだろう!」

 あの時ユリポンが止めてくれなかったら、間違いなくあたしはあいつのスマホを叩き割っていた。  ずっと溜まっていた何かがあの時破裂したんだと思う。

「んー。二杯目以降は覚えておらーん。大丈夫大丈夫。きゃはははは」

 有希は酔うとこんな風になるのか。結構飲んでたから、有希も何か溜め込んでいたのかもしれない。

 まあ、大人になるってことは自分の酒量と、どっかで溜め込んだガスを抜く方法を知ることと、水道光熱費と税金をきちんと払うことと選挙にきちんと行くことだ、って誰かが言ってた。あたしはあたしのペースで飲んで、あたしのやり方で発散する。それだけ。

 カレンも何か溜め込んでいたのかな。物販でカカシが「あいつらはオタク失格」って言ってるのが聞こえたから、カカシに愚痴でも聞いてもらっていたんだろう。

 あ、オタク失格。そうか。

 あたしの中に溜まっていたのは、たぶん他所のオタクへの不満だ。

 ワンマンの時は私たちのライブを観に来たドリーマーしかいないからいい。

 でも対バンの時は違う。ライブハウスは色んなオタクで溢れかえって、だいたい4つのブロックに分かれている。

 客席の中央には、その時にパフォーマンスをしているグループのオタクがいて、MIXを打ったりコールしたりして盛り上がっている。終わったら、周りに「推しのライブを盛り上げてくれてありがとう」という感謝の言葉を大声で述べて、次のグループのオタクに場所を譲る。「いやあ実は次の出番のグループにも推しがいるんだよねえ」なんていうDD(誰でも大好き)はそのまま残ったりする。

 客席の後方。照明が当たらず、ステージ上のあたしたちからはよく見えないこのスペースにいるオタクは、推しの出番を待っていたり、スマホでタイテや物販場所を確認していたり、推しのパフォーマンスが終わってドリンクを飲んで休んでいたりする。前は『後方彼氏面』って腕組んでる人がいたけど、最近は見かけない。あたしたちのライブを初めて観て「お?」と思った人は一歩二歩前に出てノッてくれたりする。

 中央両サイド。ここには、次やその次に出番があるグループのオタク、あたしたちを二推し、三推しぐらいで応援してくれているオタク、中央に行くのはちょっと恥ずかしいと思っているオタク、ドリーマーなんだけど応援スタイルが地蔵のオタクがいる。手拍子や合いの手を入れてくれたりする。

 どんな曲でも基本Aメロは「ン、パン!ン、パン!」、Bメロが「パン!パパン!」かオーイング、サビ直前の転調時の間が合ったら「イエッタイガー!」か「イエッタイガファイボワイパー!」、最近だとMIXを入れることもある。サビは「パン!パン!パン!パン!」、サビ中に「フッフー(パンパン)フワフワ」とか「はいせーの!はーいはーいはいはいはいはい」とパターンが決まっているので、慣れているオタクなら初めて聴いた曲でも手拍子や合いの手は入れられる。カカシやイーグルみたいな猛者になるとMIXやコールもどこで入れるか分かるらしい。現にカラオケオフ会の時、氷川きよしやサザンの曲で沸いてた。米津玄師の曲で「けんしー!」コールや、ハム太郎で沸いてた時はさすがに笑った。

 訳が分からないのが最前列。いわゆる最前管理の連中。最後の方に出番が来るメジャークラスのオタクが、ライブのスタートから場所取りをしている。もちろん中には最初からきちんと観てくれていたり、レスを送ったら笑顔を返してくれるオタクもいる。でも大概は興味なさそうにじっと下を観ていたり、マナーが悪いのになるとスマホを操作していたりしてむかつく。本当に酷いのになると、今日みたいに「撮影禁止です」って言っているそばからスマホを向けたりしてくる。

 ドリーマーには最前管理をする人はいない。断言できる。なぜなら対バンの時は必ず最前は知らない顔ばかりだから。

 キャパの大きいライブハウスでワンマンをやることが多くなってきたあたしたちはまだいい。他のグループの子たちはどう思っているんだろう。特にいつも最前に知った顔が揃っているグループの子たち。他所のオタクから不満の声があがっていることを知らないはずないのに。どんどんやれとか言っているんだろうか。『オタクは推しに似てくる』っていうし。


「よし、そろそろお開きにするか」

「えーーー」

 そんなオタクみたいこと言っているのはもちろん有希。

「はい、有希帰るよぉ」

「次行くやついるか?」

 杏花が有希の両腕をしっかりとおさえている。みんなパスか。あたしはもう少し飲みたいから行くか。はい。

「またアオイだけか。よし、みんな気を付けて帰れよ。特に有希」

「はい!大丈夫です!」

『おつかれさまでしたー』

 二軒目はいつものカラオケのあるバー。高梨社長は意外と歌が上手い。昔バンドでギターボーカルと作曲をやっていた経験があるらしい。本人には聞けないけど、ちらっと噂で聞いた話ではホームレスの経験もあるらしいけど。

 その社長が歌います。聴いてください、TUBEの『BEACH TIME』

≪あー私の恋はー南のー風に乗って走ーるわーーーあー青い風ー切ーって走れあの島へーーー≫

 あはははは。なんじゃそりゃーー!店の中爆笑の渦。

「どうだ?」

「何がですか?」

「今の『青いBEACH TIME』」

「なんでピッタリ合うんですか?」

「知らん。若い時に気が付いた」

「へえ」

「なんか面白いことないかな。アオイ、なんかないか?」

「ないですね」

「即答か!」

 女性三人組のお客の一人が、有名なガールズバンドの曲をカラオケで歌っている。

「あ!ひらめいた」

 何?高梨社長はスマホを出して何やら文字を打っている。高梨社長は両手フリック打ち。あたしなんかい行はガラケー打ちなのに。

「よし、こっちはどうだ」

 今度は別の人?LINE?

「よし、えーと山内。ちょっと動画撮れ。そうそこから」

 何が始まるんだろう。

「アオイ、お前ベースやれ」

「えーー?なんでですか?」

「女の子がベース弾いてるのカッコいいだろ?」

「はあ、はい」

「ベース買って猛練習してくれ。領収証切るの忘れないでくれよ。弾きながら歌えるようになったら教えてくれ」

「わかりました……」

 翌日、御茶ノ水の楽器店へ行き、店員さんのアドバイスの元、ベースを買って動画を観ながら練習をした。

 ちょっと弾けるようになったら、めっちゃ楽しくなって練習しまくった。ベースに慣れてくると、既存曲のベースだけを聴き取ることができるようになったので、レッチリのベースが超カッコいいことが分かった。

『そこそこ弾けるようになりました』

『りょ』

 十数分後。

『明後日14時。新宿のミルクスタジオにベースを持って来てくれ。顔合わせをする」

 顔合わせ?誰と?

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